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006 儀式

「まことに残念ですが……」


 目の前の神官は言った。

 魔力測定の水晶はぴくりとも反応しなかった。


「……ありがとうございました」

「普通は少しでも何らかの反応があるのですが、全くないとは。いや、魔法が全てではない。今後もリヤウス様は、あなたをお導き下さるでしょう」


 私は一礼して席に戻る。

  

 カンブレーの村から馬車で一時間の所にあるイルネという街の教会には、あちこちの地区から十歳になった子供たちが集まってきている。

 貧しい農民たちも、この日ばかりはできるかぎり華やかな色で上質な素材の服を着て、羽飾りやヴェールをつけている。

 私も青いワンピースに、ウェーブのかかったセミショートの黒髪に花飾りをつけていた。


 私の村からは、同い年の女の子のパメラと、デジレという男の子が一緒に来ている。

 私の次に祭壇に進んだのは、デジレだった。


「おお、これは」


 神官の顔に驚きが広がる。

 目の前の水晶は、黄金色に強く光っていた。


「素晴らしい。光魔法……それも神聖魔法の適性がありますな。しかもかなりの」

「ありがとうございます」


 デジレの頬は紅潮していた。

 周囲はざわついて、皆ひそひそと話をしている。

 中には嫉妬や羨望のまなざしを送るものもいた。


 私は唇を軽く噛む。

 母は私の手をそっと握ってくれた。


(仕方ないけどさ)


 帰りの馬車は行きと変わりなかった。

 少なくとも表面上は。


 デジレが強い魔力をもっているであろうことは、前からわかっていた。

 みんな口々にデジレを祝福する。

 パメラにも魔力があらわれたが、魔術師として成功できるほどではないという。

 

 私は意外なほどショックを受けている事に、自分で驚いていた。

 元々魔法なんて無い世界で生きてきたから、使えなくて当たり前だと考えようとした。

 だが、あんなに頑張ったのにという思いは消えない。


「でかしたぞデジレ。他の者は残念だったが、まぁ別の道もある」


 私たちは村長の家へ行き、結果を報告する。

 村長は上機嫌だった。


 魔力に優れた子供が選ぶ道はいくつかある。

 中等学校から神殿学校に進むか、騎士学校や高等学院に進むか。

 神殿学校が、最も奨学金制度が充実しているらしい。

 実際の所、ある程度の身分が無ければ帝国で高い地位を得る事は難しい。

 平民が出世するには、教団に入って聖職につくのが一番かもしれない。


「ですがその……うちには中等学校に進む余裕もなくて」


 デジレの母が下を向きつつ話す。


「それに関しては奨学金もあるし、わしもいくらか出そう」 

「いえそんな」

「なに、困った時はお互い様だよ」


 村長に続いて幾人かが名乗りを上げた。

 デジレとその母親は涙ぐみながらお礼を言う。

 必ずしも純粋な善意からだけではないだろうと、私は少し意地悪く考えてしまう。

 今のこの時代、魔力の高い人間は貴重であった。


 平民となると限界はあるにしても、出世はある程度約束されたようなものだ。

 当然出世して公的な地位を得れば、故郷に寄付をしたり、何かと目に見えない便宜をはかってもらう事も期待できる。


 村長にはそういった打算もあるに違いない。

 いつの時代、どの世界にもあることだ。


「昔は農民の子が出世したり、魔術師になるなど考えられんことだったが。帝国もすっかり変わったものだ。これも皇帝陛下と、全能なるリヤウス様の御恵みであろうな」


 そのような事は聞いたことがあった。

 あくまで身分制の枠内とはいえ、この国も良い方向に動いているらしい。

 

 村はどんどん豊かになっていた。

 以前は鍛冶屋と酒場兼宿屋くらいしかなかった。

 今度教会も建ち、何と公衆浴場までできるという。

 隣町に行かないといなかった行商人も、時折訪れるようになった。


「セシルも中等学校に行くんでしょ?」


 村長の家からの帰り道、パメラが話しかけてくる。


「うん、そのつもりだけど」


 中等学校へ、そして帝国高等学院へ行きたいという希望は、あらかじめ母には話してあった。


「わたしもね。行ってもいいって言ってくれたの、お父さんが。これからは女の子にも学問が必要だろうって」

「よかったじゃん!」

「最近、織物の仕事で余裕ができたからって。聖女様のおかげだよ。ありがとうございます、聖女様」


 お礼をいうパメラに母は、「いえいえとんでもないわ」と言って微笑んだ。

 織物業は母がこの村に持ち込み盛んにしたものだった。

 織物といっても、糸の素材をどう仕入れるか、織機の入手に、できたものをどう売りさばくかと、一筋縄ではいかない。

 

 さらには領主に納める税の問題もあるが、織物業を新しく始めるものへの優遇措置があった。

 この点については、この辺一帯の領主であるロレーヌ伯の方針もあるのかもしれない。

  

(みんな苦労してるんだな)


 私の家は、この時代としては相当恵まれている。

 学校に行くにしても、お金の事は心配ないと言われていた。

 その時ふいに、前世の記憶がよみがえる。


『なにがそんなに不満なの?ちゃんとご飯も食べれて、何不自由ない生活をして』

『いいじゃない。地元のみんなは、あの会社に入っているのよ。県外へ行きたいと、わがまま言われても困るわ』


 何かといえば、お前は恵まれているのだというのが、前世の母の口癖だった。

 確かにそうだろうから、言い返しようもなかった。

 私の考えは、私の言ってることは、単なるわがままだったのだろうか。


「今日はあそこでお昼にしましょ」


 家に着くと母がそう言った。

 夜明け前に村を出てイルネの教会に行ったので、帰って来てもまだ正午過ぎだった。


 私と母はパンと水筒をバスケットに入れて、家を出る。

 道中の会話はあまりはずまなかった。


 私のなりたいものってなんだろう?

 私は私のやりたい事をしていいのだろうか。

 この世界では私の年でもう働いている人もいる。

 

 いや、自分の心をごまかすのはよそう。

 私は母マリアのようになりたいのだ。

 五歳で前世の記憶を取り戻してからも、取り戻す前も、ずっと感じていた事だった。

 

 そしてその気持ちを無視し、逆らっているとどうなるか、私は知っている。

 やりたかったことを、やれずにいたことが頭の中を駆け巡り、死に向かう絶望感を私は前世で体験したのだ。

 

 だがもう一つ知っていた。

 母は魔法は必須ではないと言っていたが、魔法が使えずに聖女になった人間は、少なくともこの数百年もの間一人もいない。

 それに関しては、様々な人の話は一致していた。

 やっぱり聖女を目指すなんて無理な事なのだろうか。


「セシルがやりたい事を諦めても、恵まれない人たちが救われるわけじゃないのよ」


 その時ふいに母が言った。

 私は鼓動が速くなる。

 

「え……あの……」

「この世界には、まだまだ貧しい人達、困っている人達がたくさんいる。セシルがその人たちの力になりたいと考えるのは素晴らしい事だと思うわ」


 母の言葉はそれほど独創的なものではなかった。 

 だがその時の私の心には深く響いた。

 

 同時に少し恥ずかしかった。

 私にそこまで立派な心がけがあるわけではない。

 子供の頃のセシルの記憶を探っても、みんな親切にしてくれるしお菓子もくれるから、という単純な思いだった気もする。

  

「さぁ、じゃあここで」


 私と母はその場所に到着した。

 そこは小高い丘の上にある、シアンの民の遺跡であった。

 シアンの民とは、ルディア帝国ができるはるか以前に、この地を支配した人々だ。

 

 高い文明を誇り、多くの建築物をつくり、文字を発明し、街道や水道を整備した。

 その一部は今でも使われている。

 だがある日突然彼らは姿を消した。

 その理由は今も不明だという。


「前にも話したでしょう?初代の大聖女であるアニエス様は、魔法が使えなかったことを」


 敷物の上に座り、持ってきた昼食を食べながら、母が話しをしてくれる。

 古代の民の遺跡といってもかなり傷んでおり、柱も壁もところどころ崩れかけていた。


「アニエス様は多くの人を癒し、救い、道をしめしてくださった。だから大聖女と呼ばれたのよ」


 その話はいままでも聞いたことがあったが、それはいつもと違った感情をひきおこした。


「わたしもアニエス様みたいになれるかな」

「ええ、もちろんよ。身分だとか魔法だとかにとらわれず、もっと色々な人が活躍できるようにって、母さんは大祭司長様や皇帝陛下や色々な人と話しているの」


「なんだか難しそうなお話だなぁ」

「あなたにも、いつかわかるわ。それにもう時間がない。そのうち貴族だとか平民だとか、どの種族がどうだとか言っていられない、恐ろしいことが……」


 母はそこまで言って口をつぐんだ。

 私はあえて聞き出さなかった。

 

 この世界には、私が知らない秘密がまだまだある。

 だがこの世のあらゆる事をどうにかできるわけではない。

 今の私は、自分の人生さえままならない子供なのだ。

 自分にできる事を少しずつやるしかなかった。


 そして私は胸の中に秘めていたある思いを口にする。

 私はそれを、前世の記憶を思い出した時から知っていた。

 いつかは言わなければいけない。

 でも母から話してくれるかもしれないと、ずっと思っていた事だった。


「ねぇお母さん。私って、お母さんの本当の子じゃない……よね?」

読んでいただき、ありがとうございます。

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