2.愛猫メイベルは、チョー能力の持ち主
美猫のメイベルさんは、たいへん口が悪いです
その時、耳元でにゃおんと不満そうな声がして、同時に頭の中に『いたい、はなして!』という言葉が届いた。
「え?」
『痛いってば、藍、ギュッとしないでおくれ』
「あ、うん、え、メイベル?」
『放してってば』
藍は驚いてパッと手を緩めた。メイベルがシタッと地面に着地する。
『藍、ギュッとしたら痛いじゃないか』
「あ、はい、あの、ごめんなさい?」
『なにさ、その腑に落ちないって言い方』
「え、だって」
誰だっていきなり猫に頭の中に話しかけられたらびっくりするに決まっている。おまけに、あの公爵令嬢然とした座り姿も歩く姿も猫とも思えないほど、いや、宮廷か神殿で育てられている聖猫とかならさもありなんというほど気品のある、あのメイベルさんが、下町言葉? おねがい、嘘だと言って~。
『ああ、これかい? あたしゃチョー能力ってやつだと思うね』
「え、あ、はい、超能力? ですか?」
『そうさ、シックス酢センスとか言うやつさ、酢が六本だったかね』
「え、いや、シックスス・センスですけど、メイベルさん。第六の感覚です。視覚、聴覚、臭覚、味覚と触覚が五感で、それ以外の感覚、閃きとか勘がはたらくとか、そういうのですけど。
えーっと、ごめんなさい、それと超能力ってのはちょっと違ってて……」
『まあ、それはいいさね。わたしゃその手のチョー能力ってのが大好きでね、スプーン曲げには感動したさ、毎晩寝る前にスプーン睨んで曲がれ、曲がれってねぇ、懐かしいねえ』
「え?」
藍はいまちょっと、前世の記憶がよみがえった猫? とか思ったのだが、メイベルは極めて現実的だった。
『藍、ぼんやりしてる暇はないんじゃないかい? ここがどこだろうとお腹は空くし、喉も乾く。夜が来たら暗くなるじゃないか。こんな森の中で真っ暗になったらどうするつもりだい』
「あ、はい、そうですね。どうしましょう?」
『どうしましょうじゃないよ、水でも探そうとしてもあんたスリッパじゃないか、森の中なんか歩けやしないだろ』
「あ、はい、そうですね」
藍は、ジャージとTシャツの上からパーカーを羽織り、室内用スリッパを履いたままソファに座っていたのだった。
『はあ、困った娘だねぇ、あたしがそのあたり見てくるよ、ちょいと待ってておくれ』
「え、待って、メイベル、ひとりにしないで」
『だって藍、水もなしにじっとしてたら死ぬだけだよ、わかってんのかい』
「いやよ、別々になったら、もう会えないかもしれないのよ、一緒に居て、ね?」
『そうかい……。 藍は旅行に出た親父さんとおふくろさんと会えなくなっちまったんだもんね、そうか、わかった』
藍がオットマンに上げていた足を下ろすと、メイベルが乗った。そして、膝に乗せていたノートパソコンをどこかに置こうとしたのだが、まさか地面に置く訳にもいかない。蓋を閉じようとしたのだが、通信がつながったままなことに気が付いた。
「えーっと?」
『なんだい?』
「パソの通信が生きてるんだけど、どういうこと?」
『バッテリーとやらが仕事してるだけじゃないのかい』
「い、いや、えっと、通信が繋がったままなんだってば」
『はい?』
ここが日本で、電波が届く範囲にアクセスポイントがあるとしても、ルーターがない。そもそも藍のパソは有線通信だ。えーっと、と思いながら電源コードを目で辿った。それはもともとソファの横あたりまで引っ張って来ていた延長コードに接続されていたのだが、今は……。
中空で消えていた。