050 新しい日常
当然その日は気もそぞろだった。
授業がおわると急いで私はクローヴィスと研究室へと向かう。
「リュウジ!」
部屋の隅にいたリュウジの顔がぱっと輝き、こちらへちょことこと駆け寄ってくる。
私はリュウジを抱え上げ、抱きしめた。
「なかなか気難しい竜だな。暴れはしなかったが、こちらの与える食物に手をつけようとせん」
ジュスランが言った。
私はジュスランたちが用意した水や食べ物をリュウジに与える。
まず私が食べたり飲んだりしてみて安心させてから、リュウジの前に置いた。
さすがにお腹が空いていたのか、リュウジはがつがつとパンや人参、葡萄を食べる。
「あの……預かっていただいてありがとうございます」
私はジュスランにお礼を言う。
「いや。俺にも興味があることだ。文献を調べたが、どの種類の竜なのかよくわからん。むしろ古竜と言われる種族に似ている」
ジュスランはあごに手をあてて、何やら考え込む様子だった。
「それはおいおい調査するさ、ジュスラン」
「ある程度は調べたのだろう、クローヴィス?」
「大した事はわからなかったさ。だがどうも魔力核がないようなのだ」
「ほう……それは」
「あの、どういうことでしょう?リュウジは他の竜と違うのでしょうか?」
ジュスランとクローヴィスの会話に割り込むのは悪いと思ったが、たまらず私は聞いた。
「魔物や魔族、竜は体内に必ず魔力核を持っているものだ。それが強大な力の源となる。魔力核が無いものは、普通の動物だ」
ジュスランが説明する。
「だがあれほど魔法が効かないとなると、普通の生き物だとも思えない。古代の竜は、今と違ったという説もあるが」
クローヴィスも物思いにふける様子だった。
「それで、どうしたらいいでしょうか?できたら私はこの子と一緒にいたいのです」
私はリュウジを抱きしめる。
「クー、クー」
目を落とすとリュウジは私を見上げて鳴いていた。
「その竜を調査しないわけにはいかないが、それが円滑に進むようなら、そのための方法はとわない」
「では……」
「セシルと一緒の方がいいだろう。なぜかセシルの言う事ならきくようだしな」
「寮でずっと一緒に暮らすわけにはいかないですし、どうしましょう?」
「当面は仕方ないだろうが……廃校舎なら使われてない馬小屋もあったはずだ。そこを改修すればいい」
とりあえずは私の望みや、リュウジが受け入れやすい方法で事が運ぶようで、ほっと一安心だった。
「竜は優れた力を持っている。だがそれも種類によるからな。珍しいだけで、さほどの魔力や力が無い個体なのかもしれない」
ジュスランが言った。
「それは今後の調査しだいだろう」
「光の遺跡では他に発見されたものもあるのだろう?」
「知りたくてたまらんようだな、ジュスラン。それはまだ未調査だ」
「後で教えろ。それはともかく、何でこの竜はセシルにこんなになつくのかねぇ」
クローヴィスとジュスランの視線が私にささる。
私だってそんな事はわからない。
前にアリスも言っていたが、卵から生まれて最初に見たものを親だと思う習性が動物にはあるらしい。
竜にも当てはまるのかどうかはわからないが。
なるべく人目につかないように、私はマントをかぶせたリュウジをかかえて自室に戻る。
「ねぇリュウジ。この場所で暮らせるようになったけど、いつまでもこの部屋で一緒に寝るわけにもいかないんだ」
私はリュウジのつぶらな瞳をじっと見つめる。
リュウジはこちらの言う事を理解している……ような気はする。
寮長や学院長にはクローヴィスから話しておくとの事だった。
それに関しては任せるしかない。
竜なんてこの世界に来てから初めて出会ったが、リュウジのぬくもりには、どこかなつかしく慕わしい気持ちもする。
私は転生したばかりの頃を思い出す。
夜の森と雨。
襲い来る魔術師たち。
彼らの魔術を神力無効で消し去る私。
消失する魔術師。
そして育ての母マリア。
あの時リュウジはいなかったはずだ。
この気持ちは、何かの錯覚なのだろう、多分。
用意してもらった藁と箱の簡易トイレと、籠に布をしきつめた寝床を準備する。
とりあえずリュウジにはここで寝てもらうことにする。
「トイレはここ。こっちが寝床ね」
部屋の隅に寝床を置いた。
だがリュウジは寝床の籠をくわえて、私のベッドの上まで引っ張り上げる。
そして籠の中に入って丸まった。
「仕方ないなぁ。今日だけだよ。じゃあ、おやすみ、リュウジ」
「クー」
リュウジの居場所の確保は迅速にすすんだ。
廃校舎の近くにあった馬小屋を片付け、水飲み場や寝床をつくる。
材料や人手はクローヴィスが手配してくれた。
ずっと寮にいられるわけもなく、リュウジにはここで過ごしてもらわなければならない。
警備の人間ら数人が、リュウジを見守るそうだ。
数日たって、リュウジも大分精神的に落ち着いた様子だった。
とりあえず私と引き離される事はないとわかったからかもしれない。
「今日からここがリュウジのお家だよ。ここで過ごそうね」
リュウジはしばらくうろうろと寝床を歩きまわり、匂いをかぎまわる。
どことなく落ち着かない様子だった。
「ねぇ、セシルの使ったものを一緒に置いてあげたら?」
エマによると、犬の場合、飼い主の匂いがついたものを一緒に入れてやると落ち着くそうだ。
竜も同じかどうかはわからないが、私はリュウジの寝床に、私が使っている枕カバーを一緒に置いてやることにした。
リュウジはくんくんと匂いを嗅いでいる。
「寮で一緒に暮らすことはできないんだ。ごめんね。朝晩は必ず会いにくるから」
「キュー、キュー」
何度か言い聞かせる。
まだ多少不安そうな表情をしていたが、何とか納得してもらえたらしい。
四六時中リュウジと一緒にいるわけにもいかない。
いつまでも私にべったりでは良くない。
できれば私以外の人間とも仲良く暮らせるようにならなければいけないだろうと思う。
ただいつかはリュウジも、仲間の竜たちの住む場所へと帰ってゆくのかもしれない。
そんな場所があるのかは知らないけれど。
こうして私は、リュウジと学院生活を送るようになった。
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