040 私のしたいこと
「セシル・シャンタル。あなたは学業優秀であるのみならず、先の事件においての働きは目覚ましく、また恵まれない孤児たちへの貢献も鑑み、今年度の最優秀生徒としてここに表彰致します」
三月の年度末会。
卒業式や終業式とともに、成績優秀者や様々な研究、奉仕活動で貢献をした生徒達が表彰される。
十月祭の事件では建物の被害も少なく、奇跡的に死者も出なかった。
私は最優秀生徒として、学院長より金のメダルを授与される。
それだけでなく、黒いガウンと水色のベストの着用が許された。
監督生以外では、ベストの色を変える事ができないから、これは大した特権であった。
何しろ皇子を助け、学校の危機を救ったのだから、当然かもしれないけれど。
学業も上位十位以内につけている。
さすがというか、学年一位はマルスだった。
エマ、マルス、リーリアも、それぞれの功績により、銀のメダルを授与された。
孤児院はきちんと運営費を受けられるようなり、子供たちも学校に通えるようになった。
グレゴリとその一族につならるリヤウス教団の教区長が、予算や物資を横領し、怪しげな陰謀の活動費に充てていたようだった。
他にも人身売買や禁制品の密売等の罪状が判明したという。
「その件については調査の結果、罪のある者は適正に処分されたの。もう心配ないわ、セシル」
母のマリアはそう言った。
リヤウス教団の中で、どのような調査や処分が行われたのかは知らない。
教団の一部の者がデギル教と繋がっていたなど、あまり表沙汰にしたくない事なのは間違いない。
私もそれ以上は聞かなかった。
もはや、パンやケーキをちまちま売って小銭を稼ぐ必要もなくなった。
だが思いのほか好評であり、やめるわけにもいかなくなってしまった。
今後はあの教会の名物として販売されることになるだろう。
ロル草で作った胃腸薬やスキンケア用のクリームも評判が良くて困ってしまう。
そのあたりは、エマの父のヨゼフさん、ファイーナさんやガバロの息子さんたちがやってくれる事になった。
「おめでとうセシル君。セシル君には是非、聖騎士科に進んでもらいたい」
「魔法なんて他の奴らに使わせればいいんですよ。セシルさん程の戦闘力があれば、騎士科はいつでも大歓迎です」
「魔導具科は興味ありませんか?特別な古代遺物をお持ちとうかがいましたが。それをちょっと調査させていただきたく……」
先輩たちは口々に私を勧誘する。
私はどうやら特別な存在だと認められたらしく、様々な噂が広まっているとエマが教えてくれた。
実は魔力を隠蔽する技術にたけているとか、聖女に伝わる秘術を身につけているとか、リヤウス教団が密かに所蔵する古代遺物を使っているとか、忘れ去られた古代種族の生き残りなのだとか、等々。
どれも全く真実とは異なるけれど。
魔法や魔族の攻撃を無効化する神力無効や、驚異的な身体能力を与える鋼鉄の体は、あまりにもこの世界の常識とかけ離れている。
私だって、なぜこのような力を持っているのかわからないのだから、彼らがそう思うのも当然かもしれない。
そして私の母が聖女であり、リヤウス教団で高い地位についているという情報も広まっているらしい。
それもあってか、みなこぞって私に話しかけ仲良くなりたがった。
どうやってみんなに溶け込もうか、どうやって話の輪の中に入ればいいのかと、悩んだ事もあったのが、馬鹿らしくなるくらいだった。
仲良くなるメリットがあれば、相手から近寄ってくるし、話の輪の中に加わって欲しいと誘われる。
現金だが、人間なんてそんなものだろう。
でも私の友達と言えるのは、エマとマルスだけだ。
リーリアについては……よくわからない。
たまに会う機会があれば、私としてはにこやかに挨拶したり話しかけたりしているつもりだった。
だがいつも彼女は無視したり、なにやら口の中でもごもご言いながら逃げて行ったりする。
まぁ、あの年齢の女の子はなかなか難しいものだから仕方ないだろう。
「私は聖女科に進みます。母のような聖女になりたいんです」
私は周囲に宣言する。
「でも君は治癒魔法も攻撃魔法も使えないだろう?魔法が使えないのに聖女を目指すなんて前代未聞だぞ」
「大聖女と言われたアニエス様も、魔法が使えませんでしたよ。いいんです。なりたい自分に私はなるんです、今度こそ」
皆は何を言っているのだという目で私を見ていた。
でもかまわない。
『ひょっとして私は魔族なのでしょうか?』
母と一緒に大祭司長のユリアナ様にお目にかかった時、私はたずねてみた。
『それはないな。魔族や魔物といえども魔力を持つ。リヤウスだろうとデギルだろうと、全ては神の加護によるものじゃ』
『最近古代文明や古代種族の研究も進んでいるわ。もしかしたらいずれ、あなたの力が何なのかわかるかもしれない』
ユリアナ様に続いて言った母の言葉も思い出す。
普段は気にした事はない。
だが時折浮かぶ思いがある。
私は一体誰なんだろう?
私はなぜこんな力を持っているのだろう?
それは心の中から完全には消すことのできない感情なのかもしれない。
だが私の本当の正体が人間だろうと魔族だろうと古代の種族だろうとロボットだろうと関係ない。
大事なのはどう生まれついたかではない。
自分が、どうなりたいのかだ。
ふと前世の記憶が頭をよぎる。
父や母の言う事を聞いていれば、良い子にしていれば、幸せになれる、わがままを言っていたらだめだ。
かつてはそんな風に感じていたのかもしれなかった。
前世の私にはできなかった。
成功しようと失敗しようと、目標に向かって突き進むことが。
ただ己の運命をなげき、意志をつらぬきとおせない自分の弱さを恨んだ。
だが自分の心を偽りだましていたつけは、いつかは支払わなければならない。
それを私は知っている。
心の奥で運命を呪い、死の翼が訪れる瞬間に後悔する。
そんなのはもう沢山だ。
私は生まれ変わったのだ。
私は私の望む事をしたい。
誰かの役にたちたい。
母マリアのようになりたい。
人を守り、癒し、助けるような存在になりたい。
それは前世の記憶を取り戻す前のセシルの望みであり、私の願いでもある。
私がそれなりに注目の的になった事で、当然ながら反感を抱く人間や中傷する人間もいる。
無能のセシルという言葉もすっかり定着してしまったようだった。
でもそんな事はどうでもいい。
たとえ魔法が使えなくて侮られようともかまわない。
成功しようが失敗しようが、自分で選んで、自分で責任をとって前へ進むのだ。
今度こそ自分の心が望む通りに生きると、そう決めたのだから。
★★★★
赤の寮の一室。
二人の人物がテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
副監督生である神聖帝国の第一皇子クローヴィスと、帝国三大公爵家であるロシュフォール家の長男のシャルル・ド・ロシュフォールだった。
「一杯どうだ?例のセシルから紹介されてな。ソーダというものらしい」
クローヴィスは、東方より取り寄せた瑠璃色のグラス入ったソーダを、シャルルに向かって押しやる。
「これはなかなかいけますね。発泡ワインに似ている」
「レモンや蜂蜜など色々な味付けもあってな。これもリヤウス様の御恵みらしいよ」
そこでクローヴィスはグラスを置く。
「今までなんとか誤魔化していたが、やはり寮を出なければならんようだ。安全のために今後は宮殿から通えとのおおせだよ。つまらんことになったものだ」
「それは仕方ないでしょうな」
そこでクローヴィスは手をかかげ、遮音障壁を張った。
そして言葉を続ける。
「お前の弟も成績優秀だそうじゃないか。さすがはロシュフォールの血筋だ」
「ありがとうございます、殿下」
「殿下はよせ、シャルル。ここは俺とお前しかいない」
「ごめん、クローヴィス。弟は今は母方の姓を名乗っていてね。一族としての正式なお披露目もしていない。いつでもロシュフォール家は迎え入れると言っているのだけど、あれもなかなか頑固な所があってね」
「ふむ。そういう奴の方が見どころがあるな」
「神器の継承者としては、僕より上だったよ」
「ほぅ、それほどか」
「不器用な所もあるけど、僕なんかよりずっと優れた魔術師にも戦士にもなれるだろうね」
クローヴィスはしばし考え込む。
だが次に発した言葉は別の事だった。
「セシル・シャンタル。第四階梯の聖女である、マリア・シャンタルの養女だそうだ。リヤウス教団がこれまで隠してきた古代遺物を使っているというのは本当だろうか?」
「さぁ。僕にはわからないね」
「大祭司長猊下に会う機会があったが、尋ねてみてもはぐらかされたよ。教団の秘密に属するとな。いつもの事だが」
クローヴィスの言葉にシャルルは答えず、残りのソーダを飲み干す。
そしてしばらくグラスを眺めると言った。
「もう一杯もらえないかな?」
「残念ながら、一日一杯までだそうだ」
「なるほどね。で、クローヴィス。君はセシルの力を間近で見たのだろう?」
「ああ。今でも信じられんよ。たった一人で三体もの大灰色猿をまるで子供扱いだ。しかも彼女は魔力を持っていない。魔法も使えない。俺も何度も会っているから間違いない」
クローヴィスは机の上に置いてあったリヤウス教の聖典を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
「確かはるか古代には、魔力を持たない民がいたとも伝えられているけれど……」
「いや、シャルル。彼女の力はあまりにも異質で、我々とは異なる。この世界の法則に従わぬ存在。まるで我らと異なる世界からやってきた人のようにな」
しばらく沈黙の時間が過ぎる。
そして先に口を開いたのは、シャルルだった。
「このところデギル教もあちこちで蠢動しているようだし、東の国の動きも気になるね」
「リヤウス教と帝国がほぼ同時に誕生してから三千年。各地で多少形態に違いはあろうと、この大陸にあまねく信仰は広がった。だがその歪みはあちこちに出ている。もちろんそれは帝国も同じだが」
「クローヴィス。あまりめったな事は言わない方が……」
「お前だけだ、シャルル。こんなことを言うのはお前にだけさ。それに帝国も皇帝も、リヤウス教団の操り人形にしかすぎない事は、この国の人間なら子供でも知っている」
「魔族やデギル教徒の活動が活発になっている事。彼女のような存在があらわれた事。これらは偶然だろうか?」
「さて。情報が集まらないうちに判断を下すのは早計だと思うがな。ただいずれにせよ、面白くなりそうだな」
皇子は、ひっそりと笑みを浮かべた。
(第一章 帝国高等学院入学編 完)
読んでいただき、ありがとうございます。
これにて第一章は完結となります。第二章は準備中です。
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