19.テント生活脱出作戦!
それが誰だろうと、たとえ前世のメイ姉さんの亭主だろうと、ここでこれ以上生活するのは無理っぽい以上、あてにできそうな知り合いは、エッシェンフォルゲン少佐以外にいない。
そもそも、五月を召喚するつもりで藍とメイベルを召喚してしまい、人間一人分の転移のつもりだったのに猫、実はこっちが真の召喚対象だったのだが、猫の分だけ生体質量が増えて、召喚着地ポイントがずれたのだ、たぶん。
だから、エッシェンフォルゲン少佐は、少なくとも“前世は妻だった女性”を受け入れるだけの準備はしているだろう。
猫はまあ、おまけできっとなんとかなる……といいな。
藍とメイ姉さんは、二日ほど掛けて、がっちりと作戦を練った。
プランA:召喚陣があるなら帰還陣があるはずだ
プランB:帰還陣がないなら、エッシェンフォルゲンに“たかって”生きて行こう
がっちりか? これ。むしろ正直に行き当たりばったりというべきなのでは。
限界を感じて人に頼ろうと思っただけ、一歩前に進めたのかも。しかし、あの怒鳴り声に直面しようとは勇気の塊か無謀な無策か。つまりはどっちにしろ少佐の手に落ちるだけプランに過ぎないように思えるのだが、これでいいのか?
少佐が探しているさつきさん、猫なんだけど? 本当に大丈夫?
『藍、ここの“世界違い”のものと、パソはどうする?』
「えーっと、パソは背負っていく! 接続線はジップバッグ掛けて保護しておく。テントとかは、物置小屋を買って、そこに全部詰め込む!」
『はい、ご苦労さん、筋肉大丈夫かい?』
「あああーーーそれがあったかー」
本作戦選択の是非を検討できるようになる前に、まずは朝の雄叫びに応答して迎えに来てもらうことになりそうなのだが、てか、それしか思いつかないのだが、それは当然ながら藍の役目だ。メイ姉さんは今のところ藍以外と“チョー能力会話”ができるかどうかわからない。そして、エッシェンフォルゲン少佐は何故か朝方の夢にしか出てこない。
とすれば。
その日、藍は相変わらずひーひー言いながら肉体労働に従事していた。
大きな物置を出そうとしているのだから、パソの近くに他の物があってはいけない。だから、まずはこの二カ月足らず住まいにしていたイベントテントを移動するところから作業は始まった。
机やクッションの位置を変え、置き畳を上げて断熱シートを剥がす。それだけでもう今日の筋力は“オワタ”と思った。半泣きでスノコを運び、そのスノコの上に置き畳を移動させ、クッションをはじめ、テーブルコンロやなんやら、生活するために買い集めた品々を移動させ終わるころには、もう、ヒーヒーを通り越してゼイゼイになっていた。
それでも以前よりずっとましだ。ぶっ倒れないである程度は作業を続けられたのは、プロテインのおかげかも知れなかった。
お昼休憩をはさんで、今度はテントをそろそろそろ~っと移動させ、ようとしたが、たった二メートルほどなのに土の上を引きずることができない。遂に、ベニア板を買って通路を作って押したり引いたり。それでも思ったようには動かせず、室内観葉植物を載せるキャスター付きの台皿まで買って、最後は「よっこいしょー、これでどうだ!」 とか、絶叫掛け声で自分を励ましながらゴリゴリで移動し終わった。
お疲れさま、藍。
そのテントで今夜寝るつもりでいたが、もうとてもそこまでできない。テントを移動させる都合上、半数は立てかけておいたスノコや畳、まとめて置いておいた買い集めた道具を見て、あっさり諦めた。
もう無理~。
ビタミンジェルとスポーツドリンクとエナジーバー、そしていまさらと思いながらもプロテインを飲み、ばったりと倒れ込んで気が付けば夕方になってしまった。
夕方、のっそり起き上がった藍は、二カ月足らずといえども森の中のテントで一人間力と一猫激励力頼りの生活をつづけてきただけのことはあったのだろう。「もう我慢できないー!」と叫んで、湯沸かし釜にやかんを載せて湯を沸かすと、恒例ベビーバスでの行水を敢行したのだった。濁り湯のバスソルト入りのぬるい湯に漬かり、膝から下と腕から先をだらーんと外に出して、ぐったりする。ああ、大きなお風呂に入りたいな~、とか思いながら。
そして、その夜は結局、藍がメイ姉さんとともに跳ばされてきたときに座っていたソファを最大限リクライニングさせ、オットマンに伸ばした足を乗せ、ないよりましとパラソルを拡げ、蚊取り線香を煙の壁が立つほどに並べて点け、毛布を被ってパソコンと接続ラインの傍で眠ったのだった
メイ姉さん? 藍の頭の上、パラソルのだいぶん上の太い枝の根元あたりで、野生に返って眠った。蚊取り線香があまりにも煙かったらしい。
そうだろうねえ。
藍もメイ姉さんも、疲れていたからぐっすり眠った。朝、エッシェンフォルゲン少佐の、元気全開な、でも、メイ姉さんの”依存だよ”を聞いた後ではちょっと情けなくも思える、「さつきー、返事してくれ!」の爆声に叩き起こされるまでは。