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時は来た

認めたくはないが――鎌倉の世界に俺はわりと馴染んでいた。


政務が終わると、座禅の時間がやってくる。

安達さん曰く


「国を治める者たる者、仏心が肝要です!」


だそうで、禅僧のもとに通わされている。


案内されるのは、やけにでかいお寺の一室だ。

仄かに紫色をした線香の煙がむんむんと漂っている。




「心を、無にしなされ。何も考えぬことが、真の道である」


 


と、禅僧が言う。


無理だ。

俺は四六時中シミュレーションしていた人間で、ノイズの中に最適解を探すのが快感なのだ。


しかし、それを顔に出した途端――


 


「喝ッ!!」


 


背中にバッシィィィィィンッ!!!


 


「いってええええええ!!?」


 


マジの棒で殴られる。

長さ80cm、太さ4cm程度の竹製の棒。

振りかぶった角度、打点の位置、衝撃吸収なし。

本気でヒビが入りそうだが、意外とぴんぴんしている。


俺が、というより、時宗の体が丈夫なのだ。


 


「……邪念が多いようですね」


「はぁ。すみません。考え事をしていました」



正直に言うと、僧は仕方ありませんねとため息を吐いた。

宇宙の中の星のように、黒目に僅かな光が点っている。


こいつは無学祖元といって、宋という国の偉い坊さんらしい。

坊さんのくせに結構イケメンでわりとシュッとしている。

長身で細身で、ガチガチのエリートでクッソ賢いらしい。


一応鎌倉の一番偉い奴ポジションの俺に向かっても、何にも遠慮しないんだよな。

こいつの神経どうなっているんだ。



「いいですか。時宗殿が年若き十八の頃より八代執権という大仕事をされていたのは存じております」



無学祖元はゆっくりと長身をかがめるようにして俺の目を見た。


ぐう……。

やばい。

何もかも見透かされるような気になってしまう。


「当時すぐに元からの国書が届き、対抗姿勢を強固にされ、苦心されていらっしゃったともお聞きしております。しかし、今は悟りに近づく貴重な時間。禅の修行には何の邪念も持ち込んではなりませぬ」


「はぁ」



このエリートお坊様は、俺がちょっとでも何か考えているとバシバシ叩いてくる。


センサーでもついてるのかってくらい精度が高い。




「先の日蓮という邪教の僧も気になることを申しておりましたが、それはそれ、これはこれというもの」


「ニチレン? あぁ……えーと……」



日本史の資料集の記録を引っ張り出す。

南無妙法蓮華経の人か。




「誰だっけ、ニチレンて……」




ポリーー

それはエチレン、なんて突っ込んでくれる人もいない。


祖元は可哀そうなものを見る目で俺を見た。





「記憶が混濁していらっしゃるのですね。よく体をお休めになられてください」


「あ、はい。じゃなくて、ニチレンを教えて欲しいんですが……ヤバイ奴なんでしょうか」


いや、この一年、名前を聴きまくったのでマジで気になってるんだけど、日蓮ってどんなやつなんだろうか?


祖元は、湯呑みに茶を注ぎながらしれっと返した。


「ヤバい奴、ですねぇ」


「即答!?」


「ほうぼうの宗派にケンカ売って、幕府にも説教たれて、流罪二回。筋金入りのお坊さん界の問題児です」


「問題しかねぇ……」


「ですが、時宗殿。方向性が違うのです」


「ほう?」


「日蓮殿はですね、この世を救うには法華経しかないと全力で叫んでたお方です」


うん、宗教あるある。


「他の宗派には『邪教だァァァ!!』って叫ぶし、幕府には『こんな政治じゃ天罰が下るぞ!!』って手紙送りつけるし……」



迷惑系インフルエンサーみたいな言い方やめてほしい。




「で、実際、蒙古の使者が来たわけですよ。『天罰来たじゃろ? わし言ったもんね!』ってドヤ顔ですよ日蓮殿。で、幕府もキレて、ついに処刑決定。しかし……」



無学祖元はそこで言葉を切って、しみじみと目を瞑った。


「日蓮殿は、見返りを求めず、身一つで信じるものを貫いた。それが民の救いになると、心から信じておったのです」





なんだ、ヤバイ奴ではあるけど、ちゃんとしたやつじゃん。




 


政治も宗教も混沌としていたが、なによりも衝撃だったのが――武士文化、だ。


 


夕方、庭で家臣たちの模擬演習を見学するよう命じられた。


「蒙古来たるならば、武士たる者、刀一本で戦う覚悟を」


「勝つことより、恥をかかぬことが重要!」


 


「……うそだろ……」 


 


彼らの訓練方法は、俺から見れば美学の域を出ていなかった。


敵陣に単騎で乗り込み、一騎打ちを申し込む?


馬から降りて礼を尽くす?


「お前ら、勝つ気あるのか!?」


 


 


でも、そう怒鳴れないのがこの時代の怖さだった。


彼らにとって「恥をかかずに死ぬこと」が美徳で、「合理性」は卑怯者のすること。


 


 


「くそ……これじゃ、勝てる戦も勝てない」


 


じりじりと苛立ちが募る。


でも、この国は、俺の国でもある。


滅ぼされるのを見過ごすなんて、できるわけがなかった。


 


 



 


夜、こっそり書庫へと足を運んだ。


寺と政治の資料がごちゃ混ぜになった巻物ばかりだが、その中から一つだけ、目を引くものがあった。


 


天気の記録――。


 


台風の到来と農作の関係を記した古文書だ。


毎年の風向き、月齢、海流、雲の観察記録。


バラバラの断片だ。

が、これ、データとして使える。

これが俺の武器になるかもしれない。




今、必要なのは剣ではない。


感情でもない。



俺は、未来から来た科学者(の研究室で研究している学生)だ。

もはや科学者といっていい。

いいだろう。


科学ってのは万民のものだ。

俺は現代人なんだから。


この混沌を『科学』で乗り切ってみせる。






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