039 【リーリア視点】気に食わないあいつ
最初から気に食わなかった。
「関係ないよ。高等学院の敷地内においては、リヤウス神の名において、貴族も平民もどの種族であろうと平等だ。門の横の石板に設立理念が刻まれてるだろ」
貴族に対面した平民は二種類に分かれる。
やたら媚びるか、隠された敵意をむき出しにするかだ。
だがその女はいっそ堂々と主張した。
成人男性をしのぐ背丈に、黒髪に鋭い目。
その顔には一片の怯えもやましさもなかった。
きっかけはこちらの馬車が、とある矮人族の少女と接触してしまった事だった。
通常こういう場合は平民側が謝罪するものだ。
ただ客観的にみれば、こちらに非がある。
ここは一つ、大貴族の度量というものを見せておくべきだろう。
「そう。わかったわ。あらためてお詫びするわ」
続けて私は言った。
「あなたは?お名前をきいていいかしら?」
「セシル。セシル・シャンタルだよ」
「私は、リーリア・ド・クレルモンよ。あなたたちに学問の神のご加護がありますように。それでは」
セシルという女は恐れ入った様子もない。
(生意気な奴……)
だが結果としてそのセシルは高等学院に合格し、私は同級生となってしまった。
私は神聖ルディア帝国のクレルモン公爵家に生まれた。
一人娘だった私は、幼い頃から当主になるべく教育を受け、勉強や魔術に励み努力してきた。
私がクレルモン家に伝わる神器、炎の神アッシャの槍を使える事がわかると、お父様は喜んでくださった。
だが母はいつも言っていた。
「時には立ち止まる事も大事よ」
どういう事だろうか?
私にはよくわからなかった。
私は名門貴族の当主になるのだ。
多くの人に責任のある立場になるのだ。
遊んだり怠けている暇などない。
しかし私が高等学院に入学する直前、母は亡くなった。
医療はもちろん治癒魔法といえど、万能ではない。
怪我はともかく、病気には効果は薄かった。
「もう少し自分の事を考えてもいいのよ、あなたは」
それが私にかけた最後の言葉だった。
死ぬ間際まで自分の事ではなく、娘の事を案じていた。
そして初めてどれほどの心の柔らかい部分を母に依存していたのかわかった。
父が私に厳しくあたり過ぎた時は、母がさりげなくとりなした。
私の教育方針をめぐって、父と母が密かに口論していた事もあったらしい。
私はそれに気づかなかったのだ。
それから私はどこかおかしくなり、集中力を欠くようになった。
その頃だった。
あのグレゴリが私に近づいてきたのは。
そしていつのまにか私は炎の魔法が使えなくなっていた。
後から知ったが、それはデギル教徒の使う暗黒魔術「邪眼」と古代遺物によるもののようだった。
だが結局、彼の力では私を完全に支配はできなかった。
その事に関しては、思い出したくはない。
私は母が亡くなって調子が良くないのだとごまかした。
お父様にも知られないよう気をつけた。
失った力を取り戻すべく、学院の研究者や、あやしげな占い師にまで頼った。
そしてある日たまたま、貧民街にある占い師の館から出てきたところ、暴漢に遭遇する事になった。
そこにはあの女とマルスやエマという生徒がいた。
どうやら貧民街の孤児院で奉仕活動をしていたらしい。
私の件に関しては、結局は自分の身を守っただけということになったのだが……
だがあのセシルは、これ以上余計な事をするなという教官たちの言葉に猛然と反発した。
「あの子たちには可能性があります。それぞれのやりたい事や夢があります。人は誰しもなりたいものになれる自由があるはずです。だから私はその手助けをしたいのです」
自由?
それは秩序に背を向け、混沌を良しとするデギルの思想ではないか。
私はセシルに反論した。
だがどことなく心の奥がざわめくのを感じる。
もしかして私は間違っているのだろうか?
この神聖ルディア帝国において、教団、皇帝家、貴族、平民、それぞれが分を守り、それぞれの役目を果たす。
それこそがこの世の平和と秩序を保つ道だ。
私はそう教えられてきたし、心からそう信じている。
そして私が炎の魔術を使えない事が、とうとう学校の皆にあきらかになった。
私の周りの人は離れて行った。
お父様も失望させた。
「今のお前には価値が無い」
その言葉に私は黙ってうつ向いている事しかできなかった。
みな遠巻きにし、腫れ物に触るように私を扱った。
だがあの女だけは、顔を合わせると何事もなかったかのように接してくる。
私を見下し嘲笑っているのだろうか?
いや、あいつは変わらないのだ。
いつでも、誰に対しても。
そしてあの十月祭での学院占拠事件だった。
襲い来る魔物に対して、私は呆然とするだけだった。
生意気なことに、その私をセシルはしかりつけた。
「価値なんて誰かに決められるものじゃない」
「でもわかる事はある。下を向いて立ち止まっても、何も起こらない事は。何もせずに不運を嘆いていても、苦い後悔の思いしか無い事は」
あの女は一体どのような経験をして、何を見てきたのだろう?
あいつだって私と同じ年の少女にしかすぎないのに。
あいつに言われた通り、私は呪文を詠唱する。
身体に魔力がみなぎるのを感じた。
だがその時私の心に浮かんだのは、亡くなった母の姿だった。
私の心は炎で満ちる。
気づくと暗黒魔樹は焼き尽くされていた。
それから色々あって、学校の占拠事件は解決した。
グレゴリはデギル教徒と手を結んでいたらしい。
大灰色猿はセシルが倒した。
いったいどのような魔術を使ったのかと学校中の評判になった。
リヤウス教団の秘密だそうだが。
ともかくあいつのおかげで私は炎の力を取り戻したと言えなくもない。
事件での活躍で、年度末には銀のメダルが授与されるだろう。
お父様も喜んでくださった。
その点に関しては、感謝してやってもいい。
だがあいつは、金のメダルと監督生にのみ許される黒いガウンと水色のベストの授与が確実視されていた。
あんないい加減なやつに好き勝手させていたら、この伝統ある帝国高等学院と、神聖帝国はどうなってしまうのか。
あいつは、私が聞いた事の無い言葉を話し私の心を乱す。
あいつを見ているとなぜか胸の鼓動が速くなる。
視線を向けられると、頬が熱くなる。
時折出会うと、なれなれしく話しかけてくるが、その顔を正視できない。
私は一体どうしてしまったんだろう?
ちゃんと毎日運動して規則正しく食事をし、お風呂も入って、睡眠時間も十分とっている。
そして後期試験が終わったある日。
私は帝都にあるクレルモン家の邸宅にいた。
「ねぇシモーヌ、聞いてほしい事があるんだけど」
悩みや秘密を誰彼構わず話すわけにはいかない。
『上に立つものは、好かれる必要はない。むしろ恐れられるべきだ』
お父様はいつもそうおっしゃっているし、私もそう思う。
だがシモーヌは私よりずっと年上で、母の代から仕えている気心の知れた侍女であった。
もちろん、セシルの名前は伏せる。
ある生徒を目にすると、鼓動がはやくなり、平常心を失ってしまう事。
ふと気づくと頭の片隅でその人について考えている事。
もしかして病気なのだろうかと悩んでいる事。
それらを話した。
「なるほど。確かにお嬢様はご病気でございますね」
私の話を一通り聞くと、シモーヌは真剣な顔でいう。
「やっぱりそうなの?でもお医者に相談しても、どこも悪い所はないと言われるのよ」
「お嬢様がかかっておられるのは、医の神クレオスにも治せぬ難病だと愚考いたします。ただ愛の神マルテのご慈悲にすがるしかございませんね」
正直よくわからないが、どういう意味かと聞き返すのも癪だ。
「わかったわ。いつもながら、貴女の見識には感心するわ。ありがとう、今日はもう下がってよくてよ」
シモーヌは何やら言いたげだったが、一礼すると部屋を出ていった。
強がってはみたものの、愛の神マルテの病気とはどういうことだろう。
とにかく、あのセシル・シャンタルとかいうやつが全て悪いのだ。
そうに違いない。
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