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6 笛未子と上杉家の人々

上杉慶はスマホの画面をスクロールし、カメラに収めた写真をじっくり眺めていた。


チリ一つ落ちていないダイニングテーブルの上にはティーカップが置かれ、湯気の向こうで、琥珀色の紅茶が静かに揺れている。

一口啜ると香りが鼻から抜けていく。

専属メイド・ニアが慶のために調合した自慢の紅茶である。


コスプレイベント翌日。

慶はダイニングにて、サーシャ、アキラと並んでコスプレ写真に目を通して、ああだ、こうだと話を咲かせながら、ちょっとした品評会だった。


「スマホでも結構ちゃんと撮れるな。でも、一眼レフ欲しくなっちゃったよ」


サーシャが慶の腕に絡みつき言う。

「ダーリンの腕が良いからです!」


「せやな、にーさんに見せたいと思ったら、ウチらも自然と熱が上がったし」

アキラは照れた様子で笑顔を浮かべた。


「そ、そうか……?」


慶は少し照れくさそうにしたが、密かに撮影について勉強していたことはアキラもサーシャも知らない。

イベントに参加するから撮影してほしい。とお願いされたその日、カメラなんて持ってないのに、さてどうしようと考えていた。


しかし、いざネットで調べてみると、スマホでも充分良い写真が撮れることを知った。

コツなどをあらかた調べて、練習がてら庭先で植物などを撮影していた。

が、いまいちピンとこない。


そんな矢先に義妹リオが通りかかった。


「あたしの写真が撮りたい? は?なんで?

でも、にーにがそんなに言うなら…… まぁ別に良いけど……」


満更でもない様子で、頬を赤らめたリオがモデルを引き受けてくれた。

これもリオのおかげだ。

今度駅前のデパートのケーキ屋で、リオの好きなモンブランでもご馳走してやろう。

そんなことを思いながら写真を見返していた。


「あら、こちらが昨日参加されたコスプレイベントの写真ですか?」


後ろからニアが顔を出し、柔らかな声と共に、慶のカップにおかわりの紅茶を華麗に注ぐ。

ニアは相変わらず凛とした佇まいで、シワひとつないメイド服、纏め上げられた髪型。

その姿に一分の隙もなかった。


「そうなんだよ、しかも見てみ? SNSでも二人が話題になってるよ、本物が降臨したって」


当日撮影した誰かがアップしたのだろう(もちろん許可済み)。“いいね”が瞬く間にカウントアップされていく。


「ご主人様はこういうのがお好きなんですね……。わたくしも挑戦してみようかしら……」


目を細めてスマホをスワイプするニアだったが、彼女はある画像で指を止め、眉間に皺を寄せた。


「ん? こちらに先日我が家に来た活動家の方が写ってますわ」


ニアがスマホをテーブルに置き、指差すと、全員がスマホを覗き込んだ。

そこには、アキラとサーシャの向こう側で、女性レイヤーと中年女性が揉み合ってる様子が映っていた。

これを見つけるとはさすがニアは抜け目がない。


「活動家…… ?」


慶は顎に手を当て誰だっけ?と考えた。


「ああ! それってリオちゃんが前に言うてたやつか? 随分過激なことを言うおばはんがうちに来たって」

アキラは手を叩いた。


「せや、このおばはんが会場で大暴れしてたんや、なぁサーシャ」


「はい、破廉恥だって言ってました」

サーシャはキラキラと光る長い金髪を指先で弄りながら、顔を曇らせた。


「いずれにしても、我が家は目をつけられてますから、気をつけないといけませんわ」

ニアは背筋を伸ばし、襟元を正した。


「おいおい、ニア、そんなフラグ立てるなよ……怖いじゃん」


エアコンの冷風が背筋を撫で、慶はゾクっと凍るような感覚を覚えた。


茶の間が一瞬静まり返った。


「見てください! すでに誰かがリプライで批判コメしてます!」

サーシャが沈黙を破り声を上げた。


『コスプレの卑猥な格好は、男の性犯罪を増長させるだけ。

一刻も早くやめるべき。我々女性がまた搾取されてしまう』


全員がその投稿を見て顔を見合わせた。


「むむ、負けてられないです! 私は好きなことやります!」

サーシャはスマホを手に何かを書き込んだ。


***


一方、その頃。


古びた木造二階建てのアパートの一室。

笛未子は例の如く、SNS『Zet』のコスプレの投稿に対し書き込みをして満足げだった。


「ふふ、早く女性の皆さん目を覚ますのです。こんなにも肌を露出して汚らわしい。女性は性の玩具ではありません!」


ペットボトルのお茶をガブっと飲み、眼鏡を上げてZet民の反応を伺っていた。

しかし、「好きでやってるんだからいいだろ」という笛未子の意に反するリプばかりだった。

しかも、こういうリプをするのは、男と勝手に決めつけていた。


「キィー!なんなのこの男どもは! わ、私は間違っていないのに…… ん?」


笛未子は一件の引用ノート(投稿)に手を留めた。


『そんな貴女こそコスプレやるべき。

世界が変わるから。

ロシアのコスプレイヤーより』


「な、なんですって! 私にコスプレしろ!?

なんでそうなるのよぉぉ!!」


髪を振り乱し、笛未子は思わずスマホを叩きつけた。

畳の上に落ちたスマホには昨日のコスプレの画像が映し出されていた。


スマホを拾い上げ、若者たちのコスプレ写真をスワイプして眺める。

どれもキラキラした笑顔でポーズを決め、誰もが心から楽しんでいるようだった。


「……コスプレって楽しいのかしら……」

笛未子はふと考える。


「はっ!? 私は一体何を! 男から女性を救うのが、私の使命なのにぃぃ!! うおぉぉぉ!!」


叫び声が部屋中に響き、隣の住人が壁を叩く。

「うるせー!!」


このやり取りがもはや一種の様式美であった。


***


慶はスマホを手に取り、サーシャが書き込んだコメントを読み返した。


『そんな貴女こそコスプレやるべき。世界が変わるから。ロシアのコスプレイヤーより』


これ以上にない返しだ。

今のSNSは情報の発信や共有の場ではなく、他者を叩き、蔑めるような役割になってしまっている。

いわば対戦型SNS。


けどサーシャは反論せずに、“楽しいから貴女もやってみて”と言っているようで、提案を持ちかけるなんてなかなか思いつかない。

実に彼女らしい。

これこそがSNSの本当の姿なのかもしれない。


サーシャの方に顔を向ける。

彼女は自分のコスプレ姿の写真を満足そうに見ていた。

その姿に愛おしいとさえ思ってしまった。


慶が見ていることにサーシャは気づくと、笑顔で絡みついてくる。


「ダーリン、今度は何のコスが良いですか?」


彼女の胸の感触、そして鼻腔をくすぐる甘い香りに顔を赤くした。

するとサーシャは耳元で囁く。


「昨日みたいにコスしたままだと、アガりますよね♡ またそんなやつ選びますね♡」


慶は目を見開き息を呑んだ。

――昨日のコスイベの後、ネオン街のホテルの一室。

ベッドの上で淫れるカミラと竜燈舞りゅうとうまい……。


サーシャとアキラとの甘美で濃厚なひとときを思い出し、耳まで赤くなった。


「ご主人様、良からぬご相談ですか? わたくしもコスプレしましょうか?」


気配もなく、スッとニアが後ろに現れた。

彼女は目を細めて慶を見下ろした。


「うわぁ!」


慶は驚いて心臓が跳ねた。


「え!? い、いや、違うよ……っていうか、ニアはメイド服以上のコスはないだろう……」


目を泳がしながら答えると、ニアは妖しい微笑を浮かべる。


「では今夜はこの格好のまま、お部屋に参りますね……」

頬を紅潮させ囁いた。


「ちょっ! 待ってぇな! ウチも混ぜてほしいわ!」

アキラが隣から抱きついてきた。


「アキラさんズルイです!」

サーシャも反対から慶にもっと胸を押し付ける。


「おいおい、お前らいい加減に……」


三人は声を揃えて言った。

「さぁ! 誰を選ぶんですか?」


迫る三人に慶はたじろぎ、サーシャとアキラの腕を振り解き、立ち上がった。


「あっ! 用事を思い出した!」


そして、急いで玄関から逃げ外へ飛び出した。


三人の美少女たちは慶の慌てた様子を見て、顔を見合わせ笑った。


「ダーリン逃げないでください♡」

「今夜が楽しみやな♡」

「たっぷりとご奉仕しますからね♡」


逃げ出した慶はしばらく散歩しながら、サーシャの言葉を頭の中で反芻し、胸の奥が温かくなった。


「世界が変わるから――」

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