025 はじめてのお仕事
「すいません、もう売り切れで。ごめんなさい」
エマの店の一角を借りた売り場で、私は何度目かの謝罪をしていた。
「早く!待ってる皆に事情を説明して」
エマが店員へ指示を出しつつ、自分も集まったお客へ応対する。
従業員たちは売り切れの看板をもって、説明にまわる。
「なんだよ、早く言えよ」
「食べたかったなぁ」
そういいながら集まっていた人々は散っていった。
最初からそうすれば良かったのだろうが、思わぬ売れ行きと一斉に押し寄せた人に、私自身も少しパニックになっていて、そこまで思い至らなかった。
実際のところどれくらい売れるかなんてわからなかった。
学校の実習室を借りたので、そんなに大量にはつくれない。
庶民がよく食べるパン用の下級の小麦粉と、中程度のランクの小麦粉のものと二種類を十個づつ作った。
黒みがかった下級の小麦粉のものは、あまりふわふわにはならず、どちらかといえば、サクサクとした触感だった。
万一売れ残っても、子供たちにあげるか、何なら私一人で二十個なら食べられる。
そういう雑な計算を悔やむしかなかったが……
教会や孤児院で売る事もできた。
だがあのあまり治安の良くない場所では、来る人も限られるだろう。
時間をかけて宣伝していけば、それも可能であったろうが、なるべく早く結果が欲しかった。
というわけでエマの提案通り、彼女の実家のお店の一角を借りることとなった。
「いやぁびっくりですねぇ」
マルスがのんきに言う。
きっかけはこの男だった。
最初は当然注目されずに売れなかった。
そこでこの男が、歩いている女の子に声をかけた。
『ヘルトリングの新作なんです。よかったら試食しませんか。リヤウス教会が作っているので安心ですよ』
ヘルトリングとはエマの父親の店名というより経営する商会である。
帝都では一般の人にも知られている名前らしく、最初は警戒していた女の子の表情も、名前を聞いたとたんに少しゆるむ。
それにマルスはどちらかといえば中性的で優しい顔立ちで、異性に安心感を与える雰囲気がある。
女の子は少しおっかなびっくり、試食用のパンに手を伸ばした。
『おいしい』
『よかったらおひとついかがですか?』
『この、ふわふわのパンがこの値段で買えるんですか?』
設定した値段は普通のパンの値段の倍ほどだった。
最初私は安く売り出そうとしたのだが、エマに反対された。
周りとのバランスでこうしたほうがいいというので、その値段になった。
マルスにすすめられて、その子はパンを購入する。
おいしそうにほおばる姿に、友達らしき別の女の子が話しかける。
そしてその子もパンを買い、その姿を見ていた周囲の男たちも買い、たちまち人だかりができ、あっという間にパンは売り切れてしまった。
「凄いよこれ。絶対うまくいくよ!」
「うん。色々ありがとう、エマ」
エマは興奮気味だった。
私よりも嬉しそうだ。
私の故郷では、村で共同のパン窯があって、大体がパンは自分たちで焼いて食べる。
村長や私の家では個人で持っていたが。
都会ともなると、独身者の世帯も多く、昼食に買って食べる人もそれなりにいるらしい。
彼らがいつも食べているのは、もっと硬くてまずいパンだそうだ。
手が出ない値段でもなく、上級貴族が食べる物に近いパンが買えるとなれば、それは飛ぶように売れるのも当然だったのかもしれない。
物珍しさもあったろうが。
「もっと作っておけば……ていうか、値段ミスったかなぁ。もうちょっと高くても売れるよね」
「まぁそんなに欲をかいても。教会が売るものだからね」
少し残念そうなエマに私は言う。
「おお。調子はどうかな」
馬車から降りてきて私たちに話しかけてきた人物は、もちろんエマの父のヨゼフだった。
店員たちは、あわてて礼をする。
「大人気だよ、お父さん!ありがとう」
「お世話になります。このたびはありがとうございました」
私はヨゼフに頭を下げる。
普通であれば、何の伝手もない私に、商業地区の一等地で販売することなどできなかったろう。
「いやいや。困っている人達を見捨てることなどできませんからな。私はこれでも元東方派で、リヤウス教の忠実な信徒ですので」
エマは父親に抱きつく。
ヨゼフは顔をほころばせた。
だが私はエマの父親の言った事を、言葉通りに信じてはいない。
リヤウス教団の持つノウハウや情報、資金力に政治力。
それは商人にとって無視できないものだろう。
今も教団と取引はあると言っていた。
さらに私の母は聖女であり、教団の中で特別な地位にいる。
この機会にもっとつながりを強め、恩を売るという思惑もあるだろう。
何しろ善良で人が良いだけの人物が、一代で帝国有数の商会を作り上げられるはずもない。
私の大人としての思考がそう思わせる。
しかしそういった打算なら、私はまだ理解しやすかったし、受け入れやすかった。
どのみち私に商売は無理である。
多くの人の役にたつのなら、それが一番良い事だった。
そして次の週からは、孤児院の改修が始まる。
「あの、そんなに資金も……とりあえずは、パン窯の修理だけで私たちは」
施設長のファイーナは少しおどおどしながら言う。
「いやいや。これは困っている子供たちのためですじゃ。わしらも皆、東方派の忠実な信徒。ぜひわしらの奉仕を受けてくだされ」
エマの祖父オラフが言う。
そのあと色々やりとりがあった結果、施設全体を修繕し、お金はある時払いの催促なし、ということになった。
「すごいすごい!」
「ねぇねぇ、この壁がなおるの?」
子供たちはなにやら、浮き立っている。
多くの材料が運び込まれ、多くの人たちが集まっている。
いつもは静かな孤児院にとって、ちょっとしたイベントのようなものなのかもしれない。
工事の前に、東方派の神であるダナと、かまどの神イリーラに祈りがささげられる。
今回はとりあえずは、パン窯の修理からということだった。
扉や壁、屋根等は、下調べだけして後回しだ。
パン焼き窯は開口部が横にある方式だった。
エマとオラフが何やら話し合っている。
目の前に小さな煉瓦があった。
エマが目を閉じ、何やら呪文を唱えている。
「ふむ、便利なものじゃな」
オラフが目を細める。
どうやら土魔法の一種らしかった。
充填剤をすばやく乾燥させ、強度を高める。
あるいは細かい細工などもできるらしい。
「すごいね、エマ」
「魔法使わなくてもできるんだけどね。なるべく早く完成した方がいいと思って」
今まで気にしていなかったが、高等学院に来るからには、エマも当然ながら魔法が使えるのだろう。
というより入学するからには、初歩の魔法は使えて当たり前なのだろう。
とたんに彼女が羨ましくなってしまう。
「あの……私にも何か手伝う事あったら」
「大丈夫だよ、セシル」
「いや、でもさ」
それでも言葉を重ねる私に、
「ああ……ではあの砂袋を運んできてくれんかな」
とオラフは言う。
私は外の荷車に急いで駆け寄った。
荷車ごと持ち上げ、そのまま戻る。
「いや、いっぺんに持ってきてもらっても。一袋ずつでいいぞ」
「あ、はい。ごめんなさい……」
手伝いを頼んだのも、私の気持ちに配慮してくれたのかもしれない。
窯の修理なんてしたこともない。
かえって邪魔になってもいけない。
ということで、私は薬草園の整備や子供たちの相手をする。
「お姉ちゃんすごい」
「力持ちだねぇ」
「あはは。まぁ、昔からなか」
興味深々の男の子たちに対して、適当に言葉を濁す。
そして時々作業の様子を見に行った。
子供たちの世話も立派な仕事だ。
というより、こういうのが本来の奉仕活動に違いない。
そう感じつつも、私は何やら割り切れない思いを抱いていた。
web小説の主人公ならこういう時に、前世の知識だの魔法だのを駆使して、華麗に物事を解決するのだろう。
私は肝心な時に役立たずではないのか。
そんな思いもよぎる。
(無能のセシル……か)
一部で呼ばれているらしいあだ名を呟く。
物語のように、かっこよく活躍するなんて、なかなかできないものだった。
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