015 魔術実習
「実はさ。私、魔法使えないんだよね」
この事を他人にちゃんと話すのは初めてだ。
母はもちろん知っているが
「え?どういう事?」
エマは戸惑ったように話す。
まぁ当然だ。
魔法を使える事自体が珍しかった、私の故郷とは違う。
「言葉通りの意味だよ。エマはもちろん魔法使えるよね?」
「うん。補助魔法とか治癒魔法とか。攻撃魔法はあんまり。魔導具を作るにも魔術は必要だし」
この学校に来るような人間なら、それが普通だろう。
「私は全然だめなんだ。実用レベルとかじゃなくて、どんな魔法も使えない。いろんな測定や検査でも魔力が全然無いって言われてね。頑張ってるんだけどさ」
最後はなんだか言い訳じみてしまった。
「そうなんだ。魔法を使えないっていうのは大半がそうだけど……魔力が全く無いっていうのは珍しいかも」
エマはさほど驚いたようでもないが、私に気を遣っている様子だった。
「だからさ。魔術実習はダメだろうから、他の授業で挽回しないと思って」
「でも魔法だけが全てじゃないし。法律とか薬学とか。セシルは頭いいからなんだってできるよ」
それはそうだ。
だけど聖女科を目指すには、なるべく良い成績をおさめる必要がある。
「私、聖女科に行きたいしね」
なんとなく声が小さくなってしまった。
知り合ったばかりのエマに、踏み込んだ事をうちあけ過ぎてしまったのかもしれないという思いがあった。
「聖女になるんだったら魔法を使えないと駄目かもねぇ……」
エマは少し言いにくそうに言う。
彼女がそう考えるのも当然だ。
そもそも魔法が使えなくて、聖女科に進級しようという人はいないのだろう。
「いや、それは絶対じゃないんだよ」
「そっか。そういえばお母さんが聖女様だって言ってたよね」
エマは本棚から一冊の冊子を取り出す。
授業科目や授業計画等について書いてある。
こんなものが一人一人に配られるのだから、帝国高等学院はやはり凄い。
「魔術の実習は、他の科目の単位で補う事もできるって読んだ気がするけど……うーん」
魔術の実習の分の単位は、他で稼いでおきたい。
高等学院では、一年生と二年生途中までの成績をもとに、学科の振り分けがある。
聖女科、聖騎士科、魔術科、魔導具科……といったものだ。
とはいえ、人気の学科以外は大体本人の希望が通る。
だが問題は、聖女科は希望者が多く、人気の学科であるということだ。
「私頑張るよ、エマ」
「ねぇ、課外活動はどうかな?」
エマが教えてくれた課外活動とは、学校の授業以外の様々な活動の事だ。
音楽や運動等のクラブ活動、学校イベント運営、地域の奉仕活動といったもの。
これらも単位になるのだという。
正直これは私的には盲点だった。
他の科目で挽回としか考えていなかったが……前世の知識による、思い込みにとらわれてしまっていたのかもしれない。
正直、点数稼ぎのために奉仕活動というのも、いかにも偽善っぽくて何だか気が引ける。
とはいえそんな事も言っていられない。
善か偽善かは、心のあり方ではなく行為のあり方であると、誰かが書いていた……気がする。
「あとは、特別な貢献をした人かな」
エマは続けて説明する。
在学中に特別な研究成果をあげたとか、魔術や武術の大会で好成績をあげたとか、監督生として生徒指導に実績があったとか。
そういうのも成績に加算されたり、表彰されたりするらしい。
「どれも私には関係なさそうだけど、あとは剣術クラブや球技クラブに入るくらいかなぁ」
「セシルならそういうの得意そう。でも絶対成績に加算されるわけじゃないから」
その点は私も考えた。
だがクラブに入って活動したからといって、絶対成績に加算されるわけではない。
大会等での結果も重要だという。
まず聖女になれなければ、つまり聖女科に進めなければ仕方がない。
一年生の間はまだまだ学校に慣れないし、聖女科進級のための勉強も忙しい。
剣術等の武術は、ちゃんと学びたいとは思っている。
まだ聖女になってからの道をはっきりと決めているわけではなかったが、聖女には色々な技能が要求される。
魔物退治、魔族との戦闘となれば、魔法の使えない私は肉弾戦しかない。
ルディア帝国の治安は良い。
ここ百年ほど、対外戦争もない。
だが辺境や迷宮には魔物もいる。
また、北東の魔物地帯や南方には魔族も暮らしているという。
なお、混沌の神デギルの加護を受け、人間と同じく魔法を使い言葉を話すものを魔族、言葉を話さないものを魔物、さらに知能の低いものを魔獣と呼んでいる。
ただこのあたりの分類も、少々曖昧なようだ。
「この中だと奉仕活動かな。これやってみようかな」
「いいね。あたしもやるよ、セシル。相談してくれてありがとね」
というわけで、私とエマは奉仕活動に参加することにした。
そして翌日は、若干憂鬱な魔術実習の日だった。
朝は寮のホールで軽い朝礼のようなものがある。
「もう学校は慣れましたか?」
寮長のバート先生がにこやかに言った。
監督生のグレゴリと副監督生のクローヴィスもいる。
皇子も帝国高等学院に入学し、寮生活を送るというのは、いつからかはわからないが昔ながらの伝統だそうだ。
クローヴィスは銀髪に紫水晶の瞳、整った顔立ち。
当然女子生徒に大人気らしい。
私はただの平民出身の新入生なので軽く挨拶をした事があるだけだ。
「セシル・シャンタルさん」
「は、はい!」
いきなり寮長先生に名前を呼ばれて、私は自分でもびっくりするくらいの大きな声で返事をしてしまった。
周囲からは軽い笑い声が漏れる。
「このあいだの剣術実習のトーナメントで優勝したそうですね。おめでとう」
「あれは……あの……、ありがとうございます」
先生や監督生、副監督生が拍手をする。
皆もそれにつられて拍手の輪が広がった。
そういえばそうだった。
テストで良い成績をとるとか、剣術や音楽の大会で良い結果を出すとか、そういった事で表彰されたり記念品を貰えたりするらしい。
学業だけでなく、あらゆることが表彰の対象になる。
今回は単なる授業のミニトーナメントなので、拍手だけで終わったが。
午前中の授業の間、何となく浮ついた気持ちだった。
故郷の村では、母はもちろん褒めてくれたし、村の人達も凄いと言ってくれていた。
だが身内以外に褒められるというのは、また別種の嬉しさがある。
(そういえば、前世は褒められたことってほとんどなかったな)
勉強はそれなりにできてはいたが、極めて優秀というほどではない。
スポーツも得意ではない。
あまり友達もいなかった。
そしてある記憶がよみがえってくる
『前回の全国模試の結果が出たよ。あの……うちの高校で凄い子がいて。全国で十番だったって……それで……』
リビングでこちらに背を向けて新聞を読んでいる父に話しかける私。
私は話すのが得意ではなかった。
何と言ってよいのかわからず、いつも余計な事まで話しすぎてしまう。
そして少し自己嫌悪に陥るまでがワンセットだった。
『それで、お前は何位だったんだ?』
父はめんどくさそうに返事をする。
『私は…一万位くらいかな』
『…チッ』
父はこちらを振り返りもせず舌打ちしただけだった。
私はかすかな胸の痛みと、下腹部に重苦しい固まりを感じていた。
何十万人の中の一万位なら結構凄いのではないか。
これなら父も褒めてくれるかもしれない。
そう思って浮かれていた自分がみじめだった。
私だって頑張ったんだ。
そう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
そんな前世の記憶…
まぁいい。
あれは遥か昔のことだ。
私は無理やり気持ちを切り替える事にした。
それより入学以来、特にめぼしいイベントも起こらない。
男の子に声をかけられることもない。
この方が問題な気がする。
学校に入れば、どこかの王子だの金持ちイケメン子爵が「面白れぇ女」とかいって近づいてくるものではないだろうか。
マンガでもweb小説でも大抵そういう展開である。
別にこのままエマ以外の誰とも仲良くしないとか、一生恋なんてしないとか、そんなつもりもないのだが。
そして午後。
いよいよ魔術実習の時間がやってきた。
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