072 闇の要塞
「な、なんだ、ありゃ」
生徒たちから声が漏れる。
そうとしか言えなかったろう。
いきなり巨大な鋼鉄の砦のようなものが、帝都の城壁近くの森林地帯に出現したのだ。
「すぐに城内に退避するんだ!」
クローヴィスの判断はさすがに早かった。
私たちはちょうど森の小道から演習場へと向かう途中だった。
城門へと急行しようにも、少し距離がある。
街道には通行人も多くいる。
その人間たちも、一瞬の呆然自失の後、帝都の城壁の中に入ろうと一斉に動き出す。
さらには場外で作業をしていた農民も、異変を感じたのか帝都の中へ向かい始める。
このまま人が一斉に押し寄せれば、私たちが入る隙間もなくなるだろう。
私たちも急いで城門へと向かう。
その時――
「骸骨戦士だ!」
誰かが叫ぶ。
背後の森の奥から現れたのは、剣を持った骸骨の大群だった。
さらに――
「屍食鬼!」
前方の土が盛り上がり、灰色に紅い目の屍食鬼が出現する。
「な、なんで……こんなところに」
エマが喘ぐように言う。
屍食鬼といい骸骨戦士といい、よほどの辺境か迷宮、あるいは魔物地帯でもなければいないはずだ。
だが今はその理由を考えている暇もなかった。
「どうやら我々の初めての実戦となりそうだな、不本意なことだが」
クローヴィスの声にはやや緊張した響きがあった。
こちらは生徒が二十人。
そして王子の護衛が十人。
生徒たちはそれぞれ素質や才能もあれば、それなりの実力もある。
いずれは優れた騎士や魔術師や聖女になれる人間だっているだろう。
だが現在のところは、ただの素人の集団だ。
「……本物かね」
「どちらもランクの低い魔物さ。大した事ないよ」
「どこかに死霊術師がいるの?」
虚勢なのか見栄なのか、みな落ち着いた様子に見える。
パニックをおこして逃げ惑う人間がいないのはさすがと言うべきだったろうか。
とはいえ去年の学校襲撃事件があったのに、再びこのような事がおこってしまった。
これは帝国首脳部の油断だったのだろうか。
だがそもそも、帝都の近くにいきなりどこからともなく城が出現するなど、想定を超えている。
しょせん人間の想像力には限界があり、極小の確率の事態にまで、対応策をとれようはずもない。
「救援は呼んだ!一点突破だ!全力で前方の敵にあたれ!」
クローヴィスが手元の装置を操作しながら命令を下す。
あれは通信機のような古代遺物なのかもしれない。
戦いはまず魔法戦から始まる。
屍食鬼は炎に弱いことで有名だが、周囲は森林地帯である。
炎が燃え広がればやっかいだ。
風の刃や岩石ではなかなか埒があかない。
「私が行きます!」
要は魔物なので、大丈夫だろう。
「わかった。我らが通れるだけの道を切り開いてくれればいい」
クローヴィスはすぐさま決断したようだった。
魔物相手に遠慮は無用だ。
私は入学してから初めて、私のフルパワーを解放する。
金棒を握りながら、屍食鬼の群れに全力で突進した。
「なっっ」
生徒たちから驚きの声が上がる。
鈍い音を立てて、屍食鬼たちは数人まとめて、数十メートルも吹っ飛ぶ。
私はあわてて周囲に被害が及んでいないか、見回す。
巻き添えにあった人はいないことを確認すると、さらに目の前の屍食鬼を殴りつけ、体当たりで吹っ飛ばす
「今だ!前進!」
護衛の騎士たちや生徒たちは急いで私が切り開いた脱出口を走り抜け、魔物の群れの背後に出る。
そして周辺にいる屍食鬼たちを魔法や剣で倒す。
だが帝都の城門前は人の大渋滞だ。
商人や旅行者たちだけでなく、農民たちも我先に城内へ入ろうと、門番たちと揉めている。
背後を振り向くと森の中から、骸骨戦士や屍食鬼たちがこちらへ押し寄せてくる。
森から城門までは広い街道と、その左右は小麦畑やトウモロコシ畑が延々と続く。
クローヴィスが一人の騎士を呼ぶ。
「緊急事態だ。この近くには帝都の第七防衛隊がいるはずだ。私の指揮下に入るよう連絡しろ。お前だけなら小門から城内に入れる」
「し、しかし。殿下もご一緒に」
「この様子ではそうもいかん。急げ!」
「は、はい」
騎士も言い争っている暇は無いと悟ったのだろう。
覚悟を決めた表情だった。
「待って、これを。クレルモン公爵邸まで届けて」
リーリアが騎士に指輪を渡す。
その男はちらりとクローヴィスを見る。
「言う通りにしろ」
「はっ」
男は駆け出した。
その間も森の中から次々と骸骨戦士や屍食鬼がわきだし、こちらにじりじりと近寄ってくる。
「グー……グルルルル」
リュウジは私にぴったりと寄り添い、魔物たちを見てうなり声を出した。
その時はっと思い立った。
私は黒竜に貰った首飾りを手にする。
これに話しかければ、助けにくると言っていたはずだ。
「黒竜。あなたの力が必要なの。今すぐ来て」
返答はなかった。
あの時ああは言っていたが、本当に来てくれるものかわからない。
それに黒竜の住家は、遥か北東のキンメリア王国との国境付近。
帝都からは少なく見積もっても、数百キロは離れているだろう。
仮に黒竜が救援に訪れたとしても、どのくらいの時間がかかるかはわからない。
だがやらないよりはマシだろう。
森の中から湧き出した魔物たちは、街道や周辺の小麦畑にひろがり、帝都の城門をめがけてやってくる。
「帝都の城門は破れないさ。万一突破されたとしても、宮殿の障壁を破るのは無理だ。ただ……」
私はマルスの言葉に城内へと目をやる。
帝都アッシュールはどうなるのだろう。
街の中は無事でもその周囲は?
城門は本当に破壊されないのだろうか。
「騎士団は?魔術師団は?」
「不運な事に、主要部隊は各地に散らばってるようなのでね、セシルさん」
十神将と言われる武将たち。
彼らは各地の遺跡の宝珠を守るために、帝都を離れているという。
だが光の遺跡を守るために残っている十神将もいるはずだ。
そして南方のファイサーン王国との国境付近へと出兵している部隊。
魔物の大発生のために南下している部隊。
これはあらかじめ仕掛けられた罠だろうか?
いや、それでも去年とは違う。
今は帝都には精鋭の魔術師の部隊がいるはずだ。
とはいえ、幸運なことに、骸骨戦士も屍食鬼も、せいぜい中級魔物であり、さほど戦闘力は高くない。
だが事態は私の期待通りにいかなかった。
私の鋭い耳は空気を切り裂く音をとらえる。
突如として膨大な矢の雨が降り注いだ。
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