071 ひそやかな予兆
「凄いじゃないですか、カール様」
「セシル先生のおかげだ」
いつものようにカールに剣術を教えている時に報告を受けた。
先日の学校見学で、剣術クラブの試合で勝ったそうだ。
体験入部のようなもので、もちろん相手は高等学院の一年生であるが。
魔法有りの試合だったらしいが、マルスにも少し魔法剣を習ったという。
「やっぱり才能ありますよ、カール様は」
「いやいやまだまだだ。これからもよろしく頼む」
笑うと少年らしい笑顔になる。
体験入部はマルスに誘われたらしいが、模擬戦以降、皆の見る目も変わったとのことだった。
七月も終わりに近づき、もうそろそろ前期試験だ。
そして特別授業の実習があり、その後は夏休みである。
私はエマやアリスたちと、夏休みは小旅行をするつもりだ。
聖女科への進級の結果が発表されるのは九月の終わりだが、夏休み前で結果は決まっている。
夏休みにじたばたしても仕方ない。
いずれ遊んだりゆっくり休んだりもできない日が来るかもしれないのだから。
そんないつもの日々の中で、最初の兆候はささいな事だった。
「暗黒教団が、遺跡の宝珠を狙っているらしい」
そのような噂がかけめぐる。
「ね、聞いた、セシル?」
「あ-、なんか、そんなのあったかも」
多くの人は気にしてもいないようだった。
暗黒教団が陰謀を企んでいるなんて、わかりきった事だからだ。
しかしどこからそんな話が漏れたのだろうか。
昨年の学校占拠事件で暗躍した、暗黒教団の幹部はまだつかまってはいない。
グレゴリやあのガバロ団のゴランたちを操っていた人間も。
そしてリヤウス教団に入り込んでいたというデギル教徒たち。
今年に入ってからの襲撃事件。
それらの黒幕は未だにわからない。
去年の十月祭で出会った、あの仮面の男なのだろうか?
「やつらの拠点は近くにあるはずだ。この帝都のな」
クローヴィスはそう言っていた。
帝国上層部は、それなりに情報を集めていたのだろう。
見えない敵、正体のわからない相手。
それに狙われているとすれば嫌なものだ。
いつも相手の出方におびえ、何をしてくるかと疑心暗鬼になる。
不健康きわまりない。
おちおち勉強もしていられない。
だが相手の情報も、その目的も、漠然としすぎて見当もつかない。
(目の前に出てくれば、叩き潰してやるのに……)
思考が暴力的になりつつあり、ちょっと私は気が咎める。
「十神将たちが、遺跡での宝珠の護衛にあたるらしいよ」
エマはそんな情報まで仕入れていた。
生徒たちの噂レベルのものだろうか。
それとも、ヘルトリング商会の情報網なのだろうか。
去年の学校占拠事件以降、クローヴィスには常に護衛がつくようになった。
だが光の遺跡での襲撃は行われてしまった。
護衛隊の面目は丸つぶれである。
暗黒教団がどこを拠点にし、どのように情報を得ているか。
帝国上層部は必死に探っているに違いない。
いつまでも気を張り詰めて、待ち構えているわけにもいかない。
相手の出方に対応するだけでは、いつかは突破されてしまう。
「リヤウス教団はどうしているのでしょう?」
私はクローヴィスに聞いたことがある。
「彼らが守るのは、ルディア帝国ではない。リヤウス教団の大祭司長や聖女たちさ」
即座に彼はこたえる。
そんなものなのだろうか。
それ以上は私は何も言えなかった。
私はただの学生の身にすぎない。
この国にも、学校での生活にも、何の責任もなければ権限もない。
だが私の思いにかかわらず、危機はせまってきていた。
「南方で魔物が大発生してるって」
「いつものことじゃない?」
食堂でそんな声も聞こえる。
魔物というのは、原因不明だが定期的に大発生し、暴走というものを起こす。
そのため駆除が必要になり、私の母もその任務にあたったことがある。
高等学院には地方貴族や商人たち、海外からの生徒もいる。
特に私のいる赤の寮に多い。
彼らなりの情報入手ルートがあるのだろう。
さらに嫌な知らせは続く。
「ファイサーン王国との国境付近がちょっと危ないみたい」
ある朝エマは、どことなくためらいながらも私たちに小声で言った。
「それって……まさか戦争がおこるとか?」
ファイサーン王国は、ルディア帝国やキンメリア王国とも国境を接している。
位置的にはルディアの南東にあり、私の故郷のカンブレーとは少し離れている。
「だ、大丈夫っすかねぇ。うちの実家は大分北の方っすけど」
アリスが心配そうに言う。
「今すぐどうこうってのは無いみたいだけど。心配させてごめん。でも知ってた方がいいと思って」
国境付近の警備の様子や人の流れ、それにファイサーン商人たちの様子がどうもおかしいのだという。
確かにエマが黙っていても、こういった情報はどこからか漏れてくるものだ。
国家の上層部やリヤウス教団に次いで、時にはそれ以上に情報が早いのが商人たちである。
「レンディアで大規模な霜の害があり、胡椒が値上がりする」
「パンノニア王国とシーエドア公国で近々小競り合いがおきそうだ。しばらくは魔物地帯の近くのルートを通った方がかえって安全だ」
そういった情報が商人たちの生死を分けると、以前エマから聞いたことがある。
続いて南方の魔物討伐と、ファイサーンとの国境付近の警備のために、中央から騎士団や魔術師団が派遣されるという情報も入ってきた。
そんな中、七月の前期試験が始まった。
心の奥にもやもやしたものを抱えながらも、やらないわけにはいかない。
試験だからといって特別な事はしなかった。
普段からの地道な努力が試される。
結果は悪くなかった……と思う。
そして前期最後の特別授業だ。
今日は帝都の外の演習場で、合成魔術や戦術実習を行うという。
もちろん私もリュウジと一緒に参加する。
ただやたら護衛の兵がいた。
「城外は危険だと言われた。だがそんな事を言っている暇はない」
というクローヴィスの言葉であった。
私たちにも武器が渡される。
確かに襲撃を恐れていては何もできない。
天が落ち地が崩れるかと心配して夜も眠れない男がいた、という故事のように。
今までは学校という閉鎖空間であったり、人数が少なくなった隙を狙われた。
帝都は高い城壁に囲まれ、各地から様々な人が出入りする。
城壁の外には農地が広がり、農民たちが作業にいそしんでいた。
野外演習といっても帝都に続く街道沿いにあり、人通りも多い。
護衛の部隊もいる。
今日はカール王子も見学に来るらしい。
私は手に持った金棒を見る。
私の怪力をいかすのは剣よりむしろこういった武器かもしれない。
以前クローヴィスにちらっと言ったことがあるが、その事を覚えていて用意してくれたらしい。
私はあまり血を見るのは好きではない。
もっともこんな物を私の力で思いっきり振り回したら、熊や猪だって無事ではすまないだろうが。
(しかし金棒持って歩いているなんて、本当に鬼だよなぁ……)
その時だった――
いきなり大地が揺れる。
「おわっ」
「きゃああ」
生徒たちの悲鳴が聞こえた。
「地震?」
ルディア帝国では、特定の地域を除き、地震というものに遭遇する事はめったにない。
だがそれは自然現象ではなかった。
轟音とともに、目の前の森の中にあらわれたもの――それは巨大な鋼鉄の城だった。
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