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第1話

************

第1話 出会い


 私がこのお屋敷に来たころの話をしよう。

あれは3年前、まだ現代日本に居た時。

私は私はすっかり心を病んでいた。大学卒業とともに就職した先で、お局的な女性の先輩から連日パワハラ紛いのことをされていたせいだ。さらに、唯一の癒しだったイケメンアイドルも活動休止したばかりで、私は働くモチベも生きる活力もすっかり失くしていた。


 とある休日。私は、古い自転車(ママチャリ)でふらっと出掛けた。行き先は、アパートから車で小一時間のところにある小さな山、俯世流ふせる山。小学生の遠足や初級者向のヒルクライムのコースにも使われたりしているような、別に標高も高く危険な動物もおらず、登山道も整備された、比較的安全な山だ。

 でもその日、私が山へ向かったのは夕方だった。うす暗い登山道を、古い自転車で登る。もう時刻も遅く、誰にもすれ違わない。どんどん周りは暗くなり、足元も見えなくなった。自転車のヘッドライト一つが頼りだ。


どうにかたどり着いた山頂の展望台から、夕闇に包まれる街を見下ろし

 「◯◯の馬鹿ーーーーッ」

叫んだらとってもすっきりした。

そのまま暫くの間、例のパワハラ先輩を大声で罵って高笑いしていた。

 気持ちがすっかり開放的になっていた私は、あ、このまま死ねたら最高だな。って突然思った。そして自転車に跨るなり、展望台の柵に向かって全速力で漕ぎ出した。

 自転車が柵にぶつかって、自分の身体が虚空に投げ出される。ぽーんと空を舞う浮遊感に、楽しくなってきた。

 これで私は、自由だ!やったー!

  

 だから、再び目が覚めるなんて思っていなくて。

 目が覚めて、自分が地面に仰向けで転がっているのに気づいたとき、生きてることにとてもがっかりした。

 あぁ、死ねなかったんだ。

でもあの高さから落ちたのだから、色々とエグい怪我、下手すりゃどこか麻痺とかもして。たぶん一人では生活できない身体になってる。あー、最悪。死のうとなんてするんじゃなかった。

 まだ寝ぼけている頭で、最悪のシナリオを思い描いてため息をついたとき。

 べたり。ぼたり。

 頬に粘り気のあるものが滴って、私は ハッとした。

 ぐううううううう、うるるるるぅ。

 頭の上から唸り声が聞こえる。

 え?……唸り声?

 恐る恐るそちらを横目で見上げると。

馬鹿でかいうえに顔面まで毛むくじゃらの真っ黒い生き物がいた。

なに、こいつ。明らかに、熊ではない。俯世流ふせる山に、いや、日本にこんな肉食獣がいるなんて聞いたことないんだが!?

そいつは手足をついたゴリラみたいな四つん這いの体勢で私に覆い被さってきていて、口からはダラダラと生臭い涎を垂らしている。しかも、その口には肉食獣ばりの牙が覗いている。


ちょっと、これ、文字通り、喰われる展開!?

 いやだ、死にたくない。

私ははっきりそう思った。

 こんなところで、こんな形で、死にたくない。食い殺されるなんていくらなんでもバッドエンドすぎる

 私は無我夢中で毛むくじゃらの肉食ゴリラの下から這い出し、駆け出した。

周りは鬱蒼とした森。私は、その中を貫く一本道を必死に走る。

なんだ、私、全く怪我してないじゃん。むっちゃ走れる。私は山頂から落ちたはずなのに。

頭の片隅で、そんなことを考えていた。


 毛むくじゃらの獣は逃げ出した私を当然追ってくるが、図体が大きい分、そこまで速くは駆けられないようだ。

このまま逃げ切れそうだ。


道の向こうに明るい光が見える。

光の中に飛び込めば、きっと、今度こそ目が覚める。

ほら、ドラマとかである、人が目覚める前のシーンみたいに。

私はそう期待しながら、何もない道を必死に走った。

……飛び降りて無傷なのも、あり得ない生き物に追われているのも。これが夢だからだ。そう考えれば全ての説明がつく。

眩しさに備えて瞼を閉じ、森を抜け……

私の足元が突然、がくりと沈み込んだ。


「痛たた……」

私は、落とし穴に嵌っていた。

人為的に作られたものだろう、穴底には、不思議な模様と記号のようなものが書かれた石のタイルが敷かれている。

刻まれた模様に触れると、チカチカと明滅する。一体どんな仕組みなんだろう。

あと、お香のような香りが漂い、意識が朦朧としてくる。

何これ、催眠剤……?


ぐぉおおん、がぁあああおん

獣の咆哮が森の奥から聞こえる。

そして、かさかさと微かな葉擦れの音。

風の音かあの肉食ゴリラだろうか。


……穴に落ちて、獣に食われる。

小説でもそうそう無いバッドエンドだな、

と思っていると、

ぎゃおおおおおおお……

長い叫び声を最後にあたりが静かになった。

そして、

「#%&≧'≫】※」

 突然誰かに話しかけられた。

そして、目の覚めるような美形の少年が、穴に落ちている私を覗き込んだのだ。

え、何この子、どこのジュニアアイドルですか。はい、完全に目が覚めたわ。


「#%&≧'≫】※」

突然声をかけられてびっくりしたせいで、なんと言われたのか聞き取れなかった。

 とても整った顔立ちで、銀の髪に青い瞳がとりわけ美しい子だ。外国の血を引いているのだろう。

彼は私に手を差し伸べ、何か言っている。

美少年の手を借りて穴から這い出し、周囲の景色に私は驚いた。

だだっ広い草原。ここは緩やかな丘陵地の麓のようで、右手に町並みが見える。車も高層ビルもない町だ。

左手の丘の上には、洋館が聳えている。

そこは山の麓でも見知った街でもない、ただただ青々とした草原だった。

私が倒れていたのは、俯世流ふせる山の麓の森ではなかったのか。

森を振り返るが、たしかにその空に山は見えない。

晴天の空。頭の真上に太陽がある。



「あ、あの。ボク」

 私はそう呼びかけた。

だって、20代も半ばになろうという私からしたら、一回り歳下の男の子はまだまだボクという感じの坊やだ。

 でも、もしかしたら日本語が通じないかもな。

彼は軽く首を傾けて私を見つめてくる。

 「ありがとう、助けてくれて」

お礼を言い、私は立ち上がろうとして、

「痛ぁっ……」

足の痛みにへたり込んだ。

「#%&≧'≫】※」

 少年が立ち上がり、なにか言った。

日本語でも英語でもない。初めて聞く言葉だ。

「……え?」

少年の格好は、白い襟のシャツに革のベスト。黒い細身のズボン。雑嚢を背負い、ベルトには腰の左右に剣を吊るしている。

 ちょっと待って。この子、何者?剣士ってやつ?

答えない私に彼は一つため息をついた。そして、少年は私の足元に跪くと私の靴に触れ、こちらを見た。

 これは、もしかして、靴を脱げと言われてる?

私がおずおずと靴と靴下を自分で脱いで、素足を差し出す。捻った右の足首は赤く腫れていて、ところどころ擦り傷もできていた。

ズボンの裾もつつかれたので、少年に促されるままに私はズボンをたくし上げた。

少年は二言三言なにか呟いて、私の腫れた足首にそっと触れてきた。両手で優しく包み込まれ、傷のある足の甲からふくらはぎまでを撫でさすられて、くすぐったいだけじゃない感覚がする。

あ、やだ、私には刺激が強いわ。

 なんて思っていると、少年の手が、今一番敏感になっている捻挫の箇所に少し力を込めてきた。痛みに思わず足先がビクついてしまった。

それに気づいて、少年が大胆にも捻挫の箇所に、なんと口を寄せてきた。

「ひゃあああ!?」

 躊躇いもなくぺろりと舐められ、私は思わず悲鳴をあげた。そんな私を少年は薄い笑みを浮かべて見る。その色白の頬はうっすらと紅潮し、……舌舐めずりまでしている。

あ、もう駄目です。この年齢差はまずいです。


私の脚をねっとりとねぶってにやりと笑ってみせたこのマセガキ、もとい美少年は、何事もなかった風で、惚けている私に靴下を履かせ、ズボンの裾も直してくれた。我に返った私は慌てて自分で靴を履き直した。少年は、私を振り返って手招きする。

「なぁに?」

 私はさっと立ち上がって、そのことに驚いた。

 あ、足の捻挫が全く痛くない。普通に歩ける。舐められたところが、ぽかぽかと温かい。

「……キスで怪我を治せちゃう魔法……?」

 

まさか、とは思うけど。

実際に、少年が口をつけたら私の捻挫が治ったのだ。


ー異世界転移。

そんなワードが脳裏に浮かぶ。

通勤の合間に流し読みしていた、web投稿小説でよく見る設定。

あんなものただのおとぎ話だと思ってた。


でも、ここはどう考えても俯世流ふせる山のある街ではない。

眼の前には、知らない言葉を話し、治癒魔法を使える剣士らしき銀髪碧眼の少年がいる。

認めざるを得ない。


私は、俯世流山からこの異世界に転移したんだ。

もしここが異世界で、何らかの作用で、私のいた世界からこの世界に来てしまったのだと仮定するなら。私が最初に倒れていた森は、元の世界と繋がる場所なのではないか。

森からなら元の世界に……、いや、でも、元の世界に帰りたいかと問われると少しばかり迷ってしまう。


現実の世界に嫌気がさした。

だから死のうとした。

でもこうして生き延びているということは、たぶん、まだ死んじゃ駄目ってことなんだろう。

死ぬぐらいなら、違う世界で生きてみろと、神さまにでも発破をかけられたのかも。


美少年は、丘の上の洋館を指し、私の知らない言葉で何か言っている。

どうやらそこがこの子の住まいで、私を連れて行ってくれるらしい。



この世界で、生きていくことができるなら、第2の人生を歩むのも悪くない。

 せっかくこの世界の人間にも出会えたのだし、今はその縁に縋ってみよう。

森の中で倒れていた見ず知らずの私を助けてくれた、親切そうな少年。

何より、びっくりするような美少年だ、一緒にいられればそれだけで自分の心が癒やされる。

 イケメンアイドルを推すような気持ちだ。

 なんていう、オバサンの下心はさておき、私は手についた土をぱっぱっと払って、よしと決意を固めた。




そうして私は、その美少年,ルドと一緒に、このお屋敷で暮らしだしたのである。




 

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