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5.美猫のメイベルさん、前世は八百屋のおかみさん

 

 その後もショッピングしまくり、狭いし布団はねぇ、シュラフもいやよねぇ、とかブツブツ言いながら結局人をダメにするクッションの大型で寝ることにしたり、蚊取り線香を大量に買い込んで、虫よけ兼変な匂いを発生させて嗅覚の発達した動物を追い払おう作戦を実行したり、宅配のお食事を注文したらどうなるかトライしたり。

 お食事は他のものと同じようにコードが消えている場所付近から湧き出してきたからいいものの、もしマンションに配達されていたら、配達の人が気の毒すぎたのではないだろうか……。


 夜、テント内は怖いほど真っ暗になった。外はきっと月や星の明かりでそれほどでもないのだろう。藍はもちろん、電池式のランタンを買ったのだった。

 欲しい物ををカートに入れて決定ボタンを押せば、注文品が湧き出してくる! パソとカード支払いシステムが作り出す謎の異世界マジックだ。藍はとりあえず、ありがたい、ありがたい、おかげで生きて行けます、とパソの神様に手を合わせた。

 一瞬、「いるのかパソ神?」と思ったが。コメに七柱の神が宿り、大切に使われた道具に付喪神が宿る日本なら、パソコンに神が宿りましても不思議ではない、と思い直した。

 きっと日本からついて来てくれている、信じるぞ、私は! と雄叫びを上げてみたのだった。 メイベルがあきれて見ていたが、気にしないことにした。


 人をダメにするクッション大型にだらりと横になって、小さめのクッションに丸まってあくびをするメイベルに、今日一日どうしても聞いてみたかったのにチャンスがなかった話題を振った。

「ねえ、メイベル、聞いてもいい?」

『何だい、眠いから明日にしておくれ』

「い、いや、気になって眠れないのよ、疲れてんのに。ねえねえ、食べたいもの何でも買わせてもらうからさ、ね、お願い」

『ああー、まあじゃあ寝落ちするまでなら。ボンジュールで手を打つよ』


「ありがとう。 でね、メイベルって前世は人間? その記憶っていつ蘇ったの?」

『藍は驚かないんだね』

「まあ。お話の中ではよくあるから。

 いきなりこんなところに飛ばされて、ネットショッピングしたら注文品がコード沿いに来て物質化したりするんだよ、もう今更猫がしゃべろうと、前世持ちだろうと、あるあるでいいや」

『しゃべってないよ、猫の口で日本語しゃべれるわけないだろう。チョー能力だってば。

 前世ね、そうさ、あたしゃ前世は八百屋のかみさんだったんだよ』


「ええー、この世界的美貌の、血統書付きの、数が少なめのシルバータビーホワイトの、メイン州の州猫にまでなっている、おまけに国際品評会最優秀賞獲得猫の仔の、メイちゃんが? 日本の八百屋のおかみさん?」

『はあ、丁寧にびっくりしたねぇ。悪かったね、前世が八百屋の女房で』

「え、いや、マジでびっくりした」


『生まれて二カ月ほどでペットショップに売られてねぇ、ペットショップの展示用ケージでじーーーっと二カ月ほど座っているうちに、あまりの暇さに前世が蘇ったのかねぇ』


「メイベル、座り姿もきれいだもんねぇ、見に来た人の視線をひとり占めしたんじゃないの?

 でもまあ、ずっと見られているのもつらいよね。 猫の生活も楽じゃないねえ」

『藍、生きることに楽なんてないんだよ、人生も猫生も戦いの連続さ』

「メイねえさん、かっこいいー」

『ああ、そうだ、あたしの前世の名前は、五月さつきだったんだよ。だから、メイはぴったりさ』

「そっか、じゃあ今からメイベルはメイ姉さんね、よろしくメイ姉さん」


『ああ、そうかい。藍には感謝してるんだよ、これでも。

 よくあたしを買ってくれた。安い買い物じゃなかったろうに、迷いもしなかったね。あのペットショップの女の子が、「えっと、失礼ですけど、どうしてこの子を選ばれたのですか」とか聞いてたじゃないか』

「ああ、そうだったかな。余計なお世話。そこにメイ姉さんがいて、私がメイ姉さんと一緒に暮らしたくて、それができるだけのお金を親が残してくれていただけ。

 両親が生きていたら、メイ姉さんに出合うこともなかったかもよ。突然親を亡くしてちょっと変になってた私を、哀れとお思いになった猫神様のお導きかもね」


『まあねぇ。山盛り札束があるより、両親が健在の方がいいねぇ、藍は両親との仲も悪くなかったようだしね。

 あたしにも子もいりゃあ孫もいたからねえ。わかるよ。

 あたしの父親は妊娠中の妻を残して出征さ、あたしを抱いたこともないうちに戦死して、母親はあたしを育てるのが精一杯だったのだろうね、あたしが嫁に行ったら安心したように死んじまった。せめて孫の顔を見せるまで生きていてほしかったよ』


「メイ姉さん……。お父さん戦死したの? 第二次世界大戦? 辛かったね、おかあさん大変だったね、おばあちゃんから当時の話を聞いたことあるよ」

『いや、満州事変だね。父親が戦死したのは。

 昔は戦死は珍しくなかったんだよ。

 太平洋戦争の終戦のことは忘れられないよ、工場からやっと帰ってきたら、見る限り焼け野原でねえ。敗戦は覚悟してたねえ。本土が攻撃されているのに反撃できなかったからね。上空をこう、アメリカさんの爆撃機が組になって飛んでいくんだよ、でも迎撃する戦闘機が来ないんだよ、ああ、もうだめなんだな、と思ったね。口には出せなかったけどね』

「いやだ、メイ姉さん、そんなこと全然普通じゃないのに。それを見ていたの? まだ高校生くらいでしょ? 女子挺身隊だったっけ、家から離れて工場で働いてたのよね。もう。 いやだ、泣いちゃうから」


『そうかい、そうかい、ありがとよ。

 藍だってあたしと同じように親を亡くしたじゃないか。原因がなんだって、子どもにとっては同じことさ。それでもあたしは結婚するまでは母親が生きていてくれただけ、藍より恵まれていたんじゃないかい? 今じゃ藍はあたしの孫みたいなもんだよ、かわいい孫だよ。

 さあ、もう寝ようね、明日は大きいテント立てて、この周りに柵を作るなりなんなりしないと。本当は石を積んで要塞にしたいところだけどねぇ』

「ええー勘弁して~、死ぬよ? 筋肉痛で死ぬ~」

『そうだよね、さあ、寝よ』

「うん」


 藍は、齢三歳のおばあちゃまか、と思うとちょっと笑えたのだが、すっかり心が温かくなってここがどこかもわからないところで眠りに落ちていった。


メイ姉さん、前世は1928年生まれ。お父さんは関東軍に配属されて、中国と日本が戦った満州事変で戦死しました

第二次世界大戦終戦終了、1945年8月。メイ姉さんは5月生まれなので、そのとき17歳でした

現行憲法公布が、1946年11月3日。同施行(有効になる)、1947年5月3日。この憲法では貴族制がありません

メイ姉さんは明治憲法下で成長しましたから、日本人の貴族を見たことがあるかもしれませんね。女子挺身隊で働いていたときには、貴族夫人の慰問もあったかもしれません

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