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25.守護聖霊とエッシェンフォルゲン少佐の怒鳴り合い、どっちが強い?

 

 丁寧な診察と吐き気止め煎じ薬の投与を受け、冷たい枕をあてがわれ、念には念を入れて二日間静かに横になって後、藍は無事にベッドから解放された。それでも十日ほどはあまり動き回らないでできるだけ座るか横になっている方がよろしいです、と言い渡された。


 任せてやってほしい。座っているか横になっているというのは、藍がもっとも得意とする日常生活だ。


 軍病院からエッシェンフォルゲン家の王都屋敷まで、藍はしずしずと輿で運ばれた。勘弁してほしかった。

 エッシェンフォルゲン家から隆々とした体躯の私兵が八人、儀式の際に婦人を運ぶ輿を肩にやってきた。この、斜面につくられた城塞都市ではフルで着飾った婦人にとって徒歩での移動は困難を極めるというか、最初から無理に決まっているし、大型馬車が移動する道幅はないので、貴族家の王都屋敷には婦人用の輿が準備されているのである。

 輿の三面に錦織の布が、前面には薄物が垂らされている。病院の玄関口にピタリと着けられた輿の薄布をローエングリムが持ち上げ、エッシェンフォルゲンが藍の手を取って座らせるという恥ずかしすぎる状況にも、メイ姉さんを抱き上げて黙って従った。

 これはメイ姉さんの戦いで、藍の出番がはないのだから。


 なお、エッシェンフォルゲン少佐のバサロン毛は、きれいに刈り込まれていた。彼は、前世の妻さつきが生まれてきたことを知った時から、ふたたび会えるよう願を掛けて髪を切らない、結ばないと誓っていたのだった。

 まあ、それも理由のひとつとなって周りががんばって召喚してくれたのだから、方向性は間違っていなかったのだろうが、何分にも迷惑千万ではあったのだ。少佐がちょっと首を振るたびに、近くの人は髪の洗礼を受ける。いい香りのする若い女性のさらさらヘアならともかく(それだって迷惑に違いはないのだが)、吠える軍人のこわい髪の毛が怒鳴り声とともに耳たぶに当たるとか、鞭が飛んでくるようなものだ。

 さつきを軍病院に預けるや否や、ローエングリムがファンデル家まで引きずって行き、直ちにバッサリと髪を切ってしまったのだった。


「願は叶ったよね、ハインツ、さあ、髪を切ってあげよう」

 鋏を握ってにっこりと微笑むハンス・ローングリムに、さすがの少佐も逆らえなかったとのこと。



 輿がエッシェンフォルゲン家にたどり着き、メイ姉さんを抱いた藍が客間に案内されてソファに落ち着いたところで、メイ姉さんの怒りが遂に炸裂した!


『忠さん、まだわかんないのかい! 女房の顔を見忘れたか』


 いや、ごめん、姉さん、顔、猫の顔だからね……。



 シーンと静まるハインツとハンス。どうやらメイ姉さんのチョー能力会話は、伝えたいと思った人を含むことができるらしい。すごいね。ってか、よかった、よかった。


「あ、あの?」

『ああ、ハンス・ローエングリンだったね、ローエングリムだったかい? どっちだったかね、すまないね、何だい?」

「失礼いたしました、ローエングリン伯爵家の第二子、ハンス・ローエングリムでございます。さつきさま、で間違いありませんでしょうか」

『そうだよ』

「前世でハインツの奥さまであられた?」

『前世八百屋のオヤジだった忠治の女房だったさつきで間違いないよ』

「は、ありがとうございます」


「ハインツ? そういうことだけど?」

「う」

『忠さん、いいかげんにおし、とにかく、うるっさい。今度怒鳴ったら見捨てるよ』

「はい、さつきさん」


 え? 不戦降伏宣言?



 ファンデル家嗣子、ハインツ・エッシェンフォルゲンは、その場で正座して平伏した。

「さつき、ごめんな、勘弁してくれ」

『あたしのかわいい藍に何してくれた、謝れ』

「あいさま、申し訳ありませんでした」


 ハンス・ローエングリムが爆笑を押さえかねて部屋から飛び出した。ドアは閉まっているのに、廊下の大爆笑が聞こえてくる。最後は咳き込みながら腹を押さえて悶絶したらしい。「卿、大事ありませんか」「水を持ってこい」などと騒ぐ声もまるまる聞こえている。


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