052 迷い
「殿……クローヴィスさん」
「各寮の監督生たちの事は私も失念していた。そのうち言って聞かせる。いきとどかなくてすまんな」
「いえ」
彼らの事は私にはどうしようもない。
学院長や寮長が了承しているとなれば、それ以上気にする事は無いのだろう。
だが目に見えない反感や嫌悪に対処するのは面倒だ。
思わぬところで足を引っ張られないとも限らない。
「ところでな。その竜と一緒に、宮殿の魔導研究所まで来て欲しいのだ」
「その……何か」
「いや、別に、その竜……リュウジといったかな?害を与えようというわけではないのだ。少し調べたい事もある」
確かあの「光の遺跡」では、リュウジのいた部屋で、様々な古代の遺物も見つかっていたはずだ。
それにあのような場所に眠っていた以上、リュウジは普通の生き物ではないだろう。
本当に竜なのか、何か別の生き物なのか、特別な力を持っているのか。
今のところリュウジは大人しく、どちらかといえば気弱な竜である。
だが将来どうなるかはわからないのだ。
突如として狂暴になってしまう可能性もある。
私はあまりにもこの世界の生き物について知らなすぎる。
「わかりました。お伺いいたします」
「ありがたい。それとカールが君に会いたいと言っている」
「カール?あの王子殿下が?」
それは予想外の言葉だった。
「ああ。どうやら君の事を気に入ったらしい」
「その……よろしいのですか?」
「別にかまわないさ。我らも別にカールを虐待しているわけではない。他人がどう思っているかは知らぬがな」
というわけで、私とリュウジは、週末に宮殿へと向かう事になった。
そしてクローヴィスと別れてから、初めの予定通り、リュウジに本を読んであげる。
「そこで聖女アニエスは言いました。『契約神アルマティの名において、古の竜リディラギルエルよ、そなたをわが使い魔に任ずる』」
「クー、クー」
リュウジは興味深そうに本をのぞき込んでいる。
竜と聖女アニエスの話だった。
竜は賢い生物で、人間の言葉がわかるという。
とはいえ生まれたばかりのリュウジがわかっているのかいないのか、私には判断がつかない。
だが私はなるべくリュウジに話しかけるようにしていた。
こういうのは気持ちの問題だし、エマやアリスもその方がいいと言っていた。
そのうちリュウジも人間の言葉が話せるようになるのだろうか?
「今日はここでおしまい。また今度ね」
「クー?クー、クー」
私はリュウジの晩御飯を用意する。
今日は飼料用の麦とオレンジだ。
結局いまだに竜の育て方なんてよくわからない。
ただ普通の動物の赤ん坊と違って、どうやら母親の乳で育つわけではないらしい。
生まれた時から、成竜とほとんどかわらないものを食べるという。
今のところリュウジがお腹を壊した様子はないので、これでいいだろうと思っている。
「よしよし。いっぱい食べて大きくなれよ。リュウジは絶対立派な竜になれるんだから」
私は先ほどの監督生たちとのやりとりを思い出して、少し腹が立っていた。
『そんな事して何になるの』
『あなたには無理よ』
前世で何度も聞いた言葉だ。
それは正しかったのかもしれないし、やっても無駄だったのかもしれない。
でも周囲の人間が支え、味方になってやらねば、一体誰が応援してくれるというのだろう。
「じゃあまた明日な」
私はリュウジの頭をなでる。
リュウジは少し寂しそうに鳴いて、私をじっと見つめる。
私は手を振って、寮へと戻った。
最初はかなり鳴いていたらしいと、リュウジの護衛兼見張りの人達に聞いていた。
だが明日になったらまた会えるという事は理解してくれている……と思う。
エマやアリスとの食事が終わって部屋に戻ると、今日の復習と明日の授業の予習だ。
私はなかなかこれでも忙しいのである。
聖女科を目指すためには、七月末の試験を落とすわけにはいかない。
ひと段落ついて眠りにつく時間になる。
思い出すのは今日の出来事だ。
学内には乗馬用の馬や、農業用の牛やヤギ、様々な動物もいる。
たまには職員が犬や猫を飼っている。
だが学生がペットを飼うのは禁止されていた。
監督生たちの言う事も一理はある。
とはいえ規則はともかく、私にも言い分はある。
リュウジはペットではなく、遺跡で見つかった、おそらくは古代の竜だ。
リュウジを学校に置いておくことに関しては、ルディア帝国の支配層や、学院の上層部、ひょっとしたらリヤウス教団の意志もかかわってくるだろう。
私自身だってどうしようもない。
そのあたりを、学生たちにうまく説明してくれるように祈るしかない。
とはいえ、私はすっかりリュウジになつかれていた。
今更リュウジを放りだすのも寝覚めが悪い。
だがなぜあんなにもリュウジは私を慕うのだろうか。
アリスの言うように、私を親だと思っているのだろうか。
もしかすると、どこかで会ったことがあるのだろうか。
例えば私が生まれる前のような……
そこまで考えた時に、私はいささか馬鹿げている事に気づいた。
私の前世は日本人であり、この世界に転生した。
リュウジは遺跡の部屋で、おそらくは何千年もの間封印されていた。
前世であれ今世であれ、出会ったことがあるはずもない。
リュウジはひょっとして、私のように誰かの生まれ変わりなのだろうか?
だとしても、前世であんなに私を慕っていた人や動物なんてものは存在しない。
別に胸を張って主張できる事でもないけれど。
そして、宮殿へと出かける日がやってきた。
この日のために、私はリュウジを、大きな木桶をお風呂替わりに、綺麗にしてやる。
「じゃあちょっと大人しくしててね」
「クー、グー、グー」
リュウジは若干不満そうだった。
エマとアリスも手伝ってくれる。
学校の浴室の石鹸を、あらかじめ少々拝借している。
何らかのアレルギーが出てはいけないと、あらかじめリュウジの手に少し塗って反応を調べていた。
「そこまでしなくても大丈夫なんじゃない?竜だしさ」
私の慎重さに、エマは笑っていたけれど。
そして私たちは再び宮殿へと向かうことになる。
今度の目的地は帝国魔導研究所だった。
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