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カオスフィア戦記 〜 クリストフ先生の魔導物理学講座 〜  作者: 麺樽豆腐


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1/12

第1話 観測

 土煙を上げながら駆ける騎馬の群れ。


 向かい合うは幾重にも重ねられた槍衾。


 騎馬にとっては危険極まりない、密集した槍の塊を前にしても、全く怯むことなく突き進む。


 ただし、楔のような陣形の前半分に騎馬の姿は無く、バリエーション豊かな武器と鎧を身に着けた戦士達が、足下で甲高い音を響かせる車輪(ローラー)の回転力をもって滑るように駆け抜ける。

 

 ――機士。魔法を操る貴族が、その力を増幅させる魔導鎧に身を包んだ、この世界における決戦戦力。


 その先頭を征くは、他の機士より()()()()()は大きい赤髪の巨漢。


挿絵(By みてみん)


「バ、バ、バルガスだ〜!!」

 槍衾の誰かが悲鳴をあげた。


 『轟炎』バルガス・フォン・メナウリオン。

 3歩尺(ヤード)に届かんとする巨躯を深紅の魔導鎧に包み、方天戟(ほうてんげき)を手に、その男は平地を疾走する。馬より速く、矢より苛烈に。


 その背後に四十機。


 同じく魔導鎧を纏った機士たちが、隊列を崩さず追従する。

 鎧の甲靴(ブーツ)底部に仕込まれた車輪機構(ローラーユニット)が魔力を喰い、地面を滑るように駆ける。

 蹄の音ではない甲高い音を奏でながら、砂煙が立ち上る。


 その光景を前にして、迎撃隊の槍衾が――一瞬、止まった。

 無理もない。

 騎馬でも獣でもない。人の形をした何かが、編隊を組んで地を滑ってくる。

 しかも先頭の一機は全身が炎に包まれていた。


 だが迎撃隊の指揮官は怒号を上げた。

 槍を構えろ、弓を引け、止められぬはずがないと。

 激に応え、槍衾が密度を増す。弓兵が矢をつがえる。


 バルガスは速度を上げた。

「どけどけぇ!!」

 怒号(どごう)とともに方天戟が薙ぐ。

 槍衾など存在しなかったかのように、五人がまとめて宙を舞い、炭になる前に地に落ちた。


 炎の結界が矢の雨を飲み込み、灰にして散らす。魔法の類は彼に届く前に霧散した。


 ――『轟炎』は止まらない。


 穿(うが)った穴に、背後の四十機が雪崩れ込む。

 各々が魔力を解放し、槍衾の密集を左右に引き裂いていく。

 隊列は崩れず、楔の形のまま、迎撃隊の腹へと食い込んでいく。


 そこへ対機士部隊が動いた。


 迎撃隊にも貴族はいる。魔導鎧を纏い、それなりの魔法を使える者たちが、楔の側面を崩そうと展開してくる。

 先頭のバルガスへと迫る数は十に届くか届かないか。

 それでも複数の機士が連携すれば、戦況は変わりえた――はずだった。


「邪魔だ」

 バルガスが横を向いた、ただそれだけだ。


 そこから炎を纏った一閃が、対機士部隊の先頭を鎧ごと両断した。

 赤熱した刃が魔力障壁を蒸発させ、鎧を紙のように断ち切る。

 返す刃でさらに一機。


 振り抜いた軌跡に炎が残り、それだけで三機目が怯んで足を止めた。


 止まった瞬間が命取りだ。


 バルガスの背後から四十機の一部が高速迂回し、側面へ回り込んでいた。


 車輪機構(ローラーユニット)の真価はここにある――直線だけでなく、緩やかな弧を描きながら高速で位置を変えたり、回転杭(ターンピック)を用いて高速回転を行なう。

 馬では不可能な機動だ。


 挟まれた対機士部隊が崩れる。


 もはや連携など取れない。

 各自がバラバラに応戦し始めた瞬間、集団戦の旨味は消える。

 個としての実力差が、そのまま結果に出る。


 バルガスは対機士部隊に背を向けた。

 部下に任せた、それだけのことだ。振り返りもしない。


 楔はさらに深く刺さる。

 迎撃隊の中心部が悲鳴を上げ始めた頃、バルガスの視線の先には遠くの目標たる伯爵軍の旗が見えていた。

「我の行く手を阻む者は――」

 方天戟を肩に担ぎ、深紅の炎が一際大きく燃え上がる。

「――もうおらんな」


 バルガスは払暁の明かりに隠れつつある月を見上げながら命令を下す。

 「行くぞ!残敵に構うな!!日が昇る前に目標を撃破する!!」


 バルガス隊が整然と去った後には、何かが燃えた匂いや血の匂いが充満し、見逃された兵士たちのうめき声であふれていた。


―――

――


 いやはや、大した無双劇だったねぇ。

 やはり、圧倒的な個人武勇というものは見ていて爽快だよ。

 君もそう思わないかい?――っと、見ない分霊(わけみたま)だね、ご新規様かな?


 ようこそ、ここは異世界観測者の箱庭だよ。


――おぉ中世的魔法世界(ナーロッパ)。あなたはなぜ不自然に現代的(ナーロッパ)なの?――


 今はこんな命題(テーマ)で構築された世界を覗き込んで、実況している。


 君のように本体から分離した精神体である分霊達の諸卿(しょけい)らが集まってワイワイと共に盛り上がっているのさ。


 君も共に思索されんことを願う。


 なぁに、こんな僻地(ニッチ)で場末の箱庭までわざわざ分霊を分祀(ダイブ)させてくるような変わりも・・・ゴホン、知的好奇心の高い君であれば、楽しんでくれると信じている。


 あぁ、紹介が遅れたね。

 (わらわ)は、この箱庭の管理者をやっている(もの)だ。


 まぁ実況解説配信者みたいなものだね。


 さぁ、君にもこれから神の(第三者)視点による世界観測の旅を提供しよう!

 まずは聞きたいことはあるかい?


 ふむ、今の無双劇はなんだ?・・・結構曖昧な質問だね。


 戦乱の時代におけるありふれた風景だよ、暴れていたあの赤いバケモノはちょっと普通とは言えないけどね。

 

 カオスフィア帝国という巨大国家が崩壊・分裂してから、我こそは正当な後継なり!と三つの国がね、もう百年ぐらい?わちゃわちゃと争い続けてるのさ。


 いまの戦いは大会戦を控えて少しでも自分たちの有利な盤面にしようとしている前哨戦、小競り合いの(たぐい)だよ。


 みんなカオスフィア帝国を名乗っているからややこしいんだけど、便宜的に北帝国・南帝国・西帝国と呼ばれているから、そう呼ぶね。


 戦況は南帝国が北帝国を何度も打ち破り、北へ勢力を拡大。

 追い詰められた北帝国は日和見していた西帝国と手を結び連合軍を構成して決戦に臨んできた。


 それで今の戦いは、南帝国快進撃の立役者であるバルガス隊が、敵陣をかすめてさらに後方へ強行突破していくときのものだね。

 目的?敵後方にある物資集積地を(まも)る伯爵軍を強襲するのさ。

 敵国に深く長駆している南帝国軍は持久戦には付き合えないからね。


 さて、バルガス隊が伯爵軍に迫ってきた。

 雑談は一旦ここまでにして観戦しようか。


――

―――


 北帝国の後方物資集積地は、天然の断崖に挟まれた好立地に築かれていた。

 左右は断崖が守り、後背は補給路へと続く街道だ。


 正面には丸太を組んだ簡素な骨組みを、伯爵自ら己の属性である地魔法で土を塗り込め固めた城壁。

 本格的な要塞とは言えないが、急造の防衛拠点としては十分すぎる造りだった。


 その城壁の上に、伯爵軍前衛が展開している。

 弓兵が城壁に沿って並び、魔法使いが結界を重ねて矢狭間を塞ぐ。

 城壁の向こう側では槍を構えた歩兵が密集し、強行突破してくる者を迎え撃つ構えだ。

 

 なかなかいい布陣だよ。


 いくらローラーダッシュで速度が出せるとはいえ、城壁を前にすれば機士も一度止まらざるをえない。

 止まった瞬間に集中砲火を受ける。

 強引に登ろうとすれば各個撃破される。

 通常の機士隊であれば、ここで攻めあぐねて時間を浪費する。


 その間に北帝国軍の救援が到達すれば、子爵隊は挟撃されて終わりだ。

 堅実な判断だね。相手がバルガスでなければ。


「我が開ける。続け」


 それだけ言って、バルガスは単機で飛び出した。


 城壁まで30歩尺(ヤード)

 弓兵が一斉に矢をつがえる。

 魔法使いたちが詠唱を始める。

 

 バルガスは速度を落とさない。

 城壁直前、甲靴(ブーツ)車輪機構(ローラーユニット)が唸りを上げた瞬間――跳んだ。

 魔力で強化された脚が壁面を蹴り、巨躯が城壁の縁を飛び越える。

 矢の雨が虚空を貫き、魔法が一拍遅れて炸裂した。


 どちらも、もうそこにはいない。

 着地の衝撃で城壁上に陣を敷いた前衛の密集が崩れる。

「なっ――」

 崩れた、その瞬間だ。

 深紅の炎が城壁上に広がる。

 方天戟が薙ぎ、突き、叩く。

 悲鳴と爆音と炎が混ざり合い、前衛が内側から崩壊していく。

 城壁の上が空になった。


 ほんの一瞬だ。

 その一瞬にバルガスは肩にかけていたロープを掴み、城壁の外側へと投げた。

 落ちたロープの一端をキャッチした騎兵が己の鞍に括り付け城壁の真下へ。

 それを受け、城壁の下で待機していた四十機が動く。


 ロープを掴んだ腕一本で体を支え、フル回転した車輪機構(ローラーユニット)が城壁を駆け上がる。

 人が垂直に壁を走る。馬では絶対にできない芸当だ。

 重力に逆らって壁面を走る鎧の群れが、次々と城壁を越えていく。

 

 そして城門が、内側から開いた。

 後続の騎兵が雪崩れ込む。

 集積地の陥落まで、そう時間はかかるまい。


―――

――


 でたらめな奴だなぁ、実質たったひとりで城を落としたようなものだ。


 え?この世界ではこんなのが普通なのか?


 馬鹿言っちゃいけない、あんなのがそうそういて(たま)るか!

 バルガスみたいな化物は・・・えーと、584年ぶりだよ。

 

 違う?後ろの機士たち?

 彼らも雑兵たちをまとめて相手取ってあっさり打ち破ってるけど、ランチェスター(戦いは数だよ)の法則どこ行ったって?

 あぁ、そうだったね。君はここが初めてだった。


 そう、この世界で戦いの趨勢を決めるのはああいった機士たちだよ。

 バルガス隊の面々はバルガスを除けば標準的な機士だね。練度からして相当な上澄みではあるけど。


 (いびつ)に思うかい?

 でもそれは君の育った世界と比較したらの話でしか無いんだよ。


 魔法がない世界、または文明が爛熟(らんじゅく)するまで発見されなかった世界とは違うんだよ、ここはね。


 政治・社会体制は中世レベル、衛生・医療・食文化は近世通り越して近代、いや一部は現代レベルまで発展している。


 これは(かつ)て魔物が猛威を振るい、それを魔法が駆逐した世界なら珍しくないのさ。

 ――中世的典型魔法世界(ナーロッパ)と揶揄されるぐらいにはね。


 どうしてそうなった?

 それを考察してワイワイ楽しんでいるところだよ。


 (わらわ)の主観に基づく仮説でよければ聞いてくれたまえ。


 この世界を創世し、管理()()()()神々の行った介入(チート)は大きく分けてふたつ。


 生命体の誕生と魔法技術の伝授、これだけだ。


 このうち問題は後者、魔物の脅威にさらされ文明を爛熟(らんじゅく)させる余裕のない人類に魔法技術を伝授()()()()()()点にある。


 魔法の力は凄まじく、人類は数多(あまた)の魔物・魔獣を(ほうむ)り、領域を拡大していく。

 そして(つい)には世界のほぼ全土が、人類の活動圏となった。


 でもね、魔物という外敵が消えた後、人類はすぐに内側で争い始めたのさ。

 まぁこれはどの世界でも変わらない、人類の本能に根差した何かが引き起こしている事象だと妾は推察しているよ。


 問題はその争い方だ。


 魔物を駆逐するために磨き上げた魔法が、そのまま対人戦争の主力兵器になった。

 強い魔法使いが勝ち、勝った者が土地を握り貴族を名乗る。

 その繰り返しで出来上がったのが今の支配構造さ。


 火薬が生まれなかったのも必然だよ。

 あのバルガスの結界を火薬で貫けるかい?

 通じない武器を作るために資源を割く物好きはいない。


 弱者を底上げする発明が歓迎されない社会では、弱者はいつまでも弱者のままだ。

 強き者はより強く、弱き者は弱いまま。


 その構造が何百年も積み重なった結果が――今君が見ているこの世界さ。

 医療は現代並みに発達した。

 食文化も豊かだ。

 なのに支配構造は中世のまま。

 度量衡(単位系)は統一されることは無く、各工房が流派毎に個別の身体尺(ヤーポン)で魔導鎧を仕立て上げる。


 んん?なぜ身体尺(ヤーポン)なんだ?ヤーポン死すべき慈悲はない?

 諸卿らの中に原理主義者が混じってるのか・・・でもさぁ、この世界で膾炙(かいしゃ)しているのは身体尺しかないんだよ?


 それとも無理やり惑星尺(メートル)宇宙尺(プランク)に換算する?

 数字が端数祭りになっちゃうねぇ。

 妾はそれが好みじゃないんだ。

 

 ――さて、雑談はこの辺にしておこう。

 いよいよバルガスが砦の守将たる伯爵に迫ってきたからね。


「さぁ伯爵!その首もらい受ける!!」

「なんの!いかに貴様とてこれだけの強行連戦で消耗が激しかろう!我が地魔法でその命散らすがよい!」


 伯爵が剣先を地面に接して叫ぶ。


「まずは動きをとめる!足絡め(エンタングル)!!」


 瞬間、伯爵の力ある言葉(コマンド・ワード)に地面が“応えた”。


 踏み固められていたはずの土が脈動し、波のように盛り上がる。

 石と土が絡み合い、壁となり、杭となり、牙となってバルガスへ襲いかかる。

 前方からは土壁がせり上がり、左右からは石杭が槍のように突き出し、足元はぬかるみのように沈み込む。


 ――いいねぇ。

 拘束、遅滞、分断。

 機士相手の戦い方としては教科書のように正しい。


「足を取ったぞ!魔法隊、撃てぇ!!」


 伯爵の号令に応じて、後方の機士たちが一斉に詠唱を完成させる。


 氷槍、石弾、風刃。

 属性の異なる攻撃が、拘束された一点へと収束する。

 逃げ場はない。

 普通なら、ここで終わりだ。


 ――だが、『轟炎』は止まらない。


「・・・遅い」

 低く、地の底から響くような声。

 次の瞬間、土の拘束が“爆ぜた”。


 炎だ。


 内側から膨れ上がるように、深紅の炎が噴き上がる。

 土壁が焼け崩れ、石杭が赤熱して砕け散る。


 ぬかるんだ地面は一瞬で乾ききり、逆にひび割れて足場を失う。


 その中心に――バルガスが立っていた。


「・・・なん・・だと・・・?」

 伯爵の声がわずかに揺れる。

 それも無理はない。

 今のは“止めたはず”だったのだから。


 だが、『轟炎』は止まらない。


「我を止めるならば」


 一歩。

 地面が砕ける。


「その程度では足りん」


 さらに一歩。

 熱風が吹き荒れ、周囲の兵士が思わず後ずさる。


 魔法の連撃が着弾する。

 氷は蒸発し、石は弾け、風は炎に飲み込まれる。

 ――届いていない。


「馬鹿な・・・魔力は消耗しているはず・・・!」

 伯爵の判断は正しい。


 長距離強行、連戦、突撃、城壁突破。

 消耗していないはずがない。


 バルガス(コイツ)は、消耗してコレなのだ。


 伯爵は英雄の理不尽さに歯を食いしばりながら、上位貴族として代々積み重ねてきた血統に裏打ちされた豊富な魔力量をいかんなく発揮し『轟炎』を討たんとする。


「わが血統にて練り上げし奥義をうけよ!!土塊噴砲(クレイバズーカ)!!」


 伯爵の魔力と”力ある言葉”に応えて数多くの土塊が宙に浮かび、バルガスに向け襲い掛かる。

 あるものは途中で爆砕し散弾となり逃げ道をふさぎ、あるものは鋭くとがり炎の結界を貫き鎧を叩く。


 いくつかの土塊はバルガスの鎧に(ヒビ)を入れ、彼の纏う炎を揺らめかせた。


 おお、さすがは上位貴族だ、英雄級の機士が展開する結界を突破してダメージを与えることができるとは。

 しかし・・・それだけだ、致命傷には程遠い。


「フン、上位貴族といえどこんなものか。ではこちらの番だ、貴様ご自慢の土壁ごと叩っ斬ってくれる!!」


 バルガスが掛け声とともに戟を振るう。


「化物め・・・!」

 伯爵は咄嗟に地面へ剣を突き立てた。


岩城壁(ロックウォール)!!」

 轟音と共に岩壁が隆起する。

 一枚。二枚。三枚。

 重ねられた分厚い岩盤。

 破城鎚すら防げる重防御。


 ――だが。

「邪魔だ」

 『轟炎』は止まらない。


 炎を纏った方天戟が横薙ぎに振るわれる。

 一枚目が砕けた。

 二枚目が溶けた。

 三枚目が爆散した。

 その向こうへ――『轟炎』が駆ける。


挿絵(By みてみん)


「ひっ――」

 ついに伯爵の喉から恐怖の声が漏れる。

 近い。そして熱い。

 肌が焼ける。

 肺が灼ける。

 呼吸するだけで死にそうだった。


「終わりだ、伯爵」

 静かな声、怒号でも咆哮でもない。

 ただ、事実を告げる声音。

 伯爵は半ば反射的に剣を掲げ、自らの魔力を全て結界へ注ぎ込む。


 地属性特化の重層障壁。

 伯爵家が代々受け継いできた防御奥義。

 城すら守る絶対防御。


 それを――

 『轟炎』の方天戟が、一撃で叩き割った。

 硝子のように砕け散る結界。

 呆然と見開かれる伯爵の目。


 そして。

 深紅の一閃が、横薙ぎに走った。

 伯爵の首が宙を舞う。

 遅れて、胴体が崩れ落ちた。


 ――静寂――


 ほんの数秒前まで響いていた怒号が、嘘のように止んでいた。

 誰もが動けない。

 ただ、燃え盛る炎の中で、巨大な赤い機士だけが立っている。

 その方天戟から滴る血が、赤熱した刃の上で音を立てて蒸発した。


「敵将、討ち取った!!」


 それでもなお、『轟炎』は止まらない。


 伯爵の直掩機士達を蹴散らしながら砦内を駆け回り、目につく物資を片端から燃やし尽くしていった。


 主将を討ち取られ、護るべき物資が焼け落ちたことで、総崩れになった伯爵軍。


「よし!追撃をかけよ!!」

 命をうけ、バルガス隊の機士たちが思い思いに追撃する。


 バルガスも遅れじと駆け出そうとしたところ、遮るように立ちふさがる馬上の影。


「バルガス様!深追いはなりません!!

 あなた様はともかく他の者たち、機士・騎兵たちの消耗が激しすぎます!


 それに、追撃に時間をかけるとクリストフ様率いる補給部隊との合流予定時間に間に合いません!!」


 騎兵を率いていた家宰が追撃を制止しようとする。

 しかし、子爵はその言葉にいら立ちを募らせて言い放つ。


「バスティアン!!ただの文官風情に”様”をつけるな馬鹿者!!


 ――荷駄隊なぞ待たせておけばよい!!」


「補給隊が危険を押して最前線まで出てきているのです!

 うかうかしていると敵にひと呑みにされ、ご子息であるクリストフ様を失うことになりますぞ!」


「あやつは我の息子ではないわ!我の子はゴルムのみぞ!!

 よいか!二度とあの不貞の子を我の息子扱いするな!!

 多少補給なぞなくともどうとでもなるわ!」


 バルガスの剣幕に家宰は一瞬ひるんだが、ならば視点を変えるまでと説得を続ける。


「ここは敵中真っ只中ですぞ!!

 敵軍の混乱が収まらぬうちに速やかに補給を済ませ離脱せねば御身以外は全滅もあり得ましょう!

 また何日も飲まず食わずで敵中を彷徨(さまよ)いたいのですか!?」


 この論法は効果があったようで、バルガスは冷静に考える顔つきに変わった。


「む・・・飯抜き行軍はキツイな・・・

 まぁよい、所詮前哨戦だ。

 この後の決戦に備えて休ませるほうが合理的か・・・


 よし!引き上げの合図を上げろ!!」


 思い思いに暴れていたバルガス隊の面々も、ひとたび指示が下れば歴戦の(つわもの)の顔つきを取り戻す。さすがにバルガスと共に戦場を駆け抜けた精鋭だけあって、一糸乱れぬ行動で迅速に終結、撤退を開始した。


 伯爵軍の残党も散り散りに逃げ去り、いまやこの場には物言わぬ(むくろ)のみが残され静寂な世界が広がっている・・・おや?何か動いたぞ。


 よく見てみるとバルガスが伯爵を討ち取った現場近くで上半身だけになった人影が這いずっている。


 兜をつけているところを見るに非魔法使いの雑兵かな?

 バルガスに腰のあたりで両断されたのだろう。傷口が焼きつぶされているために失血死をまぬがれているが、もう長くはあるまい。


 ん?バルガスをはじめとした機士たちはなぜ兜をつけていないのかって?

 そういえば説明していなかったね。兜をつけると()()()使()()()()()()()からだよ。

 なぜそうなるのかちゃんとした理屈はあるのだがね。

 脳波の存在すら知らないこの世界の人々が知っているはずもなく、ただ経験則として機士は兜をつけなくなったのさ。

 それに魔法使いであれば頭部には強力な魔力障壁を常時展開しているから兜など不要という事実もあいまって貴族たるもの顔を隠すのは恥だという文化が醸成されているのさ。


「見る・・べき・・もの・・は見た・・・次は・・討つ・・・」


 雑兵は絞り出すように言葉を残すと動かなくなった。

 手には赤熱した金属片を握っている。


 これはバルガスの魔導鎧のかけらかな?

 伯爵の攻撃で罅が入ったところが剥がれ落ちたのだろう。

 かけらにこびりついた炎の魔力が雑兵の手に火傷(やけど)を刻んでいるあたり、バルガスの凄まじい魔力を物語っている。


 おや?手に握っている箇所は不自然に冷えているね。

 人の手ってそんなに熱伝導率高かったっけ?

 まぁ、火傷を刻んだせいでバルガスの残留魔力が尽きたのかな。


 ともあれこれでこの地は本当に静寂に包まれたよ。

 最後まで動いていた雑兵が死を目前にして淡々と何かしていたのがちょっと不気味だけど、忠誠心の強い人物には稀にあることだし、ここは連合軍の後方だから情報を回収する要員向けに何かしていたんだろう。


 さぁ諸卿たち!この後は補給を済ませたバルガス隊の動向を探ってから、連合軍の状況を見に行こうか!

 押し込まれているとはいえ連合軍も決戦を意図して出てきてるんだ。

 戦略や強者をしっかりとそろえているはずだし見どころを逃さないためにはしっかりと情報収集が必要だからね!


何処(どこ)ぞの魔王は(うそぶ)いた。


合戦とは()()に至るまでに何を積み上げたかが勝負を分けると。


鍛錬、休息、修理、策謀、治療。

鎮魂、管理、政治、陰謀、享楽。


平等に与えられた時間のなかで、各々(おのおの)が目的のため(うごめ)く。


嵐の前の静けさの中で、狂気の圧が高まっていく。


解放の時を待ちわびながら。


次回「前夜」


英雄は、何を夢見て眠るのか。




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読んでいただきありがとうございます。


よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。


・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
この物語、3話4話がとんでもなく面白い! 絶対になろう界隈の掘り出し物だと思うから、とりあえず3話まで読んでみてくれ! 感想を言い合う仲間が欲しい!!!
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