023 エマの祖父母
「ちょっと自宅に寄ってから帰る。寮長先生には言ってるから」
エマはそういって、私たちと別れた。
「なんかさ、巻き込んじゃってごめんね」
学校へと帰る馬車には、私とマルスしか乗っていなかった。
どことなく沈黙に耐えられず、私は彼にそう話しかけた。
「さっきも言いましたけど、まぁ乗りかかったなんとやらですよ。それよりセシルさんはどうして高等学院を選んだんですか?」
「おかしいかな?」
「そんな事もないですけど」
高等学院に来る人間で魔法が使えない者はまずいないのだから、それは当然の疑問かもしれなかった。
私自身の心も完全には整理はついてはいない。
それに前世のことを話すわけにもいかなかった。
「あのね。私の生まれたのは、地方の小さな村でね」
私はマルスの問いには直接は答えず、今までの生い立ちを話し始めた。
聖女マリアの子として育てられ、皆に可愛がられたこと。
美しい自然、優しい村人たち。
だが必ずしも全員が豊かではなかった。
自分のやりたいことや、進みたい道をあきらめなければならない人達もいた。
そして母が聖女であり、聖女の力で多くの人を助けていたこと。
私も母のようになりたいと思ったこと。
「だからね。自分がやりたいこと、自分が好きな道に進んで欲しいんだ。全員は無理だとしても、私のできる限りは、力を貸したいと思ってる」
しばらく沈黙の時間が流れた。
やがてマルスが口を開く。
「そんな事言う人は、初めて会いましたよ」
「そうかな」
確かに私の考えは、この世界の人間としては異質かもしれない。
大抵の人は、親の仕事を継ぎ、生まれた土地に一生縛り付けられて終わる。
それがイヤなら野垂れ死に覚悟の冒険者になるか、暗黒街の人間にでもなるか。
現代日本のような職業選択の自由など、ほとんどない。
たとえ貴族であったとしても、自由など無いだろう。
それが当たり前のことであり、この世界の常識だった。
「でも……僕はそういう考え方は好きかもしれないです」
マルスは馬車の進行方向を見ながら言った。
「ありがと」
自分の内心を打ち明けすぎてしまったかもしれない。
しかし考えてみれば、私はマルスの事は何も知らない。
いささか、順序が逆かもしれないが、私はたずねてみた。
「ところで、マルスはなんでこの学校に来ようと思ったの?」
「僕は……まぁ色々あって」
マルスは口ごもる。
「いや、別にいいよ。マルスが話したくなった時で」
ちょっと急に距離をつめすぎたかもしれない。
私はあわてて言った。
「すいません」
「別に謝ることじゃないじゃん」
そうこうしているうちに、学校へとたどり着く。
担当の教官に、今日の報告をしたあと、マルスと別れた。
エマはまだ帰っていなかった。
私は入学してから珍しく、一人で夕食をとることになった。
エマが寮に帰ってきたのは、門限ぎりぎりになってからだった。
「ねぇ、セシル、明日ひまだったら付き合って欲しいんだ」
ノックもそこそこに、私の部屋に入ってきたエマは、いきなりそう言った。
「もちろん、いいよ。なに?」
「おじいちゃんのところに行こうと思うの。前に話したっけ?」
そういえば、聞いた気がする。
エマの祖父は鍛冶屋らしい。
といっても農具や家具、武器まで、様々なものを作る職人だという。
孤児院のパン窯の修理で協力を求めるのだという。
「なんて言っていいかわからないけど……ありがとう」
「いいの。おじいちゃんもきっと、喜んで協力してくれるから」
ということで翌朝、私たちはエマの祖父の家へと行くことになった。
寮に外出願いを出して、帰宅時間を告げる。
意外とあっさり認められた。
平日以外はあまり厳しくはないらしい。
エマの実家の馬車が迎えに来ていた。
帝都アッシュールの郊外にあるという。
馬車で二時間と遠くはない。
考えてみれば、帝都へ来てから、外出らしい外出をしていない。
この街のことなど何も知らないに等しい。
ちょっとした小旅行を楽しむ。
「あそこが、商業地区。うちの店もあるの。一番有名なのがエルドリック市場かな」
「へぇー、行ってみたいなぁ」
市場と言っても六階建ての建物で、いわばショッピングモールのようなものらしい。
穀物、野菜、ワイン、雑貨や織物の店が立ち並ぶ。
香辛料や絹、珍しい魔物の素材。
魚市場では水道橋から水がひかれ、魚が泳いでいる水槽まであるという。
「あれが、中央広場だよ」
「すごくたくさん人が歩いてるなぁ。ねぇねぇ、エマ。今日はもしかしてお祭り?」
「違うよ。月に一回市があって、その時はもっと人が多いし。十月のアニエス祭はもっともっと凄いよ」
私はすっかりお上りさんの気分であった。
故郷のカンブレーの村などとは比べ物にならない。
前世の私が住んでいた地方都市よりにぎやかだろう。
何しろ人口が百万人もいるのだ。
馬車は郊外へと進む。
そうこうしているうちに、目的地へと到着した。
「おじいちゃん!」
エマの祖父の家は、広い敷地の木造建ての二階屋だった。
煙が立ち上る平屋建ての建物が、周辺にある。
「よくきたな、エマ」
皺深い顔に、白いひげもじゃの顔。
いかにも典型的な矮人族であった。
傍らに寄り添うのは夫人だろう。
「おじいちゃん、おばあちゃん、紹介するね。学校のお友達。セシルっていうの」
「はじめまして」
私は軽く頭を下げる。
「おお、孫がお世話になってますじゃ」
「ゆっくりしていってね」
祖父がオラフ、祖母がニコラというそうだ。
二人ともにこにこして私をむかえてくれた。
私はそっと二人を観察する。
私を見る目に、おかしなところは感じられない。
入学してから実感したが、私はかなり目立つ。
あちこちから視線を感じる事がある。
少女にしては高すぎる身長、鋭い目つきと牙。
人族には見えないのだろう。
だがエマの祖父母からは、奇異な視線は感じなかった。
私は、そういうものだと思ってもらえたのかもしれない。
「さて、大体の話は昨晩届いた手紙で読んでいるが、あらためて話してくれんか」
「では、私から」
私はちらりとエマを見る。
エマは軽くうなずいた。
私は事情を話した。
「うむ。そういう事なら是非とも協力させてもらおうかの」
「ありがとうございます」
「ありがと!おじいちゃん。それでね……」
石材がどうとか、職人の手配がどうとか、私にはよくわからない。
「あの……そんなにお金も払えないかもしれないので……その」
私は何とか口をはさむ。
二人は何を言っているのだという目で私を見た。
「金のことなど気にせんでええ。わしらもリヤウス教の信徒であるしな」
「そうよ、セシル。あの子たちを見捨ててはおけないわ」
「は、はぁそうですか。でも……」
「実はわしらは、東方派の信者でな」
私の言葉にオラフがこたえる。
確かにエマはそう言っていた。
オラフの胸元には、ファイーナと同じ東方派の紋章が刻まれたペンダントがあった。
「わしも初めてアッシュールに来たときは色々苦労してな。その時に助けてくれたのが東方派の教会と信者たちじゃった。今度はわしが恩返しをする番じゃ」
オラフは続けて過去の出来事を色々話してくれた。
東方派は人族以外の信者が多いと言われる。
リヤウス教にも様々な派があるが、その中にも差別や対立があるのかもしれない。
あの孤児院にも、人族だけでなく、獣人族や矮人族、長耳族の子たちが多かった。
全ての種族は神の元に平等である、という建前にはなっている。
だが偏見や差別というのは根強いものだ。
オラフも自分たちの境遇に重ね合わせ、手を貸してあげたいと思ったのかもしれない。
もしかすると聖クラリッサ孤児院が冷遇されているのは、東方派だからという事もあるのだろうか。
だがやはり私は貧乏性なのか、何の代償もなく助けてもらうというのも何だか落ち着かない。
「私もお手伝いします!」
「いいよ、セシル。あなたはパン作りという大事な仕事があるんだし」
「いや、レンガを運んだり、荷馬車を運んだり、力仕事は自信があるんだ」
心の奥に、何かしなければという焦りのようなものがあったのかもしれない。
周囲を見回すと、二メートル程の大岩が転がっている。
私は大岩を持ち上げ、放り投げ受け止める。
そして指先に乗せて、回転させてみた。
「ほらね。これくらいお安いご用だから……」
エマ、祖父母、周りにいた職人たち。
皆の視線が集まる。
皆一様に目を見開いて、固まっていた。
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