『SAFETY-1』
「珍しいね。ナナセが自分から学校の支度をするなんて」
「ん、ヒヨリか」
相変わらず人の家に断りもなく入ってくる彼女を見た。
そう言えば、常識人みたいななりをしながらも彼女はサラっとそんなことをする一面がある。
そんなことを思いながら思い出すのは、昨日ムジムラに言われた一言だった。
『死んだら一度きりの『アングラ』は通常のゲームのように長時間プレイすれば有利に働くなんてことはない。お前が学生なら学校には普通に行っておけ』
確かに、長時間やって集中力が切れれば簡単にゲームオーバーになる可能性はある。
他のプレイヤーだって同じように過度な長時間プレイはしないだろう。
それを考えればムジムラの考えは理にかなっているのかもしれない。
「そう言えば、民間の『AHRM』も増えたね」
二人で家を出て登校途中、不意にそう言ったのはヒヨリだった。
フェンスで覆われた工事現場から顔を出すのは民間企業が販売している作業用『AHRM』だった。
軍用のように武器が使えるわけでもないしVR装置も内蔵されていない代物だ。
そして、黒と黄色の警戒色のボディーはよく目立った。
「まあ、『LAHRM』だけどな」
『LAHRM』──『Little Automatic Humanoid Reacher Machine』の略で、通常五メートル前後の全長である『AHRM』より少し小さい二から三メートルほどの機械だった。
『AHRM』と言えば、通常の大きさのものを想像する人が多いのも事実だが、実際、日常的に見かけるのはこちらだろう。
「なんだか身近にこのまま『AHRM』増えるのはやだな」
「そうか?」
ヒヨリがぼそりと呟いたそれに言葉を返す。
「うん。なんとなくだけどちょっと怖いなって」
「そんなもんか」
武器も攻撃性能もないと考えれば、脅威にあまり感じない私とは違う考えなのだろう。
兵器になりえるものだろうと言われたとして、実際、『AHRM』以外の工事現場を出入りする車両で人を殺せないかと言われればそうでもない。
要は使い方だろうと思うものの、一瞬、制限があるとは言え遠隔で『AHRM』を動かせると言う可能性を『Rewriting Object』が内包していることが頭によぎった。
◆
「──と、まあこんなとこだ。これ以上の説明は取りあえずいい。今日は俺が伝えた目標だけ達成して戻ってこい」
「了解」
学校からギテツ院に向かってムジムラにレクチャーをされた後、私は早速セフツーのコックピットに乗り込んだ。
そして、ソヨカ、クモイと軽く会話を交わした後ダイブした。
「ん、初期リスはまずまずと言ったところか」
瞼の隙間から突き刺すような日光に顔をしかめながらも、周りの地形を見てそう呟いた。
『アングラ』の初期リス地点はワールド内のどこかにランダムで決められる。
ランダムと言っても、基地だったり何だったりの周辺何キロとか言ったことはあるらしいが、これが運が悪いと最悪詰むらしく第一に周囲の確認をした。
敵がいるかどうかももちろんだが、それよりも周囲の気候だ。
例えばこれが雪原地帯であったりすれば、なかなか堪えることになっただろう。
初期リス時点では『AHRM』を手に入れることが出来ない。
そのため、極寒の地に立たされたのならば徒歩での歩行が必要になり、さらに吹雪の中であれば方向感覚がつかめずそのまま、何てこともあるようだ。
初期リスの環境によって装備が変わり防寒服などが支給されるようだが、そんなことでは覆らない不利が存在すると言う。
そんな事情を考えれば、今いる場所は森の中で比較的温暖な気候であり、さらに言えば敵の影もない好立地と言えた。
「でも、感動して突っ立っていて不意を突かれれば笑えないからな」
そう言って私は移動を開始した。
服装は迷彩カラーの作業服でそう見つかることもないだろう。
そして、動くたびに際立つアバターの操作性の高さ。
クモイと意気投合した結果、最終的にリアルの私の完全再現を目指しただけあって初めにこのアバターを見た時から動かしやすさだけでなく見た目までもリアルまんまになっていた。
クモイにいきなり脱がされたときは肝が冷えたがそれだけの甲斐があったものだ。
ムジムラは居心地が悪そうに隣の部屋へ避難していたが、ギテツ院に居を構えながら倫理観があるようで安心した。
正直、リアルと見分けがつかないくらいに姿を同じにすることはどうかと思ったが、ムジムラが言うにはそこまで問題はないらしい。
そもそもプレイするのならば戦闘中は『AHRM』に乗るのだし、他のプレイヤーも概ね同条件と言う事らしかった。
と言うか、『Rewriting Object』を是が非でも手に入れるため、そんななことには構ってられないと。
アバターの話で言えば、『アングラ』以外の普段の生活そのものは仮想世界で過ごすことで完全に現実の身体とは別の肉体に完全に適合すると言う話もあるほうだが、そんな植物状態の人間と同様のことをするのは現実的ではないということらしい。
移動しながら、自身の所有しているアイテムについて考える。
スタート時に支給されているのは、腕時計、ナイフ、拳銃、弾丸二発、携帯食料。
腕時計はアクセサリー程度の機能しかないが、取りあえずつけておく。
ナイフと拳銃は装備済み、敵が見えればすぐに抜ける位置にある。
一応、拳銃を手に持って歩いているが、実際少ない弾丸を使いたくないことを思えばナイフを構えながら歩きたい思いもある。
そして、一番の懸念材料は携帯食料だ。
決して不十分な数ではないことは確かだ。
しかし、あまり時間をかけすぎて食料が尽きてしまえば面倒なことになる。
フィードバック機能によって架空の飢餓感を感じる程度で肉体的ステータスの減少はないが、コンディションが低下することには変わりない。
それに空腹度の場合によっては体力ゲージが削られる。
そこまで考えすぎるほどの事でもないが、一度も死ぬことが出来ないというのは、それほどまでに神経質にならざるを得ないことだった。
とにかく、ムジムラに指示された『目標』だけは達成しなければならない。
彼に告げられたのは自身の機体を手に入れること。
通常プレイでは、プレイヤーのログインと同時に初期リス地点から少しのところに機体が現れると言う。
多くの場合は周辺の基地の格納庫にたどりつけばいいらしいが、現状、それは現実的ではない。
初期に入手可能な機体は一定期間内であれば、他のプレイヤーにとられることはない。
しかし、急いでそれを取りに行こうとすれば、大抵死ぬ。
初心者狩りとかではなく、普通に同様に近くに初期リス地になった者によって狩られる。
かといって警戒をしながら進めば期間内にたどりつくことは不可能。
余程基地に近ければできなくもないが、死なないことを第一に行動するのなら論外だ。
で、あればどうするか。
それは課金だ。
課金をして機体を買う。
機体と運搬車両を購入することで、自身の初期リスの付近に出現させることが出来る。
ちなみに当たり前のように多くの新規プレイヤーが同じようなことを行うため、自分の機体取られないように躍起になって視界に入ったプレイヤーを殺すらしい。
課金についてはもちろん金はムジムラが出すと言い、昨日準備があると言ったのはこれの話だったらしい。
そして、課金額は合計で6000万円らしい。
機体が大体2500万で運搬車両が3500万だと言う。
その話を聞いたとき、あんぐりと口を開けてしまった。
奴が法外な値段を吹っかけて『Cube』で稼いでいるとは言ったって、『アングラ』のプレイ環境を用意して尚且つこの額の投資をできるとは思えなかった。
実際にしているのだから出来てはいるのだろうが。
兎にも角にも、課金したことで入手可能な特殊な地図を取りだしてあたりを見渡した。
地図には現在地とトレーラーの位置が表示される。
この辺の大まかな地理も知ることが出来て何気に便利だ。
そして、地図を見て基地の場所を考えるとやはり、トレーラーに一直線に向かった方がよさそうだ。
そうと決まれば私はさっさと移動をした。
慎重なのも悪い事ではないが、そう多く新規プレイヤーが現れるとも思えない。
しかし、その楽観は私に牙をむく。
トレーラーに近い地点に来たとき、森の中でありながらそれを発見した。
あれはたしかに『AHRM』の脚部分だろう。
開いた状態のトレーラーを木々の隙間からわずかに見ればスタート前にムジムラの言った言葉を思い出す。
『使いやすいモノをと思って『SAFETY-2』を用意しておいた』
そして、セフツーのもとへ駆け寄ろうとして、違和感に気付く。
木々に隠れて見えていなかったが、私が脚を向けていたのはセフツーではなく。
しかも、僅かに開けたその場にはトレーラーが二つ並びにおかれていた。
そして、反射的に銃を横に向けて撃つ。
視界に映るのは、私と同様に違和感に気付き銃を鏡合わせのようにこちらに向けた男だった。
──発砲音が同時になった。
「──ッ、ぐがァあ!!!」
そして次の瞬間、激痛に苛まれ私は声を上げる。
それと同時に銃弾を受けたのはこちらだけだと理解する。
目の前の若い二十代前半ほどの男は苦悶の表情を浮かべながらも、こちらに拳銃を向けて接近してくる。
今更ながらに、痛覚の再現の恐ろしさを実感するとともに無理やりにでも身体を動かす。
それでも、万全とはいえないこの身体では男に押さえつけられて銃口を向けられる。
絶対に話すまいとこちらに押し付けるように銃口を擦り付けられる。
「っ、ぅ」
「死ね死ね死ね死ね死ねしねぇええ」
「────ッッ!!!!!」
男が引き金を引いた。
不発。
「っ」
「──ぉまえ、が!!!」
男がすでに打ち尽くしてしたことに気付き、呆ける一瞬で私は無理やり、ナイフを抜いて突きつける。
ナイフは喉を狙い、それでも男は咄嗟に腕でガードをする。
ガチリと嫌な感覚がして丁度ナイフが男の腕時計で防がれたことに気付く。
アクセサリー以上の価値はない腕時計が彼の命を救う。
不運を恨みながら、それでも先ほど突き飛ばされたときに放り出された自分の拳銃を手握り銃口を向ける。
男は咄嗟に身体を翻し、トレーラーへと走る。
生身ならともかく『AHRM』なら拳銃の脅威はないも同然。
乗られる前に殺す。
動く男を銃口で追い、発砲するも男の足元の地面でわずかな砂煙が立つ。
「くそ」
その結果に悪態をつきながら、私も負傷した腕を庇いながら反対側のトレーラーに向かった。
お互いに近い方へ向かったために、機体を入れ替えたような形になり舌打ちをする。
出来れば慣れない機体に乗りたくなかった。
機体に付属する応急アイテムで簡易的な止血をする。
そして、起動した期待の前面モニターに映る文字に更に苛立ちは増す。
『SAFETY-1』
セフツー以前の機体の名前だ。
ナンバリングからも分かるようにセフワンはセフツーと比べれば型落ちも良いところだ。
セフツーの特徴とも言える望遠機能には特化していないし、性能は総合的に見ればセフツーに劣る。
機体の細部ももちろん違うが、顔が比較的人間的であるセフワンにわかりやすく二眼レフを並べたような造形をしてないのを見れば一目同然だろう。
それに何より、飛び道具が少ない。
セフツーにある小銃もセフワンだと拳銃一つ。
だが、やるしかない。
相手が起動するよりもわずかに遅れるが、対面するセフツーの攻撃が当たる前にその場を退く。
小銃はトレーラーを撃ち抜き爆発を起こした。
こちらも負けじと拳銃を撃つ。
「クソ」
相手も的ではないために、拳銃を避けられる。
やっと一発当てるも無傷に等しかった。
◆
「ぎり乗り込こんだね」
そんな声を洩らすのはリアルで『アングラ』内の戦闘を見ていたクモイだった。
開始早々ゲームオーバーにならずに何とか『AHRM』に乗ったナナセを見ての反応だった。
そして不安そうな声を出した。
「でも、ナーは勝てるの?ムジムラ」
横で様子を伺っていた男に声を掛けた。
ムジムラの後ろにはソヨカもいた。
「ナーは結構気に入ってるけど、正直ムジムラが選んだ意味は分からない。今だって、あれだけ撃って相手に当たったのは一発だけ。そんな状態で予定と違う機体に乗って操作感も変わるとなると……」
クモイの言葉は無理だろうとと指摘していた。
その言葉にソヨカも「確かにクモイちゃんにここ最近の映像見せてもらったけど、実際射撃は上手いとはいえないわね」と言った。
あの時、ナナセを誘う提案にソヨカは口を挟まなかったが、それはムジムラを信じての事。
ナナセの実力には疑問の残るところだった。
「俺はNAが適任であると思ったから協力を願い出た。それは変わらない」
クモイ、ソヨカの疑問に彼は答える。
「お前らが、先ほど奴の戦闘データを見たと言ったが、それは昨日のものを除いた最近のデータじゃないか?」
「そう。一応、初プレイも見たけど、それも初めてにしてはうまいって印象」
すべて見たわけではないが、初プレイの動画、そしてここ最近の成熟しきったであろう映像を彼女は見ていた。
とは言え、昨日のプレイ動画は見ていない。
彼女たちが見たのは、そのマッチが行われる前の話である。
ただ、その映像を見てもクモイの評価は特に変わることはない。
しかし、ムジムラが言うのはそこではない。
「奴が、射撃を苦手としているのは事実だ。しかし、NA本来の戦い方は銃撃戦ではない」
そう言われてクモイはムジムラの顔を見た。
「アイツが銃を使い始めたのは、自身のプレイスキルが成熟し、対戦に余裕が出て来たからだ。それ以前の本気のNAのプレイスタイルは接近戦だ。それを知って俺はアイツに声を掛けた。『アングラ』においては銃弾は貴重品。上位陣であってもその多くは接近戦をメインとした戦いする。故に、奴は『アングラ』においては適任だと思った」
確かに実際、『アングラ』における弾丸は貴重だ。
後先考えて撃てる代物でもないのも、上位陣ですら接近戦を強いられていることは事実である。
「なら、むしろセフワンはアイツにあった機体かもしれない」
ムジムラはそう言って、「それに」と言った。
「『アングラ』に参加できるほどの強者だ。少しは本気を出さなきゃ勝てんぞ、NA」
◆
セフワンが欠陥機体のような扱いをされる理由は機体の扱いづらさが関係している。
それは強力はパワーを出すがゆえにパイロットが扱い切れないほどの過剰な機動力を出すことが出来る事。
それ故にエネルギー消費が激しく燃費が悪い。
そして、飛び道具が威力の低い拳銃しか存在しないこと。
セフツーではなくセフワンを選んだのはどうせ2500万と比べて950万と破格の安さだからだろう。
そんなものを押し付けられればイラつきも増す。
下手に死んでしまえばゲームオーバー。多額の金銭的なバッグアップを受けているのにここで負けてはやりきれない。
「────ッ!!」
セフワンを立ち上がらせると同時にトレーラーにロックされていた拳銃を掴めば、ストッパーが外れたのも確認せずに銃口をセフツーに向ける。
奴がわずかに早いか、小銃を向けて来るのを確認する前に、無意識にその場から飛びのいてた。
炎上するトレーラーと打ち返したこちらの拳銃の弾丸が数発当たるもセフツー大したダメージがないのを見れば、こと銃に関しての性能差は一目瞭然と言えるほどだ。
更に、こちらの射撃技術もそう高くなのだから形勢は不利と言えた。
「くそ」
腕に受けた傷がどくどくと痛むが、無理やりにでも動かす。
脚部の車輪が回り、スラスターが火を噴く。
瞬間、体にかかるのは絶大な横G。
奥歯をギシリと鳴らしながらそれに耐えるも、扱え切れず回避には成功するも勢いを殺せず茂みに突っ込む。
「ぐはっ」
シートベルトが体を締め付け、何とか視界を上げればセフツーが迫っていた。
向けられる銃を左手で上に逸らすが跳ねるように動いたそれはもう使い物にならない。
「やってやる」
いくら使いづらいものだと言えどこちらが得意なのは接近戦、やれないことはない。
セフワンに内蔵されている短剣を抜き取り、攻撃を食らわす。
胴を狙った攻撃は、不安定な地形に足場が取られたことでセフツーの横顔を掠る程度にとどまる。
こちらの隙を伺って、後方に下がるセフツーだがこちらも逃がさない。
再度、土をめくりあげ車輪を回転させスラスターを吹かす。
「逃がさない!」
接近するこちらにセフツーは長物の振りを悟ったのか小銃を捨てて拳銃に持ち変える。
確実にこちらに狙いを合わせられる。
だが、こちらも歯を食いしばり機体にかかったGを無理やり殺して姿勢を低くして懐にもぐりこむ。
こちらの動きについてこれないセフツーの無防備な胴に狙いをつける。
瞬時に短剣を逆手に持ち直し、コックピットを押しつぶす勢いで衝突させる。
音を立てて走行がへこむ手ごたえを感じながら、再度追撃を入れるためにスラスターを逆に吹かして、車輪を回転させてターンするように機体を反転させる。
その勢いのまま、手首を捻り逆手のまま先ほどの攻撃個所の反対側に短剣を衝突させた。
へこみ、僅かに開いた穴を割くように短剣は押し込まれた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
セフツーが完全に動かなくなったことを確認した後、操縦桿から手を離した。
シートに背を預けて天井を見れば、疑似的に再現された空が見えた。