047 古代遺跡へ
翌日、宮殿から寮へと帰って来た私とエマとの話題は、当然ながら昨夜のちょっとしたトラブルについてである。
もちろん昨夜の出来事に関しては、他言しないようにと口止めされた。
だが偉い人がいない場所での言論の自由というのは、いつどの時代にもあるものだ。
「……それでこういう事情でさ。あの王子は一体誰なんだろうねぇ」
日曜の午後、エマの部屋のテーブルには、果実水とクッキーが置いてあった。
私の言葉にエマは心当たりがあるようだった。
というよりも、喋りたくてたまらない様子である。
「ねぇ、セシル。十二年前の事件は知ってるでしょ?」
「というと?」
「現在の皇帝陛下と、亡くなられた兄上の間にあったこと」
それなら聞いた事はある。
現在の皇帝ルシアヌスにはシャグリウスという兄がいた。
また、皇位継承順位も下であり、本来なら帝位につく事はなかったろう。
それが十二年前に兄弟の間で皇位をめぐって暗闘があり、リヤウス教団も巻き込んだ争いに発展した。
結果として兄が原因不明で急死し、弟のルシアヌスが帝位についた。
「皇帝陛下とお兄さんが色々あって、それで……まぁ……くらいかな、聞いた事あるのは」
私の言葉は幾分歯切れが悪くなる。
おそらく何が起こったかは、万人が心の奥で理解している。
それは誰もが知っていながら口にできない、ルディア帝国の暗部だった。
「うん。それでね。お兄さんのシャグリウス様には二人のお子さんがいたの」
エマもひそひそ声になる。
どちらも男の子で、当時五歳だったルキウスとまだ母の胎内にいたカールであった。
「それはよく知らなかったかな」
「五歳のルキウス様は、お父上が急死された後に、火事にあわれてね。不幸にも五歳の若さで亡くなられてしまって」
これまたきな臭い話で、若干気が重い。
「それはおいたわしい事だね。それでもう一人のお子さんが昨日の?」
「そう。それがカール様」
「なるほどね」
現皇帝の兄の息子、すなわち甥にあたるわけだ。
「カール様のお母さまも、カール様を産んだ後に亡くなられてね」
エマは沈んだ表情になる。
「そう。カール様のお名前って、あんまり表に出てこないよね?」
「そうだね。あたしの親戚が皇宮の侍女をやっているから、色々噂は聞いていて」
ただ宮廷の中でも、カールに直接会ったことがある人間は多くはないらしい。
帝室の人間の居住区とも離れた建物に住み、父の代から使えるごく少数の使用人に囲まれて暮らしているという。
「実はね」
私はエマに、先ほどは黙っていた事情を話す。
最初に会った時に暗殺者と勘違いされたこと。
相手の召使たちとトラブルになったこと。
僕を強くしてくれと言われたこと。
「そう。やっぱり何かありそうだよね。カール様は学校に通われてなくて、家庭教師がついているようだし」
エマは難しい顔をする。
しばらく沈黙の時間が流れる。
かつて兄と弟の間で争いがあり、弟が帝位についた。
当然ながら、兄の子供と弟側がうまくいくわけもない。
かつての兄の臣下たちはどう思っているのか。
カールは特に虐待されているというわけでもなさそうだったが。
私はあえて話題を変えた。
「ところでさ。何とかめどはつきそうなんだ。あとは七月の試験の結果で、聖女科に行けるじゃないかと思う」
「よかったじゃん、セシル。セシルなら間違いないよ」
帝室の問題に関しては、私ができることはない。
それにあれこれ推論をめぐらしても、どう考えても明るい結論に結びつきそうもなかった。
多分エマの考えている事も同じだったのだろう。
「特別授業がね。どうなるんだろうって」
「うん。まぁなるようになるんじゃない、セシル。選ばれるだけでも名誉なことっぽいし」
説明を聞く限りは、受けたい人が履修できる授業ではないらしい。
各学年の見込みのある生徒を集めて座学や実習を行うそうだ。
どことなく話は盛り上がらないまま、私はエマと別れて自室に戻る。
(魔神ザイターン……か)
わざわざ学生の私たちを宮殿まで呼んで話したからには、かなり確信をもって事にあたっているのだろう。
封印された魔神。
復活のために暗躍するデギル教徒たち。
私個人の力で立ち向かえるとも思えない。
それこそ国家や組織の力が必要だろう。
偉い人が考えればいいことだ。
私は私のやりたいことやできることをやるだけだ。
そう心に決め、その日は眠りについた。
そして特別授業の日がやってくる。
私たちは帝都近郊の「光の遺跡」と呼ばれる場所に集合する。
「す、すごいっすねぇ。わたし来たかったんすよ」
アリスが目をきらきらさせながら言う。
マルスやリーリア、エマはまだわかるとしても、一年生のアリスまで参加している事は意外だった。
広間で一同を集めて、担当教官とクローヴィス皇子による、授業の内容や進め方の説明がある。
「君たちはこの学校で、いや帝国でも有数の優秀な生徒たちだ。いずれは魔術師団、騎士団、あるいはリヤウス教団で、重要な地位に就くことは疑いない」
続いてクローヴィスは核心に触れた。
「この授業の目的は明確だ。いずれ来る、ザイターンの復活に対抗できる人材を育てることだ」
一同にとまどいの空気が広がる。
一人の女子生徒が手をあげて、発言を求めた。
「そのザイターンの復活というのは、間違いないものなのでしょうか?」
「もちろん絶対的な確証はない。だが帝国はかなりの確度の情報をつかんでいると言っておこう」
さらにクローヴィスは続ける。
「だが、封印の地の魔力の流れが変わり、魔物の暴走が増え、デギル教徒が蠢動している事は確かだ。そのことは知っているものも多いだろう。それに対抗するには従来の組織や人員だけでは足りない」
一同はどこか納得した表情だった。
そもそも高等学院に来るものは、貴族や富裕層の人間が圧倒的に多い。
皆それなりの情報を持っているのだろう。
「ここで得た情報は他言無用ですか?」
発言の許可を得たマルスが、のんびりとした口調で言う。
「そのような事は、人選の段階ですでに終わっている。みな良識的で節度ある振る舞いをしてくれると思っている」
クローヴィスは笑みを浮かべて言った。
基本的な事は通常の授業で学ぶ。
この特別授業では、一般的にはあまり知られていないが、有用な知識等を教えられるという。
古代文明や古代遺物の知識、古代魔法、各地の遺跡の探索と調査、実習もあるらしい。
特に古代遺物は国やリヤウス教団が秘密を独占し、普通の人はどんなものかほとんど知らない。
私としてはこれで単位がもらえるならありがたい。
あとは通常の授業と試験だけだ、問題は。
ルディア帝国には、いくつかの古代遺跡がある。
基本的には帝室の管理下にあり、一般人が出入りしたり、探索したり、中のものを持ちだしたりはできない。
まれに新しい遺跡が発見されたり、既知の遺跡からあらたな古代遺物や、石碑が発見されたりもするそうだ。
この「光の遺跡」に関しては目新しいものは得にないという。
すでに何度も遺跡は探索されているし、調べ尽くされている。
古代文明に関する基礎知識、多くの遺跡に共通する構造、罠跡、等を教えられる。
私は通路を皆と一緒に歩いていた。
それは突然だった。
「えっ?」
何気なく触れた壁の一部が回転し、私はもんどり打って転げ落ちてしまった。
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