031 屋外実習
あれから順調に事は運んでいった。
パンの売れ行きは好調であった。
「そろそろ新メニューを考えようかな」
「前に言ってたよね、セシル」
最近はガバロの息子さんも、週一回手伝いに来てくれる。
ただこれ以上手を広げると、当然私たちだけではできない。
勝手にやってよいものかもわからない。
とりあえず夏に帰省した時に母に相談してみよう。
それにしても、リヤウス教団の運営というのはどうなっているのか。
ちゃんと運営費がもらえるなら、私ごときがでしゃばる必要はないのだが。
パン作りと販売は、今や私の手を離れた。
私は子供たちに勉強を教えたり、一緒に遊んだりする。
たまにはお菓子作りをしたりもする。
意外なことに、この手の事は、エマよりもマルスの方が得意だった。
小さい頃、母親の手伝いで料理・裁縫など一通りは覚えたらしい。
「包丁も刺繍針も、あたしの言う事きいてくれないんでね」
とエマは言う。
貴族ではないとはいえ、エマは富裕な商人のお嬢様であるからして当然なのかもしれない。
こまごました事は、使用人がやるのだろう。
孤児院のロンは中等学校を出たら働くのだという。
「いっぱい働いて、いっぱい稼いで、この孤児院を建て替えるんだ」
ロンはそう宣言する。
この世界では十歳で小学校を卒業すると同時に働きに出る人もいるらしい。
中等学校を出られるだけでも大したものだ。
何もそんなに急いで働きに出る必要もないだろうと、前世の意識がある私は思ってしまう。
本当は上の学校に行きたい気持ちがあるのではないのかと、感じないでもない。
だが彼が決めた事なら何も言えなかった。
まだまだ私だって、自分一人の運命すらままならない子供だ。
あまり同情しすぎない方がいいと、マルスも言っていたし。
もちろん子供たちと遊んでばかりいたわけではなかった。
私は図書館にも通ってみた。
地理、歴史、魔術、知りたい事は山ほどあった。
この世界や国の仕組みはどうなっているのか。
建国伝説、この世界の神々、十二の神器、リヤウス教の起源、帝国の制度や皇族や貴族たち。
貴族の家紋や家系図が載った本を見ると、学校で聞いた事がある姓が一杯あった。
さすがは高等学院と言うべきか。
さらにはデギル教と様々な魔術、魔物や魔族に関する事も勉強する。
自分が魔法は使えなくても、いつか役に立つかもしれない。
ロマンス小説のようなものはないかと探してみたら、思ったような物語は存在しなかった。
神話や伝説をもとにした恋愛小説みたいなものはあったが。
相変わらず呪文を覚えては詠唱する練習を一人でこっそりと続けている。
そんなある日、夕食後に私は呼び止められる。
「セシルくんちょっと」
それは監督生のグレゴリと、副監督生のクローヴィスだった。
私は談話室へと連れていかれる。
話は、あの誘拐事件についてだった。
ゴランは人身売買や禁制品の密輸にまで手をそめていたらしい。
おそらくは彼を操っていた者達がいるはずだが、あの魔術師たちの正体ともども真相は今のところ不明。
ガバロとその仲間の団員たちは、悪党をとらえるのに功績があったとして罪は不問とのことだった。
「ところで、まだあの孤児院に行っているそうだな」
クローヴィスが言う。
「ええ。奉仕活動の授業ですから」
「あまり余計な事をするのは感心せんな。この前の様な事もある」
「貧しい人々に施しを行うことは、天国へ財を蓄えること。そうアニエス様もおっしゃっておられます。私は、聖女を目指しておりますので」
そもそも教団なり帝国なりが、きちんとしていれば、私ごときがでしゃばる必要もない。
本当はそう言ってやりたいところだ。
「君は魔法が使えないだろう?そんな人間がなぜ聖女になれるんだ?」
クローヴィスは冷然とした口調で言う。
「いえ、聖女になるのに魔法が使えるかどうかは必須ではないはずです」
「それはそうかもしれないが、聖女は多くの人に対して責任がある。治癒や浄化、退魔の魔法を使えなくて、どうやって人々を癒し守るのだ?今回ならず者たちを制圧できたのは、たまたま運が良かったにすぎん」
クローヴィスの言葉は重かった。
確かにそうかもしれない。
私一人の身ならどうにでもなるという自信はあったが、そういう問題でもないだろう。
「まぁまぁ、副監督生。セシルくんの決意は僕は素晴らしいと思うよ」
グレゴリのとりなしで、その場はおさまった。
そして魔法が使えるか使えないかが、この世界においていかに重要か、私は知ることになる。
七月の終わりは前期試験があり、そのあとに屋外実習である。
これが終われば夏休みだ。
試験は何とかなった。
まじめにこつこつとやるのだけは元々得意というか、それしか取柄はない。
この世界特有の知識は覚えなければならないが、元々勉強は苦手ではない。
問題は屋外実習である。
これは別の寮の人間を含む数人でパーティーを組む演習である。
場所は学外の北の演習場だった。
やることは簡単だ。
皆で魔物を連携して倒す事。
指定の属性の魔法を使う事。
私たちのパーティーは、私、エマ、マルス、リーリア、そして監督生のグレゴリとなった。
エマとマルスが一緒なのは、面倒な奴に分類されているからかもしれない。
だが、リーリアが一緒なのはよくわからない。
「よろしくね」
私はにこやかに挨拶する。
リーリアは冷たい目でこちらを見ただけだったが、私は気にしないことにする。
「こういうのはじめてだね、セシルとは」
エマがうきうきとした声で言う。
まだまだ私たちは、戦闘者としてはひよっこである。
基本的な魔法と武器戦闘の連携の訓練だ。
二年生になったら、使い魔というものの実習があるという。
異界から精霊を呼び出したり、神獣と呼ばれる生物を使役したりするという。
さらには魔物の討伐訓練、迷宮探索、古代遺跡の探索などもある。
魔物の弱点や倒し方等は口頭で教えられる。
だが戦闘訓練は私たちがまだ一年生という事もあり、ダミーの人形だったり、教官が作り出した害のない魔法生物のようなものが相手だ。
魔法で足止めしたり、範囲魔法に巻き込まれないような戦術だとか、次々とカリキュラムがこなされる。
私は魔法は使えないので結局は剣でのとどめ役だ。
というかそれしかできない。
だが授業の最後に、一人ずつ魔法でとどめを刺すという課題が出た。
魔法を使えるものは、得意な属性はあるものの、ある程度は全ての属性を使える。
各属性を極めても、他の属性が使えなくなるということはない。
「では、炎魔法をやってみましょう。まずはセシル・シャンタルさん」
私の事は知っているらしく、どこかあきらめた口調である。
魔法が使えない事で有名だからだろう。
「わかりました。では……わが手に出でよ熱き炎よ、炎の神アッシャとの古の契約によりて……」
「はい、わかりました。あなたはいいです。つぎ、リーリアさん」
当然ながら何も起こるはずもなく、私の詠唱が終わる前に、教官は言った。
何でお前がこの学校に入ってきたのだと言わんばかりである。
せめて詠唱が終わるまでは待っていてほしい。
そもそもこんな基本呪文など、普通は詠唱なんてしないけれど。
(あーあ……やっぱりこの授業は減点かなぁ)
果たして単位を貰えるのかどうかが気にかかる。
ふと周囲を見ると、なぜか他の生徒が集まってきている。
興味深そうにこちらを見ていた。
リーリアは、教官の作った魔法生物の前にたたずんでいる。
半透明なスライムのようなものだった。
「……できません」
「どういう事ですか?」
「もう、炎の魔法は使えないんです。原因はわかりません」
教官は私の時以上に、眉をしかめて難しい顔をしていた。
周囲はざわついている。
生徒たちは何やらひそひそと話していた。
「……やっぱり」
「炎魔法が使えなくなってるって噂は聞いたけど……」
「クレルモン家で炎魔法が使えないんじゃ、神器も扱えないじゃん」
そんな声が聞こえてきた。
「リーリアは炎の力を失っている」
その噂はたちまち広まった。
魔術師にはたまに原因不明のスランプに陥ることがあるらしい。
また子供の頃に優秀であっても、大人になってその力を維持しているとは限らないという。
前世でいうところの、二十歳過ぎればただの人というやつだろう。
というわけで、リーリアはあっという間に学年のトップカーストから転がり落ちる。
しかし転げ落ちた人間には、皆残酷なものだ。
私からすれば、魔法を使えるだけでも凄いと思う。
私としては、今回の実習はなんとか合格点をとれただけ良しだ。
他の人間との連携は褒められた。
クレルモン公爵家には、炎の神アッシャの力を持つ神器が伝わっているという。
三大公爵であるというクレルモン家にも、それなりに反感を抱いている人間がいるのかもしれない。
知識として知ってはいたが、魔神ザイターンを倒した十二の神器を使えるというのは、凄いことらしい。
この国の建国とリヤウス教の成立にかかわるのだから、当然かもしれないが。
さしずめ魔法の使えない私は論外というわけだろう。
いつもならリーリアの周りに群がっている取り巻きたちが、一人残らずいなくなっているのは、少し気の毒に思えるほどだ。
彼女も私なんかに同情されたくはないだろうが。
そして夏休みになり、エマは実家に帰り、私は故郷へと帰省する。
マルスは帝都にいるつもりらしい。
家族の事は話さないし、私も聞かなかった。
基金生徒ということは、さほど裕福な家とは言えないのだろう。
「おかえり、セシル」
「ただいま、お母さん」
母マリアの顔を見ると、自分でも思いもかけないほどほっとする。
前世を含めて、血はつながっていなくても私が母と呼べるのはこの人だけだと感じる。
私は母に学校の事、そして孤児院の事を話す。
「余計な事かもしれないけど、リヤウス教団の本部に連絡してみたの。ただ教区長に任せているから、そこまでは口出しできないって」
「そうなんだ。ありがとう、お母さん」
なにやら大人の世界には色々な事情ががあるらしいのは、わかる。
そして私が考えていた、ジルニの粉とレモンを使った炭酸水、そしてスポンジケーキの試作品を母と一緒に作ってみる。
うちには窯があるのが便利だった。
「いいと思うわ。でもどうしてこんなものを考えついたの?」
「おかあさんに教わったものだよ。図書館で文献を調べたりして……それでちょっと工夫してみただけ。うまくいったのは偶然だよ」
「そう。えらいわね、セシル」
表情を見る限り、母はさほど不思議に思わなかったようだ。
誰かに真似されるのではないかと私が言うと、教団の本部で、製法の登録をしてくれるという。
特許権のようなものらしい。
馬のヴァレリーや村の人たちとも数ヶ月ぶりに会って交流を楽しんだ。
それから私は母と一緒にリヤウス教団の本部まで行く事になった。
本部は帝都の東方にあるという。
カンブレーからだと、帝都と同じく十日くらいである。
製法の登録は、炭酸水の製法、ケーキやパンにジルニの粉とレモン汁を入れて膨らませる方法の二つだ。
こういった権利の管理は、帝国が行っている。
私はまだ学生なので、母との連名で行う。
別に個人でもできるが、教団経由でした方が色々と便利だそうだ。
今までの経験から、私もそれが一番だろうと思った。
とはいえ実際に作ったとして売れるかはわからないし、製法を独占するのが良いことなのかはわからない。
想定以上に売れてしまい、生産が間に合わなくなる可能性もある。
まさか私がいちいち手作りするわけにもいかない。
「もし本格的に作って売るとなると、商人さんの協力が必要でしょうね」
母もそう言った。
誰かに任せた方が良さそうだし、場合によっては、権利を与えて売上のいくらかをもらうという方法もある。
この手の事には、エマという相談できる友人がいるのがありがたい。。
そして母は、カンブレーの村に帰り、私は学校へと戻る。
その前に、ちょっとした帝都観光をする。
「久しぶりだわ、懐かしいわね」
母と一緒にちょっとした旅行なんて初めてだった。
「お母さんは、十月祭は帝都に来るの?」
「今年は事情があって、教団本部に行かなきゃいけないの。帝国の騎士団や魔術師団も来ることになってて。ごめんね」
「ううん、全然!来年の春にはまた帰れるし。誕生日カード送るね」
母の誕生日は十月十日で、何と聖女アニエス様と同じである。
母はそのことを恥ずかしがっていた。
私は母と別れて、学校の寮へと戻る。
夏休みも、図書館や食堂は解放されていた。
エマの家に遊びに行ったり、マルスと剣術の練習をしたり、授業期間ではないが孤児院訪問も続けた。
エマの家ではエマの父親を交えて話をした。
マルスとは互いに技を教え合う。
時々意識を集中して、頭の中に語りかけてみた。
だが転生した時と幼い時に聞こえた声は、相変わらず聞こえなかった。
全てが順調だった。
いくら練習しても魔法が使えない事以外は。
そしてあの十月祭がやってきた。
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