29.解呪成功と婚姻の儀
あっという間にハインツが近寄って、「さつき!」と怒鳴る。
「うるさい、声がでかい。それに、メイベルと呼びなさい」
「あ、はい、すいません、メイベル、成功だ」
「ありがとう、ハインツ」
ここにいるほとんどすべての人は、ハインツ・エッシェンフォルゲンがハンス・ローエングリム以外の誰かに怒鳴り返されるのを初めて聞いた。まして、その相手に謝るなど、実の父ですら見たことがない。そして、なるほど、妻はメイベルしかいないというのは間違いないな、と立ち会った全員がすごく納得したのだった。
養子縁組の書類にサインだけさせ、ハインツはメイベルを抱き上げて連れ去った。侍女の話によると、そのまま夫人用の部屋に運び込み、待ち受けていた侍女に命じて下着一式をメイベルに渡し、マントで視線を遮りメイベル自身に下着を身に付けさせたとのことだった。
「妻は、転生して貴族夫人となるが、まだこちらのやり方に慣れていない。下着くらいは自分でつけさせてやれ」
と、怒鳴りかけて叱られ、普通の声で説明したそうだ。
いいコンビだな~。夫婦漫才に仕立てればお祭りで小銭を稼げるかもしれないね。妻に叱られて正座するサド目の制服さん演目とか、万札飛んでくるレベル?
立会人がティーブレイクでなごやかに歓談する間に、メイベルは婚礼衣装を身に着け、裁縫室メイドが寄ってたかって必死でサイズを調整した。
広間は執事長の指示の下、素早く婚礼用に整えられていた。
婚姻の儀は問題なく進み、ようやく前世の妻を“取り戻した”ハインツは、涙ながらに抱き寄せようとして、やっぱり
「痛い、はなしてちょうだい」
と、叱られていた。猫でなくなっても、この大男に力いっぱい抱きしめられたら、死ぬかもしれなかった。
呼び出されて不満顔だった解呪師も、婚礼の儀に参加するよう誘われ、自分の解呪がいかに多くの貴族を満足させたか実感して、納得して帰って行った。これだけの人数が動くよりも、自分と弟子が“ちょっと”来た方が“大事にならない”といわれるのも、無理のないことだった。




