地下娯楽施設『Cube』
『Underground Struggle』。
『アングラ』や『アンスト』とも呼ばれる『Pit Coffin』に存在する裏モードと言うべきゲームモードである。
販売停止になった『Pit Coffin』にて階級を『General』にしたうえで何らかの条件を満たすことで解放される。
「……とされている、か」
手元の携帯端末で確認したわずかな情報を頭の中で整理する。
昨日ゲームプレイ後に現れた見慣れない文字列について考え、調べていたのだ。
とは言っても、分かったことはその程度でその詳細は分からない。
「ナナセ、何立ち止まってるの?いくよ!」
道端でそんなことを考えていると横から声を掛けられて腕をひかれる。
今日の朝、家に来て「昨日約束したから今度こそ学校に来てもらうからね」と言った彼女に抵抗むなしく連れ出されていたのだった。
私の格好も今はTシャツではなく学校の制服にアウターを羽織ったものだった。
手を引かれ連れていかれるのは私とヒヨリの通う高等学校。
ハルマツリ高等学校と言う名前で、ここ花吹島にあるいくつかの学校の内の一つだ。
自動改札で自身の端末を翳せば電子学生証を検知した様子が画面に表示され、学籍番号である『39HRG1031』の文字が見えた。
そんな様子を見てヒヨリは口を開く。
「ナナセもMRデバイス使えばいいのに」
最近流行のMRデバイス。
彼女が使っているのは『ARAD』とかいう製品だった気がするがとにかくAR技術の延長のようなもので、視界に映像を投影することの出来るものだ。
当然それを使って様々なアプリなどを使用することが出来る。
「持ってるでしょ?」
「持ってるけど、何かとこれの方が便利だから」
手に持った携帯端末をひらひらと見せる。
もちろんMRデバイスは持っている。
だが何かと便利なのはこちらの携帯端末だった。
特にギテツ院関連のことをするのにはこっちが有用。
単に昨日のようにVR装置で金を払うだけでもMRデバイスを使うよりも安全だ。
それに視界にうざったい画面が映るよりも携帯端末を使う方が性に合っている気がする。
「はぁ、にしても相変わらず眩しいな」
久しぶりに学校の廊下を歩いての感想はそんな言葉だった。
無駄に光を取り入れる造りなのかガラス張りの廊下は明るすぎるように感じる。
それとも薄暗いギテツ院に通っているせいでそう感じるのだろうか。
一人考えているとコソコソと話す生徒の声が聞こえた。
「あれってスズシロさんじゃない?」
「あっホントだ!噂通りお人形さんみたい」
「でも学校に来るなんて珍しいね。入学以来全然見かけなかったのに」
ナナセ・スズシロ。
まごうことなき私の名前を呼んだ彼女らの声はわずかにでもこちらの耳に届く。
全く、何が「お人形さんみたい」だ。
「ふへっ」
「なにその顔」
振り向いたヒヨリの顔をしかめられる。
そんなことをしていると教室についた。
◆
ギテツ院に存在するVR装置いくつかあるが、それを調整し提供している場所はそうそうない。
私の知っている場所は少なくとも一つだ。
そこは昨日VR装置を使用した場所で『Cube』と言う名前の看板が入り口を潜った後に大きく垂れ下がっている。
ゲームセンターのような内装をしていて『Pit Coffin』以外にもVRゲームをすることは可能だ。
ただそれは新型のVR装置に限った。
ここのオーナーは旧型のフェードバック機能を活用できる『Pit Coffin』と言うゲームを気に入っているのか、旧型はすべて『Pit Coffin』専用の機械と化していた。
プレイヤーがゲームの変更を出来ないように細工をしてあったし、換金機能をつけたのはすべて『Pit Coffin』がプレイできる旧型のVR装置だけだった。
そのため、当然のようにしてこの場で一番人気なのは『Pit Coffin』だった。
やはり金と言うのはそれだけの力があるのだろう。
自然、プレイヤー以外の観戦者たちの賭けも盛んに行われていた。
とは言え、新型だって通常のものを購入しようと思うと一般人では手を出せない価格のためか、そこそこに楽しむものは存在した。
そして私も学校帰りにギテツ院に行き『Cube』で一戦をしようとシートに座っていた。
『Underground Struggle』とか言うゲームモードの事も気になるが、考えていても分からないのでストレス発散にと考えたのだ。
ギテツ院でも情報の収集をしようと試みたが情報屋の爺さんが法外な値段を吹っかけて来たので情報を得ることは出来なかった。
対面窓のガラス越しに爺さんの提案に睨んで唸ったのはついさっきの話だ。
「さて」
気分転換と行こうか、なんて思いながらVR装置を起動させて思考は電子の海へと潜っていた。
気付けば視界はコックピットの中、マッチングが完了する。
そして機体は出撃する。
加速に伴い身体にかかる衝撃に耐えながらフィールドを掛ける。
今回のエリアは遮蔽物のない荒野だ。
故に、接敵は直ぐだった。
セフツーが個体を識別すれば『Red Sight』の表示が出る。
多少の改造は見られるが判別できる程度。
特徴的な赤い目が怪しく光った。
◆
『Cube』では賭けが盛んに行われている。
その対象は『Pit Coffin』における勝敗だ。
故に、戦闘を観戦するための空間があった。
VR装置が並ぶ中、隅にはちょっとしたカウンターがあり、中央の天井から大きくぶら下がる四面のモニターを見ることが出来た。
群がる男たちは酒を煽り、モニターを眺めていた。
モニターには現在戦闘中のマッチが流れていた。
そして流れる映像はAIが自動で一番の盛り上がりを見せるものを選んでいた。
主にその基準となるのはプレイヤー。
強者であればあるほど取り上げられる確率は上がる。
故に。
「どっちに賭けた?」
「赤目」
「赤目しかねぇだろ」
人々の注目は一層集まることになる。
それがトップ層の上の上であるのならば尚更に。
「で、相手は」
「PEN-PENって。知ってるか?」
「『General』なだけあって極まれにAIに抜かれてる。ま、パッとしない印象だな。……戦績はどうだったか覚えてねぇが。所詮その程度の奴だな」
一人の男はそう評価を下した。
「まあ、どちらにしたって大抵のやつは赤目に勝てないだろうよ」
『Red Sight』を愛用することで『赤目』と名付けられたプレイヤーの戦績は輝かしいモノだった。
連戦連勝。無敗とまでは行かないがここ何戦かは負けなしだった。
その証拠に。
「今回もすぐ終わりそうだな」
赤目と相対するセフツーは防戦一方だった。
レットサイトはことごとく相手の手を読み切り、セフツーは後手に回っていた。
障害物の少ないセフツーの望遠機能が活かせて有利なはずのフィールドでいち早くレットサイトが相手を見つけ的確に銃撃を加えていた。
バック走行をしながら銃撃を回避するセフツーであるが、相対するように放たれる弾丸はそのことごとくが外れていた。
「こりゃあ、赤目じゃなくても楽勝だろうな」
「ああ。ホントに『General』か?こいつ?」
全く当たらない射撃の精度に呆れたような声を洩らす。
あまりにも壊滅的なそれに見る価値がないと無意識に判断を下した脳は知らぬ間に視線をモニターから外してしまうほどだ。
「まあ、結果は見るまでもねぇか」
そう男が呟けば視線は完全にモニターからは外れた。
その手持ち無沙汰に男が、何かをする前に一つの声が挟み込まれた。
「そうとも限らんぞ」
「あ?」
声を発した本人を視界に入れる前に声を洩らす。
それほどまでに意識外の存在であり、的を外した言葉であったからだ。
遅れて彼の目に映ったのは大柄の男だった。
ただ、次の瞬間、男の視線はモニターに戻されることになる。
見たのはセフツーが持っていた銃を放り投げた瞬間。
そして。
『ふぅー』
そして聞こえるはずのないセフツーに乗るプレイヤーが息を整えるような息を吐く音とと。
「は?」
防戦一方だったセフツーが大地を踏みしめ、接近戦を仕掛け見事に一撃を入れる瞬間だった。
男たちがその光景に動きを止める中、モニターの向こうではナイフを握るセフツーが腕を振る。
赤目は咄嗟位に対応するも間に合わず攻撃を受け、そこを皮切りにナイフの横行をその身に受ける。
そして、最後の一撃を受けた後動かなくなった。
ふと、一人の男は我に返り、大柄の男に振り向こうとしたところですでにその存在がないことに気付いた。
「どこ行ったんだ?」
そんな声を洩らしてみても答える者はいなかった。
◆
気分転換にプレイしたマッチでは勝利を収めてVR装置を終了させて賞金の払い戻しを受け取った。
結構危なかったなと先ほどの戦闘を思い出して端末をポケットへしまう。
「でも、少し本気出したらすぐ終わりか」
弱かったわけではなかった。
それでも、得意な接近戦に持ち込めば十数秒と相手は持たなかった。
それがどうしようもなくつまらなく思えて……
「もっと、強い相手なら……」
そんな時、私の身体に人ひとり分の影が落ちた。
キャップのツバを持ちながら視線を上げれば、一人の男と目が合った。
「おっさん、なに?」
「少し付き合え」
「は?」
治安が悪く酷いナンパをしてくる奴らはギテツ院に大勢いる。
だが、ここまで取り繕わない奴もそうそういない。
それ故に呆れ感情が口から洩れた。
「悪いけど他当たって。私、帰るから」
「待て」
「っ!?」
面倒ごとになる前に振り切ろうと考えた私を他所に男は腕を掴んできた。
ギテツ院とは言えここは大衆目の面前。
変に問題が起こればここも簡単に使えなくなる影響か、他の者たちはここでは自粛する中腕を掴んだこいつの行動は異常だった。
先ほどツバを掴んでいた手を掴まれ、それを無理やり振りほどこうとして案外力が強く上手くいかない。
その状況に舌打ちをして息を吐く。
仕方ないと言葉を口にした。
「その手をどかして。そうじゃないなら──」
「その銃で撃つ、か?」
その言葉に自分の目つきが鋭くなっていくのを感じた。
上を向くときにわずかに帽子を深くかぶる動作をすることで顔に注目を向けたつもりだったのに、もう片方の手で隠し持っていた拳銃を握ったことを悟られた。
ギテツ院ではトラブルも多いため、女身一つであるならば特に警戒をするために買った粗悪品。
VR装置はダイブ中のプレイヤーの保護をしてくれるため、それ以外の場所で万が一を考えてのもだったが早々に見破られた。
ただ、男はこちらの指示に従うように手を離した。
「そう警戒するな。少し話したいことがある」
「話したいこと?」
警戒は続けたまま、そう訊き返す。
男は口を再度開いた。
「ゲームモード、『Underground Struggle』についてだ」
「……」
昨日VR装置に『Underground Struggle』の文字が表示されたことについては第三者には見られていないはず。
私がその存在について知って言るというのは不可解なことだ。
しかし、男がその後に発した言葉の方に首を傾げることになる。
「俺の条件を飲むなら『アングラ』──『Underground Struggle』について教えてやる」
こいつは私が『Underground Struggle』について探っていることを知っている。
その情報を知っているだけで信用ならないが……
「条件次第」
可能性があるのならここで完全に拒否することもないだろう。
しかし、完全に乗るわけではない。
「ふん。まあいいだろう。ついてこい」
男は私の返答にそう言い、それに私は頷いた。
変なところに引きずりこまれる可能性もあるが、情報屋が大金を吹っかけて来るほどの貴重な情報であるのならばいくら爆音で声が聞こえずらい場所とは言え他人にもれる可能性を考えて聞こえない場所へと行くのは至極当然のことだろう。
それにこちらは銃を持っている。
何かされそうになれば、撃つことくらいできる。
「ああ、それと」
「?」
「銃はセーフティを外さないと撃てないぞ」
自分の行動の間違いを指摘されて「うぐっ」と声を出した。
言い訳をするのならば、不用意に地上に持ち出してバレることを恐れてこの銃はギテツ院の中で保管しているから外に出したことはないのだ。
当然撃ったこともないと言うわけで。
男の後ろについて行って、到着したのは一つの扉の前だった。
以外にも『Cube』に併設されたドアでこれが意味するところは……
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は『Cube』のオーナー、ムジムラだ。偽名だがな」
「───」
「信じられんか。……まあ、オーナーとして人前に顔を出すことなんてないからな。仕方ない」
男──ムジムラは私の顔を見てそう言って扉を潜った。
「すまんな。散らかっていて」と言って彼が歩くのについて行けば何やら電子部品が乱雑に散らかっていた。
そして奥にも一人影がいるのが見えた。
女だ。
恐らく成人済みで二十は超えているだろうが、小柄な女性だ。
まあ、私が言えたことでもないが。
女はこちらに気付いたのか駆け寄ってくる。
「その子が『PEN-PEN』ちゃん?」
ユーザーネームが割れていることに身構えるも、このムジムラと言う男が『Cube』のオーナーなら履歴を見るなりなんなりして知っていてもおかしな話ではなかった。
「ああ、そうだ」とムジムラが返す中、キラキラした目でこちらを見る女はズカズカと懐に入り込んでこちらの手を握った。
「私の名前はソヨカ。よろしくね」
「はあ」
テンションが合わないことに気の抜けた返事を返すことしかできない。
次いで、握手のどさくさに紛れて私の銃を奪われたことに気付くも「危ないからね~」と言って彼女は傍にあったテーブルに私が手を伸ばせばつかめる位置に、私が持ちやすいように置きなおした。
そのテーブルに促されて座った私は目の前の男を再度見た。
「では、話の続きをしようか」
ムジムラから帰って来た言葉に、私は頷きを返した。
それを見てムジムラは問うた。
「まず、お前は『Underground Struggle』についてどこまで知っている?」
「……ネットにある情報程度しか」
迂闊にこちらが全くの情報を持っていない事実を開示していいものかと考えたが、情報を持っている場合であっても相手の真偽を確かめるにはどのみちこの返答だろうと思いそう答える。
こちらが少しでも情報を持っていた場合、相手の説明があっているかを確かめるにもこの返答だろう。
なら、これで良い。
「なら、最初から話そうか」
「待て。その前に条件を」
先に聞かせてやったからと面倒な条件を出されてはたまったものではない。
男の様子からそう言った方法で嵌めようとしているようには見えないが、念のためだ。
「ああ、そうだったな。だが、それは『アングラ』について教えてからでいい。さっきは、教える対価として条件を飲んでほしいと言ったが、アレはお前が大人しく着いてきてくれることが目的だったからな。本当の条件は、『アングラ』についての説明をしてからの方が理解もしやすい。説明を聞いた後で条件に付いてはどうするか決めてもらっていい」
その言葉に私は驚いて見せた。
しかし、男は「実際、知ってる奴は知っている。情報に値段がついてるのは、無知から搾り取るためだ」と言った。
私に対しての皮肉でも何でもないだろうが気分を害す。しかし、この男が説明してくれるとあっては一度その感情は隅に置いておいた。
「では、改めて『アングラ』について説明する」
ムジムラは再度そう言った。