068 ささやかな未来
「まさか、キーラに、あんな才能があるなんてねぇ」
「いやいや。たまたまですよ」
父親が笑顔で言い、キーラは恥ずかしそうに下を向いた。
とりあえずは一段落ついたので、教会の一室で皆とお茶をすることになった。
あの後、衛兵に事故を起こした男を引き渡した。
そして念のため、少女や母親と一緒に一旦教会へと向かい、他の教会から応援に来た治癒師にみてもらう。
異常は見られず、母子も事情聴取があるということで、衛兵の詰所へ向かった。
親子は何度も私たちにお礼を言っていた。
「とりあえずは何もなかったということで、このまま終わりそうですね」
マルスは手元のカップの中身に目を落とした後、私を見ながら言う。
「でもさ。事故は事故じゃない?なんのお咎めもないの?」
「あの親子は穏便にすますんじゃない、セシル。レジオネール商会の馬車だったし」
エマは難しい顔をしている。
レジオネール商会は最近勢力を拡大しつつあり、ヘルトリング商会のライバル的存在だそうだ。
貴族でなかったのがせめてもの幸運だが、御しやすい相手とは言えないだろう。
「もしあの親子が困った事があれば、私が相談にのりますわ。こちらの教会にもいらしてくださる方ですので」
ファイーナが言う。
確かにリヤウス教会が間に立ってくれるなら心強い。
「でもすごいね、キーラ。魔術学校や高等学院でもトップクラスになれるんじゃない?」
マルスが話題を変えるように言う。
「いえいえ、そんなところに私たちのような獣人族が行っても。うちにはそんな余裕もありませんし……」
母親が恐縮したように、早口で返答する。
「でも魔術検査は受けたんでしょう?」
「はぁ。なにやら光魔法の素質があると。でも小学校を卒業したら、うちの店の手伝いをしたいって。本当にこの子は頭も良くて、いい子なんですよ」
私の言葉に父親はそう返事をしたあと、キーラの頭をなでる。
キーラはにこにこしている。
まだ十歳になったばかりのはずだ。
たしかに大人しく、物分かりがいい。
だが物分かりが良すぎるのが気になる。
「ねぇ、キーラ。お勉強は好き?」
「うん……」
私の問いにキーラは少し頬をあからめ、下を向きながら言う。
だが両親の顔を素早く盗み見て視線を落とした動作を、私は見逃さなかった。
彼女は賢い。
彼女なりに家の事情は理解しているのだろう。
だが私はキーラの表情とその瞳の光をに見覚えがあった。
単なる勘違いかもしれない。
でも……
(あれは……私だ……)
ずっと親に逆らわない良い子として生きてきて 物分かりよく、全てを受け入れ、諦めている瞳。
私にも覚えがあることだ。
その姿を見ると、胸のあたりが締め付けられるように感じる。
私は意を決して、キーラに話しかける。
「もしお金の問題なら、今度新しくできる給付金制度というのもあるわ。学費や生活費を全額援助してもらえるの。もちろん試験があるけれど」
キーラは一瞬顔を上げた。
瞳が輝きを取り戻す。
「しかし……この子はちょっと頭はいいかもしれませんが、引っ込み思案で、どうもそういう偉いお方が通うような学校は合わないかと……」
「何事も本人の気持ち次第だと思います。お前のような奴がなぜ高等学院へ来たのだと、私もよく言われますから」
悪いと思ったが、私は父親の言葉をさえぎるように言った。
「そんなものですか」
「最近は種族にかかわらず、実力さえあれば認められ地位を与えられます。特に高度な魔術が使えるとなれば出世は約束されたようなものですよ、お父さん。ご家族にとっても悪い話ではないでしょ?」
エマも私の援護射撃をする。
父親も母親も若干とまどっているようだった。
あまりにも彼らの生活実感とかけ離れ、考えた事もないのだろう。
「そういえば、先生にこの子は上の学校にやった方がいいと言われたこともあります。でもねぇ……」
「それは先生のおっしゃる通りですよ、お母様」
「はぁ、そうですか」
いささか熱意に欠ける母親の返答だった。
私はさらに言葉を続ける。
「お二方とも、娘さんに幸せになってもらいたいと思いますか?」
「もちろん」
「もちろんですわ」
二人は声をそろえる。
「ならば、キーラの思いを聞いてみませんか?娘さんがやりたいことを応援してあげるのは、ご両親にしかできない事だと思います」
その時ふいにマルスが言った。
「この子は才能ありますよ、間違いなく。この歳であれほどの治癒魔術を使える者は、そう多くない。しかも習ったばかりだというのにね」
しばらく両親は黙っていた。
「みなさんそうおっしゃるなら……まぁ……」
歯切れの悪い父親の答えに私は素早く言葉をかぶせる。
「ありがとうございます。ねぇ、キーラ。お父さんもお母さんも、誰よりもあなたの幸せを考えてくれていると思うわ。あなたはどうしたい?中等学校に行って、魔術学校や高等学院を目指したい?」
沈黙の時が流れる。
だが私は答えをせかさなかった。
キーラの心の奥から、自然と発せられる言葉でなければ意味がないからだ。
そしてキーラは下を向いたままぽつりと言った。
「もし……行く方法がある……なら……行きたい……かも」
キーラは顔をあげて両親をちらりと見て、また自分の手元に目線を落とす。
「キーラ……」
「キーラ」
二人とも初めて自分の娘を見るような表情をしていた。
「わがまま……言って……ごめんなさい」
キーラはぴょこりと頭を下げる。
「何をいうんだ、キーラ」
「そうよ。もっとわがまま言っていいのよ、キーラ」
キーラの両親は涙ぐんでいた。
「ずっと小さい頃から、この子は頭がいいし聞き分けがよくて。私たちもひょっとすると、この子の事を何も知らなかったのかもしれませんな」
父親は何やら考え込む表情だった。
そしてきっぱりとした口調で言葉を続ける。
「元々無かったはずの命。せっかくセシルさんたちに救ってもらった命ですから。それを精一杯生かすのが、リヤウス神の御心でしょう」
「お父さん、お母さん……」
「キーラ。お前の思う通りにしなさい。父さんも協力するから。いやなに、例えその基金とやらが貰えなくたって、ちょっと心当たりが二、三ある。お前の学費くらい何とかなるさ」
「そうよ。母さんもバルテル夫人から手伝って欲しいって言われてる事があったから。今までは断ってたけど、あらためてお願いしてみるつもりよ」
「お父さん、お母さん……ありがとう。わたし、がんばる……」
別れ際、こころなしかキーラの足取りが軽いように思えた。
まだ何も決まったわけではない。
だが少なくとも今日、キーラは小さな勇気で自分の運命を変えた。
例えささやかな未来であろうと、自分の意志をしめし、自分の足で歩くために。
その一歩を踏み出したのだ。
その道がどこへ到達するかまだわからないにしても。
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