1.ここはどこと思っても、誰もいないとかどうよ異世界
「はあぁ?」
他に言葉がなかった。行平藍は愛猫メイベルを肩にもたせかけるように抱き上げたまま、膝の上にパソコン、そしてひとり掛けのソファに座って片足をオットマンに上げた状態で森の中にいた。
藍は今時珍しくもない自称ヒッキーをエンジョイする、二十八歳、無職。
両親は、娘が自立したので二回目の新婚旅行とかいって東欧観光ツアーに参加したら、バス事故で死んでしまった。いやもう。仲のいい夫婦だったから、ほぼ同時にあの世に旅立ったことだけは幸せだったかもしれないと思えるのが救いではあった。
残されたひとり娘である藍は、しばらくショックで呆然としていたが、両親の遺体を受け取り、葬儀を主宰し、旅行会社と保険会社に対応するために叔母が世話してくれた弁護士に教えられるまま、遺産を確認し、保険金を受け取るうちに、これは生涯働く必要がない、と気が付いた。
仕事をやめ、両親と住んでいたファミリータイプのマンションに帰ってきた。両親は長い旅行に出ていると思うことにしたが、寂しい。ひとりでいるのは、寂しい。
短時間の仕事をするかせめて趣味の教室にでも行こうと思っても、人と接するのが怖かった。藍の年齢の女性は、どうしても年上の女性たちの興味を引いてしまう。親しく話をしなくて済めばいいのだが、あまり距離を置いては職場でもお教室でも浮いてしまうだろう。
なまじ大金を持っているだけに人の隠された悪意が恐ろしく思われた。弁護士さんに保険金の受け取りに立ち会ってもらった後で、お金の話は身近な人にもしないようにと控えめな注意を受けてもいた。
マンションに帰ってきて半年ほどたったころ、せめてひとりぼっちじゃないようにしようと、ペットショップ巡りを始めた。少なくとも目の端にちょろちょろと動く小動物がいてくれれば、そしてその子に話しかけられるなら、少しはましになれるだろう。
ペットショップ巡りをしているうちに、愛猫メイベルに出会った。仔猫というには少し大柄だったせいでもあったか売れ残り、ケージの中で虚ろな目をして中空を見つめていた。
その姿に自分を重ねていた。
その日もソファに座ってネットショッピングしていた。一日中ヒマなので却って生活は規則正しいものだった。起きる、洗濯する、掃除する、朝はバタートースト、コーヒー、卵。それでもうやることがない。シングルソファに座ってパソコンで衣類や日用品をネットショッピングする。三人掛けソファのアームを枕に横になってタブレットでネット小説を読む。ダイニングでTVをつけ、アニメか映画、スポーツ番組の音を聞きながらネットゲームをする。お昼は麺類、夜は和食。山もない、谷もない、短調な毎日がもう三年続いている。明日はメイベルの三才の誕生日だ、それを覚えているほど何もない。
「おとうさんとおかあさん、いつ帰ってくるのかな」
うっかり呟いたら、メイベルがソファに前肢を掛けて、なお、と鳴いた。この公爵令嬢然とした美猫が鳴き声を出すのは珍しい。まして手を掛けてくるなんてほとんどないこと。よほどアブナイ感じだったのだろう。
「あ、そうか、帰ってこない旅に出たんだったよね、ごめん、メイベル、おなかすいた?」
メイベルの両脇に手を入れ、肩にもたれさせるように抱き上げて立ち上がろうとした時、眩暈を起こした。急に動こうとしたらたまにあることだから、目をつぶり、メイベルを撫でながらじっとしていた。
で、目を開いたらこれだ。
ここはどこ? 説明なし?