037 激闘
どうやら、イヤな予感は当たったらしい。
リヤウス教団といえど、聖者の集団ではない。
神官や祭司長、さらには聖女であっても、貴族の血を引くものも珍しくない。
現世において巨大な影響力持つ教団に一族の者を送り込み、便宜を図らせるわけだ。
だがそれにしても、リヤウス教団の中枢にデギル教の手先が入り込んでいるとは、由々しき事態である。
「僕からも聞くよ。なぜこんな事を?あなたは栄誉あるロシュフォールの一族。学業にも魔術にも優れ、将来を期待されていたはず。このような真似をしなくてもよかったはずだ」
マルスがグレゴリに尋ねる。
私はそっと気配を探る。
どうやらこの部屋の周りには人はいないようだ。
エマも皇子も同じ建物の中にいるに違いない。
こちらは人質をとられている。
救援が来るまで時間を稼ぐか、それとも強引に相手を叩き潰すか。
だが救援が来るまで待つと言っても、それまでに相手が人質を殺し、学校を破壊してしまえば意味が無い。
幸い魔法の攻撃であれば、私は無効化できる。
それにマルスもいるし、リーリアも炎の力を取り戻した。
「お前のような平民にはわからんだろうよ。いくら才能があろうが努力しようが、先は見えている。父上のようにな。血筋と神器が使えるかで全てが決まるのだ」
「だからといってあなたにこの学校を、人々を、この国をどうにかする権利は無い」
マルスは落ち着いた口調で言う。
「この国がどうしたと?由緒ある貴族を正当に遇さず、リヤウス教団の操り人形にしか過ぎぬ国に、恩など感じた事もない」
グレゴリの言葉にリーリアが反論する。
「あなたは帝国貴族として、様々な特権を受けてきたはず。恩が無いとは言えたものではないわ」
リーリアの言葉は正論だろうが、そもそもグレゴリはそんな正論など受け入れるつもりは無いようだった。
「最初は学校を拠点にし、暗黒魔樹と魔物の大群で首都を占拠するつもりだったのだけどね。この上はアニエスの杖を手に入れ、クローヴィス皇子には魔神復活の生贄になってもらうさ」
グレゴリは薄い笑みを浮かべて言った。
これ以上話しても無駄だろう。
あとは機会を見てエマ達を救出し、さっさと逃げ出すしかない。
だが先ほどからどうも体の様子がおかしかった。
どことなく息苦しく、思考がまとまらない。
私はマルスとリーリアの方を振り向く。
二人とも青い顔をしていた。
見る間に崩れ落ち、気を失う。
「黒蓮の毒とは案外不便なものでな。密閉された空間でないと、毒の効果も薄いのさ。こいつらにやったように魔術を併用する場合は別だがな」
相変わらず笑みをたたえながら、マルスとリーリアを指さしてグレゴリは言った。
「グレゴリ、お前……」
私は何とか声を絞り出した。
「お前は妙な力を持っている。魔法を防御するリヤウスの加護か?だが黒蓮の毒には抗えなかったようだな。この世にはまだまだ知られていない秘密や魔法がある。リヤウス教徒どもの想像もつかないような、デギルの加護による力がな」
私は自分の肉体を過信しすぎたのかもしれない。
私だって怪我もするし、病気にもなるし、不死というわけではないのだ。
「お前の好きにはさせない。お前だけじゃない。みんなそれぞれ夢がある。やりたい事があるんだ。私だって、いつか……聖女に……」
「聖女になりたいだと?お前に何ができる、セシル。魔法も使ぬお前が、聖女などになれるはずもないだろう。正直聞くたびに笑いをこらえていたぞ」
『あなたに何ができるっていうの?』
前世でよくきいた言葉だった。
『そんな事でご飯を食べられるわけないじゃない。ここに住む人たちはみんな……の会社に入ってちゃんとやってるのよ』
いつ言われたかもわからない、前世の母の言葉。
その時私は何を言ったのだろう?
もはや思い出せない。
私はいつも言葉少なに父や母の言葉にうなづいていたと思う。
私は真面目が取柄なだけで、そんなに頭もよくない。
私の考える事なんて、愚かで大したことないんだ。
良い娘になれば、きっと幸せになれるのだから……
でも今の私ならわかる。
私はあきらめたくなかった。
たとえ何も手に入らなくても、なりたいものになれなかったとしても。
自分の心の奥にある思いのままに、行動したかったのだ。
だが今回の人生もどうやら駄目らしい。
来世があるのかどうかもわからない。
きっと無能のセシルにはふさわしい最後なのだろう。
私は今まで会った人たちの事を思い出す。
マルス、エマ、リーリア、孤児院の子供たち、この世界の母マリア。
私なんかが誰かのために役に立ちたいなんて、大それた望みだったのかもしれない。
(ごめんエマ、ごめんマルス、ごめんねお母さん)
その時過去の記憶が蘇ってくる。
前世を思い出す前の幼い頃の記憶が。
セシルは母が大好きだった。
いつも母の後ろについてまわっていた。
そして幼いセシルはいつも言っていた。
お母さんのようになりたい。
お母さんのような聖女になりたい、と。
(ごめんね夢をかなえてあげられなくて、セシル。小さなセシル……五歳のセシル……)
だがその瞬間、頭の中に突然あの声が響いた。
赤ん坊の頃に、そして五歳の私の頭の中に響いたあの声が。
『緊急事態、機能ロック解除……鋼鉄の体を解放します』
一瞬にして世界が澄み渡る。
私を縛り付けていた、重苦しい痺れが瞬く間に消え去った。
『黒蓮解毒中……鋼鉄の体により、全ての毒は無効化されます』
「マルス、リーリア!」
私は彼らに駆け寄って、腰の小物入れから取り出した黒蓮の解毒剤を唇に垂らす。
顔は少し血色を取り戻したようだった。
だが彼らの症状は魔術によるものであり、これ以上の回復は望めない。
この魔術をかけている者を倒すか、魔法陣を壊すしかない。
私は立ち上がり、水晶の詰まった袋と訓練用の剣を持って、入口に向かうと扉を押し開ける。
部屋を出て廊下を進むと、建物の中央部分の四つの通路が交わる所に大きなホールがあった。
「エマ!」
「セシル!」
ホールの隅の魔力の檻の中に、エマや皇子たちがいる。
グレゴリの姿は見えない。
だが四か所から魔術師らしき集団がこちらへやってくる。
「セシル、気をつけろ!」
「セシル、逃げて!」
エマとクローヴィス皇子の声が飛ぶ。
それと同時に、魔術師達が一斉に魔法を発動した。
火、水、風、土、闇
あらゆる属性の魔法が、刃となって襲い掛かる。
だが全て私の体に触れることなく消え失せた。
私は袋から魔力測定球を取り出すと、周囲に向けて投げつける。
私の投擲をかわすことなどできるわけもなく、魔術師達は足を砕かれて倒れこんだ。
動きをとめたところを近づいて、ベルトで縛り上げ、魔術具を取り上げる。
抵抗しようとした奴は当身で気絶させた。
殺す気はないが、あんな危険な魔法を人に向けて放つ奴らには、容赦は無用だった。
「セシル!それ魔力測定用の水晶でしょう?高いんだよ、それ。いいものだと家が建つくらいの……ねぇ、もったいないよぉ。投げるのやめようよ」
「大丈夫だよ、エマ。これは破城槌でも砕けないし、聖級魔術師でも壊すのに一日がかりだってさ」
前方に目をやるとグレゴリがいた。
「な、なんだ……これは。障壁?吸収結界?いや、お前は魔法を使えないはずだ。なんだお前は……なんなんだお前は」
グレゴリはしばらく呆然としていたが、踵を返すと逃げ出した。
ちょうど投げるための水晶も切れたので、あえて追わずに、私はエマ達のもとに駆け寄る。
「この檻はどうしたら?」
「わからんが、あそこの壁にかかっている絵の後ろに魔法陣がある。あれを壊せば何とかなるはずだ」
クローヴィス皇子が答える。
「でも魔法じゃないと解除できないんでしょう?」
「いや、物理攻撃でもとにかく破壊すれば効果は失われる。普通は無理だが」
「早く言って下さいよ、そういう事は」
ひょっとすると、皇子は一人なら逃げられたのかもしれない。
他の生徒たちのために、あえて囚われの身となったのだろうか。
私は壁にかかっていた絵を外す。
そしてそこにあった魔法陣に、思いっきり拳を叩きつけた。
魔法陣は壁ごと粉々に砕ける。
エマ達の魔力の檻に変化はなかった。
だがマルスたちの様子を確認しに行くと、ちょうど目を覚ましたところだった。
「マルス、リーリア。あの魔術師たちをお願いね」
「皇子たちは、どこに?」
「こっちだよ」
私は二人を案内する。
「この檻はちょっと、私たちでは」
リーリアが言う。
マルス、リーリア、クローヴィス皇子やエマ達も、檻を破壊しようとしたがだめだった。
ただやはりというべきか、私は何も無いように檻の中に入れた。
そして、当然ながら中の人を引っ張り出すのは無理だった。
本来なら全員の力を合わせれば、魔力の檻を壊せたのかもしれない。
だがさすがに戦い続きで、マルスもリーリアも魔力を消耗しているらしい。
黒蓮と魔術によるものだけではなく、顔に疲労の色が濃い。
その時外から声が聞こえた。
「もう容赦はしない。お前たちには全て消えてもらう」
私は壊れた壁から外へと出る。
それはちょうど実習場だった。
中央にグレゴリが立っている。
学校の校内の各所から紫の光の筋が、グレゴリに集まっていた。
私は彼を指さして言った。
「大聖女アニエスの名において。私の進む道を邪魔するお前は許さない。この学校もみんなも、私が守る!」
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