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今世は聖女になります~魔力ゼロの無能と言われた私、魔術至上主義を物理で壊して自由に生きます~  作者: 流あきら
第一章 帝国高等学院入学編

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021 ジルニの粉

「何か用かな?」


 グレゴリは笑みを浮かべてこたえてくれた。


「実はパンをつくりたいんです。奉仕活動の時、持って行ってあげたい施設がありまして」


 何とかスムーズに声が出た。

 課外授業の担当教官には、施設の事で相談した時に冷たくあしらわれてしまった記憶があったので、多少ためらいがあった。


「ああ、そんな事なら」


 調理実習室を使っていいと言ってもらえた。

 私は必要な材料を話す。

 奉仕活動で使うとなれば、幾分かは融通してもらえるらしい。


「ありがとうございます」

「なに。事情が事情だしね。寮長(ハウスマスター)のバート先生には、僕から話しておくよ」


 そう言うと、監督生(プリフェクト)のグレゴリは去っていった。

 親切な対応に私は少しほっとした。

 監督生(プリフェクト)というのもかなり権限があるようだ。

 いくつかの学内施設や設備の鍵も持っていると聞いた事がある。


 私は食堂にむかう。

 するとちょうどエマも入ってくるところだった。


「おはよう、エマ」

「おはよ、セシル」

監督生(プリフェクト)のグレゴリさんに頼んでみたんだけど」


 私はエマにパン作りの事を話した。


「いいじゃない。喜ぶと思うよ」

「うん。それでね、エマにも手伝って欲しいんだ」

「もちろん」


 というわけで、私たちは翌日の放課後、実習室に向かうことになった。


「悪いね、マルス」

「いえいえ、美味しいパンをご馳走になれるなら」


 私は頼みたい事があるので、マルスも呼んだ。

 最近は放課後に剣術練習に付き合ってもらう事もある。


「材料は小麦、塩、水でいいわね」

「砂糖は高いからね。でもレモンなんて何に使うの、セシル?」

「まぁ見といて」


 頼んでおいたレモンは、何とか入手できた。

 実習室は、炊事場や料理道具、パン窯と一通り揃っていて、窯はあらかじめ温めている。

 小麦粉は中くらいの等級のもののようだ。

 私は、ジルニの粉を取り出して、調理台に置いた。


「ねぇ、パンだねは?」

 

 エマの疑問は当然のものだった。

 パンだねというのは、いわばパン酵母である。

 それを混ぜて発酵させ、パンをふくらませる。

 現代と基本的には同じであった。


 ただ別に酵母を工業的に培養して生産しているわけではないようだ。

 だからいわばパンだねの質や、もちろん小麦粉の質も千差万別である。


 上等な小麦粉やパンだねを使えば、ジルニの粉を使ったものよりも、香りもパンの柔らかさも上だろう。

 ただ当然ながら上等なものは、庶民にはなかなか手に入らない。

 

 私は、小麦粉にジルニの粉を少量混ぜ、塩と水を加えて生地を練る。

 そしてジルニの粉だけでなくレモン汁を混ぜたものも同時に作る。

 少しの時間、生地を休ませたあと、窯に入れて焼き始めた。


「これでよしと」

「え?こんなのでいいの?一晩置かなくても大丈夫なの?」

「こういうやり方もあるの。お母さんから教わったんだ」


 そういうと、エマは何やら納得したようだった。

 私の母が、リヤウス教団の聖女であるという事は話してある。

 リヤウス教団というのは魔法の言葉であり、この世界においては、ある意味貴族や王族以上の力を持つ。

 しばらくすると、パンが焼きあがった。


「マルス、頼むね」

「了解」


 マルスは風魔法と氷魔法を交互に使ってパンを冷ます。


「へぇ。意外とふっくらしてて、美味しいね。ちょっと苦みがあるけど」


 エマがパンを頬張りながら言う。

 確かにそうだ。

 ジルニの粉の欠点は、苦みが出てしまう事と、上等のパンだねよりは、生地が膨らまない事だった。


「じゃあ今度はこっちを食べてみて」


 私は今までの材料の他に、レモン汁を混ぜた方をエマとマルスに渡す。

 

「今度のは、全然苦みがなくて美味しいよ!それに前よりふっくらしてるみたい」

「これはいけますよ、セシルさん」

「よかった」


 これはジルニの粉にレモン汁を混ぜたもので、いわばベーキングパウンダーの原理である。

 二人は褒めてくれたが、焼き色が今一つだし、パンだねを使った場合の独特の風味は無い。

 だが、安いパンよりはふっくらしている。


 この世界に来てから、この手のパンをめったに食べた事は無い。

 だが舌が慣れたのか、素朴な味わいがあって、この世界のパンも私は好きだ。

 

 パン作りという点だけ見れば、パン酵母であるパンだねの方が上かもしれない。

 元々がベーキングパウンダーは、ケーキやクッキー作りの方が向いている。

 そのうちスポンジケーキやパウンドケーキ等にも挑戦してみたい。

 

 そもそもこのジルニの粉やレモンが、私が元いた世界の重曹やレモンと全く同じかどうかはわからない。

 実は実家にいたころ、ジルニの粉の欠点を解消すべく、母が遠出している時に、こっそり試した事がある。

 その時は、特に有害な物質が出ているようでもなかった。

 

 母に言おうとは思ったが、そんな知識を子供がどこで知ったのかと思われるに決まっているので黙って実行したわけだ。

 ただし母には私のやった事がすぐにバレた。


『セシル。お母さんの部屋に入った?』

『……ごめんなさい』

『危ないから勝手にいじっちゃだめよ。魔力鍵しかかけてなかった私も悪いけど』

 

 ということで、今までは私だけの秘密だった。


「いいんじゃないこれ。こんなやり方あるんだね。凄いよ、セシル!」

「あのねエマ。正直に言って欲しいんだ。このパンはどう?高く売れそう?」


 エマは少しためらった後に、話し出した。


「うーん……確かに最上級のパンには劣ると思う」


 前世の記憶と照らし合わせ、その言葉を私は予測していた。

 

「やっぱりね」

「でも、大抵のものよりも、膨らみが綺麗で美味しいよ。貴族が食べるような白パンにあこがれがある人は多いから、値段によっては飛ぶように売れると思う」


「ありがと。小麦粉によってはこんなにふわっとはならないかな。あと、このやり方は元々、ケーキとかクッキー作りの方が向いてると思う」

 

 私はエマの表情を見ながら言った。

 

「なるほど!そうかもね。何よりこのパン作りは、簡単で手間がかからないのがいいよ」


 エマは何やら思いをめぐらせているようだった。

 確かに彼女の言う通りだ。

 

 よほど高位の貴族を除き、この程度であっても、ふっくらしたパンを毎日食べているわけではない。

 需要はあるはずだ。

 何よりエマの言う通り、パンだねを使うよりも早い。

 あとは値段だ。


 ジルニの粉は特別なものではなく、洗浄剤等にも使われていると、母から聞いたことがある。

 レモンは季節ものなので、手に入りにくいかもしれない。

 酢でも代用にはなるだろうか。

 リンゴや葡萄を原料にした酢はこの世界にもある。


「これをあの孤児院、ていうか教会で作って売るの。いくらかの足しになるんじゃない?」

「いいね。きっとうまくいくよ」


 エマの声がはずむ。

 どうやらエマなりの勝算があるようだった。

 私はそもそも商売なんてしたことがない。

 材料費的には、採算はとれそうな気はする。


 とはいえ、大して儲かるものでもなさそうだ。

 この世界になさそうなものといえば、スポンジケーキ、というよりシフォンケーキか。

    

 それに母から習った様々な薬の製法。

 ロル草が手に入れば……


 皆の役に立つという事で言えば、多くの人に広まるのが一番だ。

 ただお金が必要という事なら、お金持ちが高く買ってくれるのが一番いい。


 なかなか考えがまとまらない。

 ふと思い立ってエマに聞いてみる。


「ところでさ、そもそも孤児院にパン窯ってあるのかな」

 

 という私の言葉に対して、


「パン窯を持ってない教会なんて無いでしょ」

 

 というのがエマの返答だった。


 そういうものだろうか。

 確かに私の家にすらあった。

 とにかくこの世界には、まだまだ私の知らない事がたくさんあるようだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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