プロローグ
ロボットは詳しくないのでご容赦を。
「また負けた!」
男はディスプレイに囲まれる中、拳を叩きつける。
ストレスはこんなものでは落ち着かない。
「おい、壊すなよ」
しかし、後方からの声でとがめられて少し頭が冷える。
座席から後ろに身を乗り出して顔を向ければ、そこにはつなぎを来た怪訝な顔の男の首があった。
その顔に少し悪びれたふりをしながら「すまん」と返す。
「頼むぜ。軍用機のコックピットをそのまま使ってるとは言え、操縦桿とかもろもろはかろうじて使える程度のジャンク品なんだから」
「壊されちゃたまったもんじゃない」と言われれば今度こそ首をすくめることしかできなかった。
ただ、これ以上この話をしたくない気持ちからか話を逸らそうと持っていく。
操縦桿を握りながら前面モニターを見る。
「にしても、『アングラ』はレベルがちげーな。正規版で『General』取った俺でも此処じゃあ『Sergeant』だ」
「初めて数日でそれなら十分だ。なんたって、ここに参加できるのは皆正規版で『General』階級取った奴だけなんだからな」
「それが最低条件だ」と言う。
そしてつなぎの男は顔をひっこめて何やら外で作業を始める。
手持無沙汰に操縦桿を中で動かしていれば、操作が効かなくなる。
そうと思えばモニターには『UNDER MAINTENANCE』と表示される。
暫くはもう一度プレイできないことに落胆していると不意に外からまた声が掛けられる。
「ああ、そうだ知ってるか?」
「何を?」
「ランキング一位様の話だよ」
「さあ。ランキング下位でこの実力なら、相当なバケモンなんだろうが」
どれほどのものかなど想像もできないが、とにかく常軌を逸しているだろうことくらいは想像に難くない。
この箱の外から聞こえる声も予想通り肯定を示す「まあな」と言う声を洩らす。
しかし、続いて「だが」とも言った。
「何でも、一位様は女で、それもガキだって話だ」
「信じられるか」と聞かれる。
それは「信じられないだろう?」と言う肯定を求める言葉だった。
それに対してやはり男は頷いて見せる。
そう簡単に信じられる話でもなかった。
「ただのゲームならまあ、ありえる。だが、正規版すらも18禁必至のの疑似重力体験機だ。ただ操作するだけで子供の体にはきついだろうぜ。それに、戦場で”本物”を触ったことのあるやつもいるっつーしな。まず現実的じゃねぇよ」
男はそう言って『UNDER MAINTENANCE』の文字が消えるのを確認して操縦桿を掴んだ。
◆
「今日も笑顔が素敵!」
携帯端末を両手で持ってそこに映るご尊顔を見る。
金の髪に紫に近い碧眼、そしてこの人形のような可愛い顔!
いつ見てもキュートでビューティフル。
そして此処に実力も併せ持つとなれば……
「またその人?っていうか写真だからその笑顔も変わらないと思うけど」
「うるさいな~」
携帯端末を掲げる隙間から顔を出して水を差してくる相手に不満を漏らす。
彼女──ヒヨリも赤毛で顔の整った少女だが口うるさいところが良くない。
それに写真に写る美少女、ルル・フユハの良さがいまいちわかっていない様子。
「元軍人さんだっけ。確かに顔は可愛いけど……」
「もういいだろ早く学校行けよ」
まだ何か言いたそうな彼女に対して私はそう言う。
朝も良い時間だ。
そろそろ出かけなければ学校にも間に合わないだろう。
まさか学生服を着こんでおいて学校に行かないとは言うまい。
そんなことを思ってヒヨリに声をかけてみるも反論が帰って来た。
「なら、ナナセも着替えてよ。Tシャツ一枚で学校行く気?」
「ショーツは履いてる」
ヒヨリはこちらを見てそういうが全裸の上にシャツ一枚なんて格好はしていない。
彼女の目には携帯端末を持ち換えてゲームを開始したTシャツ一枚の私が映っているのだろうが、流石にそこまで変態的なファッションはしていない。
「ていうか、学校は行かない」
「またそんなこと言って……」
「稼ぐ手段もあるし。就職するならともかく、私には必要ないよ」
ここの部屋代だって自分で払っている。
食費も何もかも自分で稼げるのだから、学校に行くことへの必要性が感じられなかった。
「稼ぐ手段って言ったって怪しいバイトとかじゃないの?それに、この部屋だっていつの間にかミニマリストの部屋みたくなっているし」
「お金に困って、家具を売り払ったんじゃないの?」と言いたそうな目をこちらに向けて来た。
「もしかして、まだ中学の時のこと──」
「ヒヨリ」
彼女の言葉に何かを掻きむしられるような感覚がして声が漏れる。
思ったよりも低い声が漏れてしまい、ごまかすように次の言葉をならべる。
「投資だよ。それにもう回収できた」
「……とにかく、学校には来ること。最近は特に休みがちで不登校まっしぐらなんだから」
「はぁ、わかった。いくよ。いく」
「ホント!?」
「うん。でも、今日は用事あるから明日な」
そう言って胡坐をかいていた足を崩して立ち上がる。
落ちていたショートパンツを履いて、ハンガーにかけていたアウターを羽織る。
スニーカーを履いて玄関のドアを開けた。
「明日は絶対だからね!」と後ろから掛けられた声にヒラヒラと手を振って家を出た。
ここは花吹島と呼ばれる島で現在は日本国に属している。
しかしその実態は日本国とは半ば独立したような文化体形を取っている。
元は日本とムアトと言う国が共同統治を行っていた島であったが、ムアトが事実上消滅したことで現代では日本に政権が移っている。
日本語が使われていて日本円が流通し日本国籍の住民が住んで居ながらも少し趣の違う島。
そんな印象を抱くような場所だった。
そんな花吹島で数十年前に放棄された地下農業プラント計画。
前時代の計画故に当時の政権がその存在を把握していないその跡地に不法移民や札付きの犯罪者が住み着き発展を遂げた。
地下深くには蟻の巣上の通路が建築され、闇市が生まれることとなり更に人が流入することになる。
それによる増築に次ぐ増築に蟻の巣のようにして複雑な構造へと変化していく。
元のプラントの名称は『ギテツファーム』だが、人々が主に居住区として開発を進めたのは併設された作業員用の『ギテツ院』と言う宿泊施設。
そのため、そこから名称を取ってそのまま『ギテツ院』と呼ばれている。
そんな不法地下街とも言える『ギテツ院』へと足を進める。
地下に張り巡らされた迷路のような通路は地上の様々な場所とつながっている。
そのうちの一つである通路を使って地下に潜った。
とある雑居ビルの一角に無理やり取り付けただろう碌に開閉機能も持っていないエレベーターはガタガタと嫌な音を立てて下降していく。
暫くすれば『ギテツ院』の中へと入ることが出来た。
そこから入り組んだ道を歩いていく。
鉄の板で舗装されただけの道の端には座り込む人たちがいる。
多くは商売をしている人間だろうが、中には『ギテツ院』にすら十分な居住スペースが取れない者がいて隅で身を丸めている。
その人たちのそばを通ればコツコツと頼りない金属の音がした。
時間が経って金属の板の下が空洞になってる可能性もあると考えると不安定が過ぎるだろう。
地上が落ちないように天井の補強はしているらしいが下はままならないのだろう。
実際どのような工法でこの空間が作られたか知らない。
一つ言えるのは少なくとも東洋初の地下鉄工事をしたと言う銀座線のように地面の上から穴を掘ったようではないのは確かであると言う事くらい。
暫く進んで、通路脇にある鉄の扉に目を向ける。
取っ手のないそのドアの隣の認証リーダーに軽端末を翳せば申し訳程度に赤く光を灯したライトが緑色に切り替わる。
そうすればドアが横に開いた。
瞬間、耳をつんさぐような音に顔をしかめて両手で耳を塞いだ。
まるで耳元で爆音の音楽を流されているような気分になる。
ドアの中は階段で低くなっており、足元に気をつけながら降りる。
そうすれば、けたたましい音楽と共にネオンライトのような配色の光が目を焼いた。
流石にこの環境に耳も慣れたのか、両手をアウターのポケットへと突っ込んだ。
ギテツ院らしからぬ開けた空間を見渡せば、壁にそって多くの装置が設置されていた。
装置と言っても、ジャンク品のつぎはぎの代物とも言えるものだ。
とは言え、ここに来た目的はこれなのだからそんな事実はどうでもよかった。
この安楽死装置みたいなものはフルダイブ型VR装置で、一般流通はしていなかった。
正確にはこのVR装置がと言う方が正しいだろうか。
現在もフルダイブ型VR装置自体は流通している。
しかし、この旧型のものはとある機能が問題になったために販売中止、更には回収されることとなったのだ。
端的に言えば、使用者への感覚的フィードバックの違い。
つまり、痛覚だ。
旧型のものには痛みを感じる機能があった。
とは言え、そんな昨日に対応したゲームソフトなど販売されることはまずなかったのだが。
ただ、実際に問題が発覚するに至るために開発されたゲームは存在した。
それが『Pit Coffin』だった。
ゲームジャンルはロボットアクション。
プレイヤーはパイロットになり切って戦場を駆けるのだ。
そんなゲームは通常の手順を踏んで発売されず、開発者を名乗る『Clown』がインターネット上で販売をした。
もちろんサーフェスウェブではない為、一般の目には触れることはなかったが、それでも問題となり旧型のVR装置は生産停止、回収される流れとなった。
そして、そんな旧型VR装置と『Pit Coffin』が一緒になっているのが今目の前にあるものだった。
ずらりと並んだ中の一つに乗り込んでシート座る。
携帯端末を読み取りリーダーにかざすと『-5000YEN』と表示される。
「相変わらずたけぇな」
口から出た言葉もここに流れる音楽にかき消される。
ワンプレイ五千も取られる法外な機械だが仕方ない。
「やるか」
そう呟いてプレイを始めると騒がしかった騒音が一瞬で消えた。
◆
『Pit Coffin』
そのゲームの概要は簡単に言えば、人型ロボット『AHRM』に乗って戦闘をすると言うもの。
『AHRM』は『Automatic Humanoid Reacher Machine』の略で、実際に戦争にも使われている。
収録されている機体は実際に軍用にも使われている『AHRM』で、再現性は高い。
ログイン時の待機画面では、使用する『AHRM』の選択ができる。
多少のカスタマイズも可能で、私はセーブをしてあった『新規作成3』のスロットを選択する。
ちなみに『新規作成1』が初期機体で、『新規作成2』がチュートリアル報酬のなんてことのない機体だ。
ロードを挟んで選択した機体が表示される。
ユーザーネーム『PEN-PEN』の下部に『SAFETY-2』の文字が浮かんだ。
軍に配備されたポピュラーな機体『SAFETY-2』に手を加えた機体だ。
元々『SAFETY-2』は迷彩柄のボディーに二眼レフカメラを二個並べたような特徴的な顔を持っている。
それを一部のパーツを変更し、ボディーを白く塗装したのが私の機体だった。
準備を完了したらマッチングが開始する。
暫く経ってマッチング完了すると外の風景を映し出していなかったコックピットが投影を開始する。
機体の収容されている格納庫は薄暗くて殺風景の鉄の壁を映し出すだけであるが、カメラが起動したことを表すのには十分だった。
そうしてカウントが始まる中、視界が段々と低くなって地面が下がっていく。
視界の高さが安定した後、一度横に足場がスライドして止まる。
視界を上げれば格納庫が開いて外の光が漏れ出た。
完全に開くと同時に試合が開始した。
「よし」
気合いを入れて前進させた。
機体の脚部についたタイヤを回転させて発信すれば、地上と格納庫の間の段差にわずかに体が揺れる。
特に気にすることでもないのでスピードを上げていく。
アクセルペダルを踏みながら左右を確かめる。
敵の影はないが、発進した基地は森のど真ん中に存在していたようで木々が生い茂っていた。
『SAFETY-2』の特徴とも言える望遠能力を発揮できないことに舌打ちをしながら前進をする。
「そう広くないフィールドだからすぐ見つかるはずだけど……っ!?」
何気なく呟いたとき、自身の足元で何かが破裂したような光景を見て、体をはねさせて上体を起こした。
後ろに反るような動きでやや後方を見れば、その影を確認した。
灰色のボディーは塗装されたものだろう。
しかし、少々小柄なその機体は私の知るモノだった。
機体名『リョーカー』。
軽量化されたことによる素早い移動と他の機体と比べてスラスターを吹かしての滞空時間がわずかにだが長いという特徴を持つ。
童顔気味のフェイスで睨むリョーカーはこちらに自動小銃を向けていた。
先の一幕は機動性の高い気体で後ろに回り、発砲し外れたと言う事だろうと推測をする。
しかし、そんなことを考える前にこちらも銃を抜いて迎撃を開始した。
互いに、移動し弾丸を避ける中で比較的開けた空間を脱して木々で姿が見えなくなる。
そして次にお互いに姿を見るのは数秒後。
機体が森を飛び出した時確実に仕留められるように集中して神経を研ぎ澄ませる。
だが、極めて本能的な嫌な感覚を感じて、私はスラスターを吹かせて上昇した。
『AHRM』は空を飛ぶことは出来なく、私の機体は平均的な滞空時間しか持たすことはできない。
「でも、それで十分!」
先ほどまで私がいた場所に打ち込まれる弾丸の雨を見た。
恐らく私の機体では通ることの出来ない木々の密集した場所を突っ切って来たのであろう。
すぐに相手のリョーカーがこちらが空中に逃げていることを察してこちらに銃口を向けるが、こちらが発砲する方が速かった。
数発外すも確実に相手の機体を戦闘不能に追い込み、撃破した。
「『General』階級上がったばっかの人が相手だったっぽいしこんなもんか」
ログアウト処理を待ちながらそんなことを呟いた。
『Pit Coffin』のゲームシステムとして『Private』から始まって最終的に『General』を目指すというものになっている。
今回やったような試合は各階級ごとに分かれており、同じ階級同士でないとマッチしない。
私は『General』だから先ほどの人も『General』だろうが手ごたえがなかった。
だからきっとこの階級になったばかりであるのだと予想した。
「つまんないな」
◆
意識が覚醒して、自身の端末に『+20000YEN』の文字があることを確認して笑みを浮かべる。
試合に勝利すると手に入れることの出来る賞金である。
これが目的でこのゲームをしていると言っても過言でないし、あのバカ高いプレイ料金を出していると言ってもいい。
もちろんこの機能は従来のVR装置に備わっていたものではなく、後付けされたものでここのオーナーが集客のために行っていることだ。
実際私もこんな機能でもなければこのゲームをプレイすることはなかっただろう。
そんなことを思っていると不意に目の前のディスプレイに目が留まる。
VR装置と言ってもゲーム筐体のように画面が付いていてダイブする前に多少の操作はここで出来るのだが、なんだかいつも見るそれとは趣が違った。
『New game modes have been added.』
『Game Mode:Underground Struggle』の文字が真っ黒な背景に浮かんでいた。