062 黒竜
私は夢を見ていた。
しかし夢というのはあまりにも、リアルな記憶の断片だったかもしれない。
それは前世でも今世でも覚えがないものだった。
『……俺はまだ負けたわけではない……年後必ずや……』
『……様。何もこのような事までせずとも』
『いえ。彼はこれでは死にません。いずれは……』
『しかし……ああっ……まさかこんな時に……』
目の前に、うっすらと人影らしきものがいくつか見える。
何が起こっているのか、何をしゃべっているのか全てはわからない。
(何これ?これは誰かの……記憶?いつの?どこの?これは私のものなの?)
そして突然目の前の景色が歪むと、次の瞬間私は真っ暗な空間にいた。
遠くにぽつんと灯りが見える。
近づいてみると、黄金の体毛に包まれた小さな竜の子供が横たわっている。
もちろんそれはリュウジだった。
「リュウジ!リュウジ!しっかりしろ。助けてやるから。絶対助けてやるからな」
私は倒れているリュウジに駆け寄り、そっと体に触れる。
冷たい体温を感じると、私は唇をかみ、片手を強く握りしめる。
『その竜は死んでないよ。今は自己修復のために眠っているだけ』
ふいに声が聞こえる。
「誰?」
周囲を見回すが、暗闇が広がっているだけだった。
『その竜は、ずっとずっと待っていたの。あなたを』
「どういう事?リュウジは古代の竜の生き残りだ。私と会ったこともないし、私の事を知っていたはずもない。あなたは誰なの?」
『いずれわかるよ、セシル。そのうちわたしとも会う事になるから』
謎の声がそう言った。
そして突然、聞き覚えのあるあの声が響いた。
『……No.667976……同期失敗……再試行まであと標準時間で……』
私は何か忘れているのだろうか?
何かとてつもなく大切なことを……
その時ふいに意識が戻ると、私は見慣れない部屋にいる事に気づく。
近くには宮殿の転移装置と同じ似たような装置があった。
「問題なく転移されましたな。こちらをどうぞ」
私は素焼きのコップに入った水を渡される。
一口飲んでから、布に含ませて、リュウジにも与える。
そっとリュウジの体に触れると、体は冷たいが心臓はゆっくりと鼓動している。
私は大きく息を吐いた。
あの見知らぬ声は何と言ったろう?
自己修復のために眠っている……だったか。
あれは誰なのだろう?
なぜそんな事を知っているのだろう?
前世でも今世でもあのような人々や出来事を見た覚えはない。
あれは私の願望が反映された夢なのだろうか。
つい先ほどの事なのに、もはや記憶が薄れかけていた。
その後、クローヴィスや魔術師たちが次々と転移してくる。
どうやら意識を失っていたのは一瞬だったらしい。
「全員そろったか?」
クローヴィスが周囲に声をかける。
私と彼を除くと竜の里へ向かうのは、騎士や魔術師等、全部で十人だった。
「ここは?」
「まぁ、魔法研究所のようなものさセシル。この通り転移装置もあるがね」
この研究所は一応はルディア帝国の領土内にあるらしい。
山々や森に阻まれ、通常の方法でこの場所に到達する事は難しいという。
一人の男が案内人として随行し、私たちは短時間の休憩の後に、その建物を出立する。
目的地は、ここから二時間くらいらしい。
「転移装置とはすごいものですね。これがあれば世界中のどんな場所にでも一瞬で行けるのでは?」
「と思って研究をすすめているのだが、そう都合よくはいかなくてな」
転移装置は万能ではない。
一度に小人数しか送り込めない。
近くの場所ならほぼ指定した位置に転移できるが、遠くになればなるほど、精度が落ちる。
そして仮に転移したとしても、転移先にも装置が無いと、戻ってくるのが一苦労である。
「なるほど、そうだったんですね」
私はクローヴィスに説明されてそう答えたが、同時に別の事も考えていた。
転移装置は軍事用としては使えないとしても、近距離での利用もしくは戻ってくる事を考えなくて良い場合はどうだろう。
スパイや暗殺者を送り込むためなら、転移装置は有用かもしれない。
ルディア帝国が、大陸に名だたる巨大な版図を築けたのも、転移装置と関係があるのだろうか……
私はクローヴィスの言ったことや転移した時に見た夢の事を考えながらも、ぼんやりと周囲を見渡す。
竜の里へと続く森は鬱蒼とした様子ではなく、陽光の差し込む比較的明るい森であった。
落葉針葉樹林というやつかもしれない。
一行は私の他は案内人の兵士と、クローヴィスの護衛の数人の魔術師や騎士たち。
私はクローヴィスたちを気にしながら早足で進む。
私の体力は底なしだが、彼らもかなりの速度だ。
おそらく魔術による身体強化なのだろう。
竜の巣へは二時間ほどでつくというので、休憩もはさまずひたすら森の中の細い道を歩く。
この道も古代の民が作ったものらしい。
やがて次第に道幅は大きくなり、木々も少なくなり、開けた場所に到着する。
そこには祭壇のような巨大な台形の石があった。
「黒竜に呼びかけろ」
クローヴィスの命令で、魔術師数人が前に進み出て、何やら念じる。
しばらくした後、一人が言った。
「だめです。呼びかけに応えません」
「ふむ……」
クローヴィスは唇をゆがめたが、再度試みるように命令した。
しかしそれでも何もおこらない。
私は一歩前に進み出る。
リュウジをそっと地面へとおろし、そして思いっきり声を張り上げて叫んだ。
「黒竜様!お願いします。あなたのお力が必要なんです!この竜の子をどうしても助けたいんです!」
周囲の人間は目を見開いて私を見ていた。
その気になれば私はかなりの声量を出せるのだ
すると前方の山の上に黒い影があらわれた。
それは次第に近づき、一つの形をとる。
そして目の前の巨大な石の台座に降り立った。
「やれやれ、うるさいことだ。いったい何事だ、人の子よ」
それは身の丈数十メートルにも及ぼうという、巨大な漆黒の竜だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
「主人公を応援したい」「続きが気になる」
そう思った方は
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします。
ブックマークもいただけると嬉しいです。




