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005 学校

「おーいセシル。そっち行ったぞ」


 男の子の一人が叫ぶ。

 私は持っていた魔力石を腰の小物入れにしまう。

 そして走ってくる猪の前に立ちふさがった。 


 私は狩りの女神セレーヌの名をとなえ、右拳を猪の眉間に叩き込む。

 くぐもった鳴き声を上げて、猪は一撃で昏倒した。


「やっぱすげぇ」

「さすが、セシル!」


 男の子たちは神への祈りをささげた後に、私を口々にほめそやす。

 私よりも年上の子もいる。

 十歳になってようやく私も魔法で野生の獣を倒せるように……なったわけではない。

 これは単なる馬鹿力だ。


「いつもありがとな」

「うん……私はこれしかできないから」


 男の子たちは獣を縛り上げて木の棒につるし、担ぎ上げる。

 武術教室に通う子たちにとって、野生の動物を狩るのはちょっとした腕試しだ。

 中には魔法を使える子もいる。


 本格的な猟となると大人の監視や指導がいるが、力を得たら試したくなるのが人情である。

 何度か止めたがどうしても駄目だったので、ちょっとしたお目付け役としてついていくことになったのが最初である。


 私は母から習った野草の知識を教えたり、まだ精神的にも未熟な彼らの判断を補佐したりする。

 他のグループとのいざこざや、手強い野生動物相手でも、私が出れば治まった。

 そのうちなんとなくリーダー的な立場に祭り上げられた。


 川のほとりで猪を解体し、肉を切り分け木の葉に包む。

 最近は猟師の子供も一緒についてきているので、親たちも黙認しているのかもしれない。


 私は獣たちを倒すのはともかく、解体したりするのは苦手だった。

 もっともこれだって単なる遊びではなく、ちゃんと食料をえるという目的がある。

 その辺は理解しているつもりだ。 

 

 他にも遊びと実用を兼ねて川で釣りをしたり、木の実拾いや野いちご狩りもした。

 丸太をくりぬいたり石と粘土を使ったりして、簡単な炉を作る事も覚えた。


「騎士学校に行きてぇなぁ。俺はこんな村で畑を耕して終わるのはまっぴらだ」

「近頃は戦争もないし、稼ぐなら冒険者だろ」

「僕はもう勉強はいいかな。家の仕事に満足してるよ」 


 この国の学校は小学校が六歳から五年制、中等学校が三年制、高等学校や特殊学校が十四歳からの四年制が一般的らしい。

 みんな私が通っている武術教室の仲間だった。

 教室は学校の近くにあり、剣術だけでなく弓や棒術といった戦闘術も教えている。

 

 私の住んでいるルディア帝国は、現在は比較的政情も安定し治安も悪くない。

 とはいえ現代日本とは違う。

 何かあったら自分の身は自分で守らなければならないのだ。


 魔法の方は全く見込みがなさそうだったが、こんな世界なので戦う力は必要だった。

 何か新しい事を始めたら、隠された力も目覚めるかもしれないという思いもあった。


 習ってみると意外に楽しかった。

 前世は特にスポーツが好きだったわけではない。

 だが今世は教えられた事はすぐできたし、次にこうしたらいいと予測もついた。

 

 するとどんどん楽しくなり、どんどん練習しどんどん上達するという良い循環が生まれる。

 運動神経の良い子というのは、こんな気持ちだったのだろう。


 田舎の教室の師範などというものは、引退した騎士や冒険者が多い。

 だが模擬戦ではすでに、師範たちは本気の私の相手にはならなくなっていた。

 

 もっとも戦いはパワーやスピードだけではない。

 武器の使い方や相手の力量の見抜き方、複数人での戦術等、覚える事は沢山あった。


 意外と実用的だと思ったのは石投げだ。

 私のパワーなら大ダメージを与えられるし、石なんてその辺に転がっている。


「セシルは騎士になるのかい?それとも冒険者?」

「前にも言ったじゃん。私は母さんのような聖女になるんだって」

「えー、セシルは魔力なんて無いだろ?……どれ貸してみろよ」


 男の子は手を差し出す。

 私は持っていた魔力石を渡した。


「ほら」

 

 その子が差し出した石は、薄く青く光りやがて光は消えた。

 私はそれを取り上げると握りしめる。

 いくらたっても何の変化もあらわれなかった。


「俺もこの程度の魔力はある。でもこれじゃ、大した魔術師になれないと言われたよ」


 彼は十歳の時に行う、神殿での魔力測定の儀式を受けていた


「でもさ。十歳の儀式を受けてみなきゃわかんないじゃん」


 私は自分でも信じているわけではない事を言った。


「それよりセシルだったら、絶対騎士になって出世できると思うぜ」

「セシルは頭いいんだから。今は頭よければ平民でも取り立ててくれるって、酒場の親父が言ってたよ」

「そうそうこの間の件はスカっとしたよなぁ」


 男の子たちは、わいわいと話し出した。


 このあいだの件というのは、私がとある剣士達を叩きのめしたことだ。

 その日は武術教室の卒業生による特別授業だった。


 特別講師は中央の騎士団に所属しているという、二人の若い騎士だった。

 二十代前半だが、元は平民の出であるという。

 

 ただ模擬戦で生徒相手にやりすぎたり、傲岸不遜な態度にみんなうんざりした様子だった。

 地位の高い人たちと付き合っているうちに、自分まで偉くなった気がするタイプなんだろう。


 師範たちは私にむかってこっそり目配せする。

 お許しが出たので私は二人に試合を申し込んだ。

 当然二人が相手になるわけもなく、私に叩きのめされた。

 建前上、師範は私を叱ったが、案の定二人が帰った後はこっそり褒めてくれた。


『よくやった。なめられちゃいかんからな』


 今の私が生きているのはそういう世界だ。

 ここで終わればそれまでの話だったのだが、ここで終わらないのが小物の小物たるゆえんである。


 案の定、帰り道待ち伏せされた。

 この人達は九歳の女の子相手に恥ずかしくないんだろうかと思ったが、私は既に成人女性の平均身長を超えている。

 まさか九歳の少女と思わなかったのだろう。


 私は一人の男が斬りかかってくるのを難なくかわし、剣を奪って投げ飛ばす。

 

『人間の力じゃねぇな。お前は誰だ?鬼族(オーガ)か?』


 もう一人の男の剣が薄く黄色に光る。


『や、やめろ。魔法は……』


 倒れた男が叫ぶ。

 だがその剣士は、その言葉を無視して剣を振るう。

 黄色い稲妻が剣から私目掛けてほとばしる。

 

 私はその場に突っ立ったままだった。

 突如、脳内にあの記憶が蘇る。


『機能ロック解除。神力無効(アンチザディバイン)を発動します。神々の力や加護は全て無効化されます』


 なぜか何も起こらないという確信がわきおこる。

 次の瞬間、稲妻は私に触れることなく消えた。

 男は驚愕の叫びを上げる。

 

 やみくもに何回も連続で稲妻を放つが、結果は同じだった。

 魔法は効果を発揮することなく消え失せる。

 私は素早く突進すると男の剣を取り上げた。

 男たちは呆然としたまま動かない。


『とっつかまえろ!』


 仲間の男の子たちは、二人の男に近づくと、ありあわせのロープやベルトで縛り上げる。

 その後は大騒ぎだった。

 武術教室の先生はもちろん、生徒たちの親や村長に警団に、当然私の母もやってくる。


『あなたたち魔法を使いましたね?』


 母は厳しい表情だった。

 

『聖女様の娘さんと知っていれば、このようなことは』

『あなたたちは武器も持たぬ少女に襲い掛かったのです。私の娘であるかどうかは関係ありません。このことは中央騎士団にも報告いたします』


 私の母はリヤウス教団に所属する聖女であり、それなりの地位にいるらしい。

 二人はうなだれたまま返事をしなかった。


 私は母から事情をきかれ、正直に全て話した。

 母は黙って聞いていた。

 そして『セシルに何もなくてよかったわ』と言って抱きしめてくれた。

 それが数ヶ月前のことだ。


「ほんとにさ。大の大人がなにやってんだか」

「魔法ってのも大した事なかったよな」

「あれはセシルが特別なだけだろ!」


 男の子たちは、あの時の話題で盛り上がる。

 私が普通の人間とは違うらしいという事は、彼らもわかっているはずだ。

 だが大して気にした様子もない。

 私はそういうものだと受け入れてくれていた。


 私は男の子たちと別れて、自宅へと向かう。

 猪の肉を持って帰れと押し付けられたので、断り切れずに持ち帰る。

 馬小屋でヴァレリーに挨拶してから屋内に入ると、母が帰宅していた。


「おかえり、セシル」

「ただいまお母さん。お仕事は?」

「思ったより早く終わったの」


 私は母へ猪の肉を渡す。

 母は南方へ魔物の暴走(スタンピード)を静める手伝いに行っていたはずだ。

 今までも浄化や魔物退治や病人の治療の仕事で、遠出することがあった。

 以前は村長さんの家に預けられたりしていたが、十歳になってからは一人で留守番をするようになっていた。


「今週の日曜は、いよいよ教会での儀式ね」


 母は明るく言った。

 どことなく無理をしているように感じる。

 十歳になると魔力測定の儀式があり、聖女や魔術師としての道に進めるかどうかがほぼ決まる。


「うん……」

「どんな結果になっても、お母さんはセシルを応援するわ。前にも言ったけど、聖女は別に魔法が使えなければいけないってことはないの」


 そしていよいよ儀式の日がやってきた。

 それはあたたかい春の日差しが煌めく四月のことだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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