077 【カール視点】孤独な王子
物心ついた時から僕には両親がいなかった。
「あなたは本来、皇帝になるべきお方なのです」
執事や使用人達にそう言われてきた。
ルディア皇帝ルシアヌス三世の兄シャグリウスが僕の父であり、今となってはただ一人の息子だ。
「あのルシアヌスめが、リヤウス教団の反動勢力と組み、お父上を亡き者にしたのです。あまつさえ、カール様の兄上であるクルト様を焼き殺すとは……ルシアヌスとその一族らは必ずや地獄の業火に焼かれましょうぞ」
ディアーヌが目に涙をためてそう訴えるのも聞いたことがある。
父に昔から仕えていた人間にも何人も会った。
ルシアヌスやその息子のクローヴィスたちを憎むべきなのだろう。
だが僕にはそうとは思えなかった。
たまに会う、ルシアヌスやクローヴィス達は優しかった。
つねに僕の事をきにかえ、僕の意に添うに配慮してくれた。
僕の生活は常に平穏無事だったわけではない。
何度か刺客に狙われた事もある。
「やはりルシアヌスめは、事あるごとにカール様のお命をねらっているのです」
執事のガストンはそう言う。
「そなたの父との争いを今だに根に持つ者や、デギル教と手を結んだ者たちの仕業だ」
皇帝はそう言う。
僕は何を信じればいいのだろう?
ガストンやディアーヌたちは僕を孤独な王子、可哀そうなお方と言う。
僕にはよくわからない。
王族や皇族なんて、そんなものではないかと思う。
ただ僕は、可哀そうなものになりたいわけではなかった。
同情され、憐れまれるだけの存在にはなりたくないと、ずっと思っていた気がする。
そんな時に出会ったのがセシル……いや、セシル先生だ。
最初は刺客だと思っていた。
だがすぐに、そうではないと気づく。
底知れない力を持ち、その瞳の奥には僕が見た事が無い光があった。
「僕を強くしてくれ」
僕はそう言った。
ガストンやディアーヌたちは眉をひそめた。
だが僕は何とかして自分の運命を変えたかったのだ。
それから彼女に剣術や体術を習うことになった。
セシル先生はかなりの技量の持ち主で、正当な流派を学んだらしかった。
ガストンも渋々ながら認めたほどだ。
不思議な事にというべきか、あれほどの実力を持ちながら、彼女は魔法が使えないのだという。
ガストンやディアーヌたちの魔法を苦も無く跳ね返したというのに。
「私にもよくわからないのです。聖女の加護が生まれつき備わっているのだとか……」
セシル先生らしくもない、歯切れの悪い言い方だった。
僕はそれ以上追及しなかった。
誰にだって秘密にしておきたいことはあるだろう。
「殿下。あまり身元の不確かなものを、お側におくのは控えた方が」
セシル先生に関して、ガストンからそう苦言を呈されたこともある。
これまでは彼らの言う事は素直に従っていた。
だがこの件に関してだけは、僕は頑として譲らなかった。
僕の生まれて初めての我儘を、最後はガストン達も認めざるを得なかった。
そのうちセシル先生が通っている高等学院にも見学に行くようになった。
僕は見てみたかったのだ。
外の世界を。
「僕はよくわからないのだ。何が本当なのかも」
ある日セシル先生に自分の思いを打ち明けたことがある。
僕自身も、完全に考えを整理できているわけではなかったが。
「簡単です。何が好きで、何が楽しくて……夏の夜風が気持ちいいなとか、氷入り薔薇水が美味しいなとか、周りの人が笑顔になってくれたら嬉しいなとか。大事なのはそういう単純な事ですよ、本当に」
セシル先生は言った。
彼女は僕とさほど変わらないはずなのに、時々ずっと年上のように思える時がある。
「自分がどうしたいかなんてまだわからない。でも自分と……周りの者達くらいは、守れる強さが欲しい」
「では修行ですね」
彼女はそう言って笑った。
そんなある日。
その日はどこかいつもと違っていた。
最近南の方では魔物の暴走が起こり、隣国のファイサーンとの小競り合いもありそうだとの噂が耳に入っていた。
「準備が整いました、カール様。出立いたします」
「どこへ行くのだ、ガストン」
「わかっております、カール様。カール様がずっと我慢なさっていた事を。来るべき時のために、自らを鍛え耐え忍んでいた事を」
「何を言っているのだ、お前は」
ガストンは今まで僕が見たことがない表情をしていた。
「カール様。今こそ正当なる権利を手に入れる時ですわ」
「ディアーヌまで」
僕は悟った。
結局彼らは、僕というひとりの人間を知ろうともせず、見てもいなかった事を。
僕を通して亡くなった父を、そして自分自身の願望しか見ていなかったのだ。
今までずっと。
彼らを振り払って逃げることもできたかもしれない。
だが彼らはずっと、やっかいものの王子である僕に、忠実に仕えてくれてきたことは事実だ。
できれば話して何とかしたかった。
彼らに帝都の一角へと連れていかれた。
そこにあった転移陣を抜けると、見知らぬ建物の中だった。
奇妙な事に、壁も床も鋼鉄で出来ているように思える。
だがガストンたちの目的が何であれ、それはかなえられなかった。
「おい、話が違うだろう。あの方はどこにいる?」
ガストンの怒りの声も空しく、僕たちは捕らえられてしまった。
「デギルの民である我々が、リヤウスの民との約束を守る必要などない。お前は牛や豚との約束を守るのか?」
彼らはどうやら、デギル教徒、俗に言う暗黒教団らしかった。
「ガストン、なぜ……」
「申し訳ございません、カール様。あの方との約束で、こんなはずでは……」
「余計なことを喋るな!」
ガストンに向けて電撃が走り、彼は床に叩きつけられる。
「おい、何もここまでする必要はないだろう」
「ふん。そこで大人しく見ておれ」
それにしてもここはどこだろう?
帝都の近くに、こんな巨大なデギル教の拠点があったというのだろうか。
それから目の前で起こったのは、信じられない出来事ばかりだった。
突然地鳴りのような音が鳴り響き、城が揺れる。
そして正面の透明な壁の向こうに現れたのは、緑の木々が密集した森だった。
遠くには城壁が見える。
「帝都アッシュール!あなたたちは何をなさるつもり?」
ディアーヌの声は動揺を隠しきれない。
どういう技術を使っていたのかわからないが、どうやらこの拠点は地下にあったらしい。
その後に起こったことを、僕たちは部屋の隅で眺めているしかできなかった。
砦から出撃する魔物たちと、破壊される城壁。
だが数度にわたる魔物の攻撃は、守備隊に撃退されたようだ。
「無駄なあがきを!だがこれを見ろ」
中央に立つフードの男はいらだっていた。
突如要塞中に異音が響き、灯りがともる。
「光の宝珠は砕けた。ザイターン様が地上に降臨なさる準備は整ったぞ」
フードの男は勝ち誇ったように言った。
「さて、そこの王子にも、ザイターン様復活の生贄になってもらうぞ」
「カール様、お逃げください」
「カール様!」
だが多勢に無勢だ。
僕の前に立ちはだかったディアーヌとガストンは、あっという間に魔法と剣で切り裂かれる。
「ガストン、ディアーヌ!」
僕は彼らが殺されるのに、なすすべがなかった。
僕の心にわき起こったのは、悲しみよりも怒りだった。
僕は弱い。
部下達の命どころか、自分自身すら守る事ができないのだ。
だがセシル先生は何と言っていた?
どんな状況であろうと、生き残るために全力を尽くすのが、真の戦士だと。
僕の魔力では相手の障壁を突破できないし、攻撃は受け流されてしまう。
僕はガストンの体の下にあった剣を拾う。
最後の力で武器を確保しようとしてくれたらしい。
斬りかかってきた戦士の剣に自分の剣を接触させる。
そして接触した瞬間、魔力を流し込む。
相手の体勢が崩れた所に足をひっかけつつ、体当たりで吹っ飛ばす。
セシル先生に習った技だった。
「ちっ、こいつ」
僕の攻撃は大したダメージを与えてはいない。
目的は逃げる隙をつくることだ。
だが部屋の隅へ走り出す僕の前に魔術師たちは回り込む。
その時思わぬ事がおこった。
魔術師や戦士たちが、次々と倒れていく。
そして目の前に見知らぬ仮面の男があらわれた。
「アハトか!総大主教様のご寵愛を受けているからといって、増長するなよ」
「話が違うだろう。この子には手を出さないと言ったはずだ」
「ザイターン様復活の前には、そんな約束など知ったことか」
「まだその時ではないと言ったはずだ。それに敵には一人、やっかいな奴がいる」
僕の未熟な目からみても、その仮面の男と他のデギルの魔術師達とでは、実力に大差があるように思えた。
といっても相手は数が多すぎる。
だが仮面の男は舌打ちしながらも、動揺した様子は見せなかった。
「おまえは誰だ?仮面の男」
「詳しいことは後だ」
「僕はカドレア王シャグリウスの息子のカールだ。死ぬ前に礼を言っておく」
「そんな事よりあそこの柱が見えるか?あそこまで行ければ……いちかばちか突っ込むしかないか」
その時、轟音とともに、天井の一部が崩れ落ちる。
そして何度も聞いた一人の少女の声が響いた。
「こら、私の弟子をかえせ!」
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