051 小さなトラブル
「おはよう、リュウジ!」
「クー、クー」
私は喉を鳴らしてすり寄ってくるリュウジの頭をなでる。
水をかえてやり、キャベツやニンジンを与える。
リュウジは基本的に好き嫌いは無い。
馬の飼料も喜んで食べるのでありがたい。
生まれたばかりだから、ミルクを与えた事があるが、ほとんど飲まなかった。
肉は食べないが、果物は好きらしい。
「よしよし。たくさん食べて大きくなれよ」
私はブラシでリュウジの毛をすいてやる。
リュウジの身体は黄金色の短い体毛に覆われている。
本で調べたところ、竜の幼体は大体そうらしい。
「じゃあまた、放課後な!」
ここのところ朝早く起きてリュウジに餌をやり、授業の終わりにもまた会いに行く事が日課になっていた。
故郷では毎日馬の世話をしていた事もあったので、私にとっては苦ではない。
リュウジもこの生活リズムに慣れたようだった。
私がいない間は、廃校舎のあたりをうろうろしたり、小屋で寝ていたりする、という事を見張り役の人間から聞いていた。
最近は、エマだけでなくアリスとも一緒に食事をする事が多く、ランチの話題もリュウジの事だった。
「何でセシルにそんなになついてるのかなぁ」
「私だって知りたいよ」
エマの疑問は当然かもしれない。
アリスの言うように、私を母親だと思っているのだろうか。
「いや、でもセシル先輩はすごいっすよ。聖女アニエス様も、竜を従えていたといいますし、聖女科間違いなしっすね」
「そんないいもんでもないけどね」
聖女アニエスの伝説については、私は懐疑的である。
伝承によれば彼女は、竜や怪狼その他の魔物や精霊や鬼神や悪霊を従え、神々や魔神とも対話したという。
そんなに使い魔が何十体もいたらまともに歩くこともできなさそうだし、いくらなんでも偉人に対して、何でもかんでも設定を詰め込みすぎだと思う。
「リュウジへの接し方って迷ってるんだよね。」
クローヴィスやマルスにもきいてみたが、もちろん彼らにもわかるはずもなかった。
「馬の世話をしたことあるって言ってたよね、セシル?」
「うん。でもそれでいいのかなって。私はペット飼った事もないし」
「動物なんて、餌と水やってれば、勝手に育つっすよ」
アリスは気楽に言うが、そんなものだろうか。
「竜は人間の言葉がわかるほど賢いらしいしね」
「私も図書館で色々調べてみるっす」
「あたしもお父さんの伝手で、情報集めてみるよ」
「ありがとね、二人とも」
いつも放課後は、リュウジとかくれんぼをしたり、追っかけっこをしたりと一緒に遊ぶ。
人間で言えば生まれたばかりの赤ん坊だが、それなりに歩けるし、短い翼で短時間なら空も飛べる。
その日私は放課後に図書館に寄って、絵物語を借りてきた。
リュウジに読んであげるためだ。
いくら竜は知能が高いといっても、これで喜んでくれるかはわからない。
だけどリュウジはこちらの話をかなり理解している気もする。
妙なものにかかわってしまったという気持ちもある。
だがこれほどなつかれていれば、見捨てて知らないふりをするのも気が引ける。
状況に流されやすい私の性かもしれない。
リュウジについては、クローヴィスが学院長や寮長に話をしてくれてはいるらしい。
特に誰にも何も言われない。
このまま何事もなく過ぎていけばいいな、と思っていたところ――
「セシル・シャンタルさん」
リュウジのところへ行こうとする私を呼び止めたのは、一人の女生徒だった。
「あなたは……リーリア?」
リーリアは副監督生の紋章をつけていた。
通常副監督生は、三年生から選ばれる。
二年生のリーリアがその地位についているのは、異例なことだった。
「あなたにお話があります」
「副監督生になったんだね。おめでとう」
「ありが……そんなことはどうでもいいですわ」
リーリアは私と話すとき、どうもトゲトゲしていて少し苦手だった。
特に怒りや恨みを買った覚えもないんだけれど。
リーリアの背後には何人かの生徒たちがいる。
皆、水色のベストと、監督生や副監督生の紋章をつけていた。
「用件は手短にお願いしますね」
私は彼らの前に胸を張って立つ。
別に悪い事をしているつもりなどない。
どことなく生徒たちはひるんだ様子だった。
だがリーリアは動じなかった。
「わかっているでしょう。あの竜の事です」
「何か問題でも?」
「学院生はペットを飼う事は禁止です。ましてや竜の子供を飼うなど危険すぎます。到底許すことはできません」
「それに関しては寮長や学院長の許可をとっているはずですが」
「いえ、学院の監督生や副監督生たる私たちに何の相談もなく決めるなんてありえません。私たちには学院の平穏や秩序を守る義務があります」
少しやっかいな事になったかもしれない。
監督生たちは学生の監督や指導を行っている。
私としては全く考慮に入れていなかった要素だ。
どう言おうかと私が悩んだその時だった。
「ギュー、ギュー、ギュー」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえる。
そして一匹の黄色い生き物が、羽をバタバタさせながらこちらへ走ってきた。
それはもちろんリュウジだった。
「ギュー、ギュー、キュルルルル」
リュウジは急いで私に飛びつくと、胸に顔をうずめる。
体が細かく震えていた。
よほど怖い目にあったようだ。
リュウジの後ろには、一匹の大型犬が尻尾を振っていた。
確か用務員のおじさんが飼っている犬でぺスといったはずだ。
「おお、すまんな。この子にも悪気はなくてな。ただ一緒に遊びたかったのだろうが、ちと怖がらせてしまったようで、申し訳ないの」
用務員のおじさんが、小走りに近づいてきて言う。
「いえ、こちらこそお騒がせしました」
私は胸に抱いたリュウジを見る。
「ギュー、ギュー、クルルル……キュー」
震えながら鳴いている。
どうやら物凄く怖かったと訴えたいらしい。
「よしよし。大丈夫だぞ。この犬も驚かすつもりはなくて、リュウジと一緒に遊びたかったんだってさ」
確かにリュウジの体格からすれば、大型犬は自分の何倍もある恐ろしい怪物に感じるのかもしれない。
「なんだこの弱そうな犬猫以下の毛玉は」
「恐ろしい竜だと聞いていたが、とんだ臆病者だな」
「竜じゃなくて、単なるそのへんのトカゲだろう、これは」
一同にどことなく軽蔑した笑いが広がる。
「失礼だな。リュウジはいい子だよ。今に立派な竜になるさ」
私はむっとして強い口調で言い返す。
リーリアだけは、何やら叫んでいたが、一同の緊張感も何となくとけてしまっていた。
それを察したのだろうか、リーリアが言う。
「まだ私は認めたわけじゃありませんけどね。気を付けてください。今後も定期的に見回りに来ますから」
そういうと、一同は去っていった。
「ほらリュウジ。怖くないよ」
私はリュウジを抱きしめながら、大型犬の頭をなでる。
リュウジは最初おそるおそるその様子を見ていた。
次第にこれは害をなす生き物ではないと理解したのか、私に抱えられたまま犬にそっとふれる。
犬もリュウジを怖がらせないようにじっとしていた。
リュウジは犬の匂いを嗅ぎまわっていた。
そしてこれは危険な生き物ではないと確信したのだろう。
リュウジと犬はじきにじゃれあい始めた。
用務員のおじさんもにこにこし、見ていた私もほっとする。
だがそこで、私は背後に気配を感じ、振り向いた。
「セシル」
私の目に入ったのは、第一皇子のクローヴィスの姿だった。
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