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4 笛未子とコスプレ

スマホの画面には某格闘ゲームの人気キャラクターが色鮮やかに映し出されていた。

二人のキャラは、まるで生きているようにポーズを決めている。


スマホを少し下げると、画面の中の二人と同じ姿の女たちが、現実の光の下に立っていた。


――上杉慶うえすぎけい、28歳にしてただの平凡なサラリーマン。

これといった特技もなく、ただ流されるがままに人生を送ってきた、どこにでもいる青年。

しかし、彼が他の男性と決定的に違うのは、何人もの美しい女性から愛されているということ。


では、彼が誰もが羨む端正な顔立ちなのか、というわけでもない。

女性を口説き落とす巧みな話術の持ち主なのか、と問われるとそれも違う。

しかし、彼の”何か”に惹きつけられ、女性たちが不思議と集まってきた。

まるで、見えない”運命の糸”に導かれるように……。


それについてはまた別の機会に。


さて、話を本作に戻すが――

そんな慶が今日、訪れた場所は池袋サンシャインシティ前の広場。

目的は同居人がコスプレイベントへ参加するため。

その荷物持ち兼カメラマンとして休日を返上し、眠い目を擦りながらついてきた。


慶の傍には、ふんわりとした金髪を靡かせるロシア人留学生サーシャ。

そして、タンクトップの胸元から谷間を覗かせ、褐色の肌が眩しい難波出身のアキラ。

二人とも早起きしたのに元気いっぱいの様子だった。


広場はすでに大勢の人で賑わっており、ステージイベントの音響調整のマイク、忙しなく動くスタッフの声、カメラのシャッター音、コスプレイヤーたちの笑い声が複雑に混じり合い、お祭りのような熱気が漂っていた。


そんな広場の片隅で三人は腰を落ち着けていた。


「ダーリン!私たちは着替えてきますので、待っててください!」

「にーさん、待っててな。えーもん見せたる!」


二人はキャリーケースを転がしながら更衣室へ向かい、その背中を追いながら慶は「何を着るんだろう」と胸の奥で期待半分、不安半分の息を吐いた。


柵に寄りかかって周囲を見渡すと、目に飛び込んでくるのは色とりどりの衣装。

鎧を着た戦士、獣耳の少女、機械の翼を背負ったキャラクター、男性キャラに扮した男装コス。

海外から来た観光客まで混じっている。

誰もが思い思いのキャラになって、ポーズを決め、カメラマンのレンズに囲まれていた。


「コスプレって初めて生で見たけどすごいな……本物は迫力あるわぁ……」


慶は呆然としながらも、しだいに会場の熱に巻き込まれていくのを感じていた。


しばらくすると――


「お待たせしました!」


声に振り返った瞬間、サーシャが堂々とした姿で立っていた。


金髪を三つ編みにして、前髪を一房垂らし、頬には妙にリアルな傷メイク。

赤いベレー帽の下で碧い瞳がキラリと光る。

全身を包むのは緑のボディスーツ、脚線美をむき出しにする超ハイレグ仕様。

そこから伸びるスラリと長い脚。


サーシャは誇らしげにポーズを決めた。


「ダーリン!よく見てください!一番のポイントはココ!」


そう言うと、くるりとターンしてお尻を突き出す。

極めつけのTバック顔負けの食い込みが姿を現した。


「す、すごい……本物のカミラだ……」


慶はゴクリと喉を鳴らし、その食い込みに目を釘付けにしていた。


「にーさん、ウチもやで!」


その声にまたも振り返ると、アキラがニヤリと笑って胸を揺らしていた。


上半身は赤と白の法被風トップスで、豊満な谷間があえて強調され、下半身は九尺褌のようなショーツ。

布が翻れば危うく向こう側が見えてしまいそうなギリギリの造形。

長い黒髪を高くポニーテールに結び、腰には房飾りが垂れ、艶やかな太ももが光を反射している。


「あ…… アキラ、お前もしかして、その格好は……」


「せや!竜燈舞りゅうとうまいやで! “よっ!天下一!!”ってな!」


ポーズを決めるアキラの笑顔は、自信と高揚感に満ちていた。


「こ、ここにも本物が…… ってあれ?アキラ日焼けの跡は……?」


アキラ自慢の小麦色の肌がすっかり肌色に変化していた。

顔は化粧だろうけど…… 腕や脚にまで塗っているのだろうか。


なんて不思議に思っていると、「肌色インナーっての着てんねん」アキラは腕の極薄な布地を引っ張って見せた。

なるほど、これで褐色が肌色になったわけか、今はなんでもあるんだなと感心していると、肝心の写真を撮らなければいけないことを思い出した。


某人気格闘ゲームのキャラに扮した二人は並んでポーズを取り、慶はスマホを構え何枚も写真を撮った。


「ふむ、カミラ×竜燈舞……素晴らしい組み合わせだ……」


興奮を抑えきれず、思わず呟いてしまう。


その時、後ろから「すみません」と声がかかった。

振り返ると、カメラを構えた人々が列を作っていた。


「お前らを撮りたいみたいだけど……?」


と慶が二人の顔を伺う。


「はい!」

「ええで!」


二人の声が重なった。


そこからは怒涛の撮影タイム。

シャッター音が鳴り止まず、二人はそれぞれのキャラポーズを決め、歓声とフラッシュに包まれた。


「えらい人気だけど、当たり前かぁ、あのクオリティだもんな……どうせなら、俺も一眼レフで撮りたかったなぁ、持ってないけど」


少し離れた場所から慶は二人を見守り、誇らしいような、胸の奥がくすぐられるような感覚に包まれていた。


――


一方、その頃。


笛未子は池袋の乙女ロードにある女性向け同人誌専門店を訪れていた。

目的はもちろん”BL本”。


お目当ての漫画と文庫本の小説を購入すると、初回購入特典の描き下ろしアクリルキーホルダーまで手に入れ、鼻息を荒くした。


「わざわざ池袋まで足を運んだ甲斐がありました!」


アクキーを鞄の内ポケットのチャックにぶら下げ、ご機嫌の笛未子は、せっかく池袋まで来たのだ、少し池袋の街を散策しようと駅とは反対方向へ胸に本を抱えたまま足を向けた。


――笛未子はなぜこの時、“寄り道”という選択をしたのだろうか。

それは“宿命という糸”を手繰り寄せた結果なのかもしれない。


笛未子がサンシャインシティの広場近くまで来ると、大勢の人で賑わっているのが、遠目からでも確認できた。


「あら、何か催しでもやってるのかしら?」


と眼鏡を押し上げ、期待を膨らませて会場へ向かった。


イベント会場に足を踏み入れた笛未子は愕然とした。

胸に抱えた本まで手から滑り落ち、それさえも気づかないほどだった。


そこには目を背けたくなるような、おぞましい光景が広がっていた。


「な、な、何ですかぁ!あの格好は!?」


胸やお尻まで見えそうな、際どいコスチュームに身を包んだ女性たちが、カメラマンに囲まれ、写真を撮られていた。


笛未子のフィルターをとおすと、女性が”無理やり”卑猥な衣装を着せられ、男どもの性の捌け口にされているように映っているわけであるから、血が逆流するほどの怒りを覚えるのは当然であった。

もちろんその中に女性のカメラマンがいることなど、目にも入らないのは言うまでもない。


「極めて邪悪です!!

せ、せ、性的搾取ですぅぅ!!」


わなわなと肩を震わせ、唾の飛沫が数メートル先まで飛び散らかしそうな勢いで、声を張り上げた。

笛未子は女性コスプレイヤーとカメラマンの方へズカズカと近づき、割って入った。


「女性はお前らの玩具じゃない!」


とカメラマンを指差し一喝。

そしてコスプレイヤーへ向き直り、腕を掴んで叫んだ。


「何ですか! その格好は! 恥じらいはないのですかぁ!!」


――


慶はぼんやりとサーシャとアキラの撮影風景を眺めていた。

そんな非日常的な世界に浸っていたその時――。


「キャーーッ!!」


突如、耳をつんざくような恐怖に満ちた悲鳴が上がり、会場内の和やかな空気を切り裂いた。

一瞬にして人の流れが止まり、レイヤー、カメラマン、スタッフ全員がそちらに視線を集めた。


その先には女性コスプレイヤーと中年女性が揉み合っている姿があった。


考えるより先に体が動いていた慶は、急いでその場へ向かった。


「あなたたち! こんな格好して恥ずかしくないんですか! 搾取されるわよ! ズボンを履きなさい! ズボンを! ……はぁ、なんてこと……」


慌てて駆けつけた慶は、中年女性の腕を取り、引き剥がした。

周囲のコスプレイヤーも気づき、輪ができる。


「は、離しなさい! 今すぐこのような卑猥な催しはやめさせないといけません!」


ジタバタ暴れる中年女性こと笛未子は、振り返り慶の顔を確認すると、一瞬にして顔を真っ赤にした。

脳内で蘇ったのは、思い出補正された”あの時”――玄関で抱きかかえられた光景。


「あひゃ!? あ、貴方は……!」


慶自身はこの女性が誰なのか全く覚えていなかったが、ともかく笛未子の方は、借りてきた猫のようにすっかり大人しくなってしまった。


「おばさん! あたしたち好きでやってんだけど! 勝手にあんたの価値観押し付けないでくれる!」


一人のコスプレイヤーが声を上げた。


「そうだそうだ!」


と、周りのレイヤーたちが次々に賛同し、その声は波のように広がっていく。


「まぁ! なんですってぇ! 下品なあなたたちが私の正義の活動を邪魔しているのがわからないのぉ!!」


笛未子は叫び続けるが、係員がすぐに駆けつけ、彼女を取り押さえた。

連れて行かれるその背中はまだ震えており、去り際に「あなたたち後悔するわよぉぉ!!」という叫びを残して、サンシャインシティ広場に消えていった。


サーシャとアキラも呆れ顔で見つめていた。


「ダーリン、大丈夫ですか?」


心配そうに目を覗き込むサーシャ。


「大丈夫だよ」


と慶は手をひらひらさせた。


「なんやあのおばはん……暑さでやられてもうたんかなぁ」


アキラが眉を顰める。


慶はそんな不安そうな顔をする二人を見て、軽口を叩いた。


「でもさ、エッチな格好は……確かにそうだよな!」


それを聞いた二人は同時に顔を見合わせ、ニヤリと微笑む。

そして慶に抱きついた。


「にーさん、ほならイベント終わったら、コスプレのままホテル行くか?」


「アキラさん、ずるいです!私もカミラのままが良いですぅ!」


二人の声が重なり、慶の頭の中に鮮烈な想像がよぎる。

思わず耳まで赤くなった。


「にーさん、顔真っ赤やで!」

「照れたダーリンはホント可愛いです!」


「お、お前ら揶揄うなよ……」


頭を掻いて誤魔化した。


「ったく……ん?」


先ほど騒ぎのあった場所の石タイルの上に、ひとつの包みが落ちているのを慶が見つけた。

拾い上げると、ビニールの包装紙に『赤城ブック池袋同人館』の文字が印刷されている。

中身は書籍のようだった。


持ち主を探そうと周囲を見渡すと、遠くで係員に挟まれ、連れて行かれる中年女性の後ろ姿が目に留まった。


もしやと思い、慶は足早にその場を駆け出した。


三人に追いついた慶は、息を整えながら声をかける。

係員の一人が振り返ったが、「いえ、そちらの方に……」とだけ答えた。


うなだれていた女が顔を上げ、慶の顔を見て目を見開く。


「これ、あなたのじゃありませんか?」


包みを差し出すと、女は小さく頷いた。


慶は微笑み、「それなら良かった。落ちてましたよ」


と言って、包みを手渡した。


「……はい」


と震える手でそれを受け取り、慶をジッと見つめた。


「では、事務所へ向かいましょう」


係員に促され、彼女は無言のまま館内へと消えていった。


――あれ?

以前にも、同じようなことがあった気がする。

そんな既視感を覚えたが、気のせいだろう。


慶はアキラとサーシャの待つ場所へと歩を進めた。


遠くでまだコスプレイヤーたちのシャッター音が響き、夏の風に乗って音楽と歓声が混じり合ったのだった。

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