070 嵐の前に
「教授、一つお聞きしたいことが。古代文明における古代遺物のような魔導具は再現できるのでしょうか?」
エマがたずねる。
「ふむ。それは難しい質問ですな。古代遺物というのは、我々の知識や技術では解析も再現もできない……というのが定説ですが」
ルドモンドは眉をしかめつつこたえる。
「それも今後の研究次第でしょう。それこそ今回のように、新たな古代の資料が見つからないとも限らない」
「魔力が小さくても魔法を使えたり、声を遠くに届け、水を綺麗にし、早く走り、そして空を飛び……魔導具には、もっと色んな可能性があるはずなんです」
ルドモンドはクローヴィスを見る。
「古代遺物というのは国家機密でもある。だが状況は変わってきている。私の一存では何とも言えないが、父上に申し上げてみようと思う」
「もっと情報を公開し、様々な研究者の力や商人たちの資金も利用すべきだと思います。そうすれば今よりずっと優れた物を作れますよ!」
確かにエマの言う通りかもしれない。
続いてマルスも発言する。
「僕も実は古代魔術に興味があって。」
「珍しいね、マルスがそんな事言うなんて」
「役に立つものは何でもやってみたい。それだけですよ、セシルさん。リーリアもそうでしょう?」
「私は別に……興味なくもないけど」
相変わらずリーリアはそっけない。
一同の発言を聞いていたクローヴィスは、軽くうなずいてから言った。。
「確かに皆の言う通りかもしれんな。もうひた隠しにしておく時代ではないし、そんな事も言っていられない」
クローヴィスは顎に手を当てて、何やら考え込む風である。
だが彼自身の熱意や意向が、ルディアの政策なり方針なりに反映されるとも限らない。
権力の源泉とは、知識や技術の独占であるからだ。
リヤウス教団が良い例だった。
どちらにせよ、古代文明の恩恵は私に関係なさそうだ。
私は魔導具作りも魔術もダメである。
古代の筋トレ方法……なんてものはないだろう。
そこでふと私はある事が気になった。
「そもそもザイターンとはどのような力を持ち、どのような姿をしているのでしょう?なぜ彼を復活させようとしているのでしょう?」
私は誰にともなく言う。
実は私もざっくりとした一般的な事しか知らない。
神々は天界にいて、地上へは姿をあらわさない。
それはリヤウス神族、デギル神族、ともに同じである。
だがザイターンは魔神と言われながらも、地上で肉体を持っているという。
絵画では、時には黒の十字や黒い雲、あるいは翼を持ち角の生えた恐ろしい顔を持つ姿で描かれる事もある。
「デギル教徒たちの目的は、リヤウスの秩序を破壊し、デギルの混沌で世を満たす事。再び魔族達を繁栄させる事。そのために、彼らの指導者であり強大な力を持つザイターンを復活させる。そう言われておりますし、今のところそれに対する反証はありませんな」
「ですが教授。そのような事が今更できるのでしょうか?」
「少なくともかれらはそれを意図しているのさ、セシル。それにデギル教を信じるのは魔族だけではない。今の世に不満を持つものはいつの時代もいる。昨年からの事件がそれを証明している」
クローヴィスの言葉はもっともだった。
デギル教徒たちの魔の手はあちこちに伸びている。
昨年のクラリッサ孤児院での事件、学校占拠事件。
つい最近の演習場での襲撃。
それにいつかの魔術実習で、リーリアと戦った時に、古代遺物を持ち込んでいた生徒もいた。
あれもおそらくはデギル教徒が絡んでいるに違いない。
その生徒は出入の商人から手に入れたと言い、それ以上はわからなかったそうだが。
「彼らにとっては、今のリヤウスの秩序こそが間違った世界。デギルの教えを広めるのが、正しい世界なんでしょうね」
マルスが言う。。
私は会った事はないが、この世界には魔族も暮らしている。
帝国では禁教とされているデギル教徒たちもいる。
そして私には、まだ疑問があった。
「ザイターンが復活したとして、私たちに対抗手段はあるのでしょうか?」
「それに関しては様々な文献も調べてますが、なかなか……」
教授が難しい顔をして言う。
「伝説によれば、神々の力を封じた十の神器によって、ザイターンを倒し、北の地に封じた。それしかわからんからな、今のところ」
クローヴィスの言葉に私は思いをめぐらせる。
技術は常に進歩するとは限らない。
現に古代遺物というものがある。
ザイターンを封印しているという宝珠に祈りを捧げ、魔力を注入する儀式は行っているらしい。
宝珠によってザイターンを封じているという事すら伝説に過ぎないかもしれない。
だが北の封印の地の奥には何かがあるのは確かなようだ。
そして封印の力は年々弱まっているという。
「我らがここで考え込んでも仕方ない。今はできる事をやろう」
クローヴィスがそう結論づけ、一同はうなずいた。
そして月曜からはいつもの日々が続く。
だがエマは教授やアリスと魔導具について話し合っている。
さすがに帝室やリヤウス教団が秘匿しているような高度な魔導具の秘密は、教えてはもらえてないようだが……
「そのままのものは作れなくても、原理の一部だけでもわかればね」
エマは相変わらず楽しそうだ。
今は声を遠くに届ける装置の試作品を作っているのだという。
前世で言うところの電話のようなものだろうか。
さらにはエマ、アリス、マルスで古代魔術についても、自主的に勉強しているようだ。
「もちろん現在から見ると、洗練されていない魔術もあるんですけどね。でも面白いですよ」
マルスはそう言う。
そしてアリスはアリスで忙しそうだ。
古代の神聖言語を理解できる数少ない人材であり、さらには学校の授業もある。
「古の契約によりて来る時を待つ者。六つの宝珠よりも尊きもの。偉大なる力はその主のためにあり。彼を蘇らするは……いやぁ」
「何なの、それ?」
「遺跡の碑文なんですけどねぇ。あまりにも抽象的でよくわからないんす」
「そう。でもそんな事を私に話していいの?」
「セシル先輩ならいいって、クローヴィスさんが言ってたっす」
皆の様子を見ていると、私も何かしなければという気持ちにさせられる。
古代文明といえば幸運な事に、超古代の生物と私は知り合いである。
「なぁ、リュウジ」
「クー?」
「お前、古代文明について何か知らない?」
「クー?」
私の言っている事が理解できないのか、高い高いをリュウジが飽きるまでやらされただけだった。
七月終わりには、いよいよ前期試験だ。
この結果と授業の成績で聖女科に進級できるかどうか決まる。
寮長のバート先生の言葉通りなら、単位は貰えるはずだ。
と思っていたところ――
「セシル君、ちょっと」
ある日、寮長のバート先生に呼ばれる。
要はリュウジの処遇についてだった。
このまま何事もなく見逃してもらえるかと思ったが、そういうわけにはいかないようだ。
聖女科への進学について、私自身が異例の処遇を受けているから仕方ないのかもしれない。
クローヴィスが働きかけてくれてはいるのだろうが、最終的な結論については、夏休み明けの理事会で決まるとの事だった。
今となっては、リュウジと離れて暮らす事は、私には考えられなかった。
リュウジが学校を出ていかなければならないとしたら、私も寮を出る決断をしなければならない。
そもそも竜と暮らせる家なんてあるのだろうか?
だが色々考えているうちに気づいた。
そうだ。
私は最近、恵まれた環境に甘えていたのかもしれない。
私よりずっと若くても働いている子供たちもいる。
貯金もあるし、いたって健康で頑丈な私なら、いくらでも稼ぐ方法はあるだろう。
ルディア帝国には迷宮もあり、魔物を倒して金銭を得ている冒険者と呼ばれる人たちもいる。
魔族、魔獣、魔物たちなら、神力無効の力で何とかなる。
それに住む場所だって、100キロ程度の距離なら一時間もかからず通えるのだ、私なら。
「ねぇエマ」
「なに?」
「魔竜ってさ。倒したらいくらくらいのお金になるか知らない?」
「ええ?」
エマは何故か奇妙なものを見る目で私を見る。
「さ、さぁ。魔竜ともなると国や教団の特別部隊が討伐にあたると思うけど……まぁ一生遊んで暮らせるんじゃない?」
「そっか、そっか。うん。希望が出てきた、ありがと!」
これでどうなっても何とかなりそうである。
あとは聖女科に合格するだけだった、やる事は。
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