016 魔法
「魔力を持っているだけでは魔法は使えません。神の加護をもってして初めて魔法が顕現します。どのような神に力を借りるかで魔法の属性というものが決まり、これは暗黒魔法と言われるものでも同じで……」
毎回実習前には、軽い講義があるが、剣術の時と同じく、みな退屈そうであった。
それにここにいるような人間であれば、今まで習ってきたことだし、なんなら私以外の全員が魔法を使えるだろう。
授業は校庭の一角で行われ、生徒の数は百人以上いる。
私の所属する赤の寮と、青の寮との合同実習だった。
教師だけでなく、指導のための上級生も幾人かいる。
「まずは火の魔術から。これは骸骨戦士や骸骨魔術師に効果が高いと言われています。とくに重要なのが暗黒魔樹に対してです。小さな苗木ならともかく、根を張り枝を伸ばした暗黒魔樹はやっかいですからね」
暗黒魔樹は本で見た事がある。
何やら禍々しい世界樹といった感じだった。
あれはどんな害を及ぼすものだったのだろうか。
「では実際にあの的に向けて、火の魔術を行ってください」
火の魔法とは火の神アッシャやその眷属の力を借りて行う。
その具体的な方法や行為が魔術である。
魔法は個人によって、あるいはその一族によって、得意な属性がある。
例えばルディア皇帝家の水属性、ロシュフォール公爵家の風属性あたりは有名だ。
みな次々と的に火球をあてていく。
基本的に呪文の詠唱というものはない。
よほど高位の魔法や、特別な魔法は別だが。
「次、あなたどうぞ」
私の順番が来た。
「あの、私はちょっと魔法が苦手で。替わりの授業を届け出してまして」
「セシル・シャンタル……ああ、そうでしたね。でも初回は全員参加してもらう事になってますので」
私は覚悟を決めて的の前に進み出る。
そして腕を振り上げ、振り下ろした
「…………」
当然何も起こらない。
「どうしました?落ち着いて」
教官の不審そうな声。
「できません。私は、魔法が使えないので」
「できないことはないでしょう?呪文を唱えてもいいからやってごらんなさい」
私の言葉に教官は、むしろ優しく落ち着いた口調で言う。
できないことはない、か。
確かにこの学校の人間なら全員できるのかもしれない。
そういえば前世の体育の授業でも同じような事があった。
うまくいくまでひたすら皆の前でやらされて、それを見る同級生たちに自分の動きを笑われる。
挙句に努力の仕方が悪いとか、お前のやってるのは本当の努力じゃないとかまで言ってくる人がいてひたすら辛かった。
でも、無理なものは無理だ。
今世の私は身体能力に恵まれたために、むしろ運動は好きな方だが。
いささかやさぐれた気分のまま、私は呪文をとなえてみることにした。
「女神アッシャよ。御身の力をもって、熱き炎を我に授けたまえ。火球!」
まわりの生徒たちからクスクスと笑い声が漏れる。
それはそうだろう。
ただの初級魔法である火球で呪文を唱えるなんて、魔法を覚えたての子供でも、まず無いことであった。
「…………」
しーん、という音が聞こえてきそうな静寂の中、私は気まずさに耐えていた。
「火球!火球!火球!」
やけになって何回も呪文を繰り返す。
「わかりました、もういいです」
何やら数人であつまって話し合っていた教官が言った。
「はい。あの……それで……私はどうしたら……」
「ちょっと待っててください」
この学校にいると勘違いしそうだが、全体で見れば魔法を使えるのは一部の人間だ。
魔術実習が必修科目になっている事の方がおかしいと、私としては言いたい気分だった。
だが私は今までの知識や経験から知っていた。
この帝国で、いやこの大陸全般で魔法は特別な意味を持つ。
支配階級は全員魔法が使えるらしい。
剣士だって剣を使って魔法を使うようなものだ。
魔法とそれを行う行為である魔術は、神の加護を受け、神に近いところにいる証明であった。
それが何よりも特別な人間である証であり、支配の源泉だった。
さしずめ私は、神に見放された人間というわけだろう。
別に偉くなりたいわけではないし、なれるとも思わないけれども。
上級生や他の教官も、私にしばらくつきっきりで教えてくれた。
だが全くどうにもならない。
「おかしいですね。魔力が全く感じられません」
私を見ながら目を閉じて思考を集中させていた教官が眉をしかめつつ言う。
「あの、これは生まれつきで……」
「とりあえず見学していなさい」
そういわれて、校庭の隅のベンチに座って、授業の様子を眺めることにする。
当然単位はもらえないだろう。
やはり替わりの科目で何とかするしかない。
私はぼんやりとみんなの様子をながめていた。
エマが時折こちらを心配そうにチラチラ見ている。
私は安心させるように、笑顔をかえす。
(あのリーリアとかいう子と、マルスもいるな)
他にも見た事ある顔がいた。
多分いつぞや、マルスと揉めていた人達な気がする。
彼らや彼女たちはきっと青の寮所属なんだろう。
私は演習場に目をやったあと、周囲の様子をあらためて眺める。
寮に校舎、研究棟や講堂に演習場、西側の一角にあるレトロな建物は廃校舎だと聞いた。
神々や聖女アニエスの像や絵画があちこちに飾られている。
高等学院の近くには、騎士学校や魔術研究所もあり、ちょっとした学園都市のようだった。
その時人影が近づいてきた。
私はそちらに目を向ける。
金髪に緑の目の美少女。
例のクレルモン公爵家のリーリアだった。
無言で私の座っているベンチの、もう一方の端に腰かける。
そのまま授業の様子を見学していた。
クレルモン公爵家と言えば、火属性の魔法と神器で知られていた。
彼女に限ってまさか魔法が使えないという事もないだろう。
なぜこんなところにいるのかよくわからない。
何となく気まずいし、手持無沙汰である。
私はリーリアに話しかけようか少し迷う。
ただ私にも覚えがある。
一人でいるのが好きな子とか、一人でいたい場合だってあるのだ。
どうするべきか。
(どうしよう。なんか話しかけた方がいいのかな。話しかけるべきなのか)
生まれ変わって、前世の引っ込み事案な私と変わったと自分では思っていた。
だがそうでもなかったらしい。
「あ、あの……天気いいね」
私は全く自分でも言うつもりもない言葉を発してしまった。
リーリアは返事をせずに、地面に木の枝で何かを描いていた。
「あのさ。私、魔法つかえなくて。だから魔術実習も全然ダメで、先生が見てろって。あなたはどうしたの?」
相変わらず彼女は返事をしない。
私の説明もなんだかしどろもどろになってしまう。
(なんだか余計な事しちゃったかな。こういう場合は、放っておいてあげた方がいいんだろうな)
今世では、それなりに知らない人とのコミュニケーション能力を鍛えてきたと思っていた。
だが考えてみれば、それは幸運に恵まれてきただけかもしれない。
村の人たちは小さい頃から皆知り合いであった。
それに私の母は聖女である。
その娘だということで、私にもそれなりに気を遣っていたのだろうことは、今では何となくわかる。
エマの場合は、彼女が人懐っこくて陽気な人柄である事も大きいだろう。
(みんな、いい人ばかりだからなぁ)
私は多少うぬぼれていたのかもしれない。
まだまだ勉強すべきことは一杯あった。
私は授業の様子をぼんやりとながめていた。
ちょうど授業も後半にさしかかり、教官も上級生も生徒も、若干気が緩み始めているようだった。
一部の生徒が、指導も受けずになにやら勝手に火魔術を行っていた。
(危ないんじゃないかな、あれ)
体育の授業で、生徒同士で勝手にキャッチボールをやっていて、別の生徒にボールが当たってしまうあれだ。
それなりに魔術の訓練をしていたのかもしれないが、まだ未熟で制御能力も低いだろう。
声をかけた方がいいかもしれない。
そう思った時だった。
「あっ!」
一人の男の子が小さく叫び声を上げる。
彼が虚空に放とうとしていた火球は、急に角度を変え、リーリア目掛けて襲い掛かった。
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