057 ロマンス小説
「リュウジをよろしくお願いします」
「もちろんだ。それと来週は頼むよ。カールも会いたがっている」
「わかりました」
エマの家へと出かける前日、私はクローヴィスにリュウジの事を頼む。
リュウジの護衛兼監視には、えりすぐりの複数の魔術師がついているという。
むしろ私が一緒にいるより、よほど安心かもしれない。
そのかわりといっては何だが、再びリュウジの検査があるらしい。
私、エマ、アリスは、迎えの馬車に乗り、エマの実家へと向かった。
「あれ、セシル?それって……いつのまに作ったの?」
「手ぶらでってわけにもいかないでしょ」
「気をつかわなくていいのに。あら、アリスも?」
「わたしも手ぶらでいくわけにはいかないっす。お母さんにいつも言われてるっす」
私が作ったのはマドレーヌ……というより、型がなかったのでマドレーヌ風のパウンドケーキだ。
材料は朝早く市場に行って手に入れ、調理は学校の実習室を借りた。
故郷の料理を作りたいから、という理由で借りる生徒は意外といるらしい。
「ようこそ。いつもエマが世話になっているね」
「ゆっくりしていってね」
到着すると、エマの両親が笑顔で迎えてくれる。
「セシルは……紹介するまでもないね。こっちは後輩のアリス。最近仲良くなったの」
「こ、これ。どうぞ!」
アリスが頭を下げて差し出した箱をエマの母親が受け取る。
「あらありがとう。これは……?」
「あの、あの、キンメリア名物のルッカの実っす」
「私もこちらを。つまらないものですが」
「あら、よろしいのに」
私たちは客間へと移動する。
しばらくは食事をしながら歓談した。
「これは、キンメリア名物の山岳マスの包み焼きじゃないっすか!」
「同じ魚ではないと思うけれど、教えてもらって作ってみたの。お口にあうかしら?」
「美味しいっす。ありがとうございますっす」
「子羊のソテーも美味しいです。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、いつもエマと仲良くしてもらってありがとうね、セシルさん」
子羊のソテーのマスタード添えは、私の地方の名物であった。
エマの母はニコニコしている。
エマからあらかじめ情報がいっていたのだろうが、こういう心遣いはありがたかった。
食事をしながらの話題は、学校での生活についてや、私やアリスの故郷についてのよもやま話だった。
アリスは自分の訛りがコンプレックスなのか、あまり喋りたがらなかった。
私たちも無理に聞き出さないことにする。
そして食後のお茶とケーキが出されたときだった。
私は気になっている事を、エマの父親に聞いてみた。
「竜……ふむ竜ですか」
エマの父はしばらく考える。
「竜というのは今では希少種でしてな。時々は飛竜の素材を扱う事もないではありませんが」
「どんな事でもいいんです。どのような竜がいるのか。人と竜が暮らした記録でも、竜を育てた人でも、竜人と呼ばれる人たちの事でも」
「わかりました。私も情報を集めてみましょう」
「お願いします」
とりあえずは得るものはなかった。
この世界においては、竜という種族は不明な点が多いらしい。
「ところでセシルさん。私どもが販売を委託されている、あのパンや薬の事なんですが」
「はい、いつもありがとうございます」
「それがですね。自分の店でも作って販売させくれという業者が殺到してまして」
「はぁ、そうですか」
正直あまり興味はない。
学生生活を送るうえで、特に金銭的に不自由はしていない。
どうやら使用料的なものは、母が私のためにつくってくれた口座に振り込まれているらしい。
「わかりました。あのクラリッサ孤児院がきちんと運営していけるなら、私に異存はありません。ですが母と相談してお返事させていただきます」
「おお、それはもちろん。良い返答をお待ちしておりますぞ」
エマの父親は、にこにこ顔だった。
どのみちヘルトリング商会にはいくらか仲介手数料が入るのだろう。
「それよりさ。今日はロマンス小説を読みに来たんでしょ?」
「ああ、そうだったね。じゃあ」
「最近、『七つの紋章と王女の涙』てのが流行ってるんだよ。あたしも読んだけど、あんな風に恋して結ばれたいよねぇ。やっぱり私は結婚する人は自分で選びたいよ」
「あなたくらいの年頃ならそう思うかもしれないけど、でもねぇエマ。激しく恋して結ばれるのだけが愛の形ではないのよ。寄り添い一緒に暮らしていくうちに、お互いにかけがえのない存在となる。そういう事だってあるの。お母さんも最初にお父さんとお見合いした時は、嫌で嫌でしょうがなくてね。食事中ずっと下を向いてたのね。でもね……」
「はいはい。その話なら何回も聞いたって」
エマはあまり納得した表情には見えなかった。
エマの母親の言う事も一理ある気はする。
とはいえ前世は喪女で今世は十五歳の少女である私には、本当のところなどわかるわけもないが。
「じゃ、あたしの部屋にいこ。」
「は、はいっす」
アリスは勢いよく椅子から立ち上がる。
そして私たちはエマの部屋へと移動する。
「あ、こ、これは……」
アリスはエマの部屋にある本の量に驚いたようだった。
「あ、あの……どれでも読んでいいんすか?」
「もちろんだよ」
アリスは目をかがやかせて本を物色する。
「エマ、『七つの紋章と王女の涙』ってどれ?」
「これこれ」
私たちはしばらくそれぞれロマンス小説を読む。
ロマンス小説に何十冊にも及ぶ長編シリーズというものは、あまり無いらしい。
どれも一時間か二時間くらいで読めるような分量が多い。
「あの……メモしてもいいっすか?」
「え?いいけど」
エマは不審そうに言う。
アリスはノートを取り出し、何やら書き込んでいる。
「何してるの、アリス?」
「す、すいませんっす。内容を忘れないようにメモしとこうかと」
私たちは少しあっけにとられていた。
「なんでまた?」
エマがたずねると、アリスは意を決したように言う。
「……あの……わたし、ロマンス小説好きで、自分でもちょっと書いてたり……なんか」
下を向いて真っ赤になっている。
「え?すごいじゃない」
思わぬ告白に私は驚く。
「そんな大したもんじゃないっす。今までは友達に話したり、ノートの端にちょこちょこ書いたりくらいで。いつか自分の本を出せたらって……夢っすけどね」
「素晴らしいよ!絶対目指すべきだよ!」
私の声にはつい力が入ってしまう。
エマとアリスが、びっくりしたように私を見ていた。
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