013 基金生徒の少年
その少年に初めて出会った時、私は中庭の隅の大きな木の下にいた。
最近のお気に入りの場所だ。
木剣で素振りをしてから、ベンチで魔術書を読みながら小休止というのがいつものパターンだった。
その時エマは図書館に行くといって、一緒にいなかった。
「お前さぁ、なめてんの?」
「基金生徒のくせに生意気なんだよ」
何やら穏やかならぬ声が聞こえる。
数人の男の子たちが、やや小柄な金髪の少年を囲んでいた。
異世界でも、いじめというのはあるのだなと実感する。
それにしても、基金生徒というのは、よくわからないが。
その時ふと、金髪の少年と目が合う。
彼は笑みを浮かべて、軽く会釈する。
木の枝や灌木の繁みに隠れて、私のいる場所はそうそうわからないはずだ。
まさかこちらに気付いているのだろうか。
私はそっとその一団を観察する。
私に気づいているのはどうやら少年だけのようだ。
「何とか言えよ」
集団の中の一人が、金髪少年の肩を軽く小突く。
どうやら、貴族の一団である彼らに対して、少年が廊下で道を譲らなかったとかそんな下らない理由らしい。
校則で喧嘩はご法度だし、校内においては身分や種族による差別は行ってはならない事になっている。
だが禁止は存在と同義語である。
盗みがあるから窃盗罪というものが存在するようなものだ。
田舎育ちの私には今まで実感はなかったが、身分や種族による差別や蔑視というものはどこまでいっても無くならないのだろう。
(それにしても……)
金髪の少年の落ち着きぶりはなかなかのものだ。
数人に囲まれても、怯えた様子も見えない。
それに一団の人間は気付いていないようだが、さりげなく立ち位置を変え、いつでも逃げられるポジションをとっていた。
ほうっておいても大丈夫そうではあったが、生憎そろそろ昼休みが終わって午後の授業だ。
彼らのいるところを通らなければ、教室に戻れない。
「悪いけど、どいてもらえない?」
私は彼らに声をかける。
貴族の集団は驚いたように私を見る。
金髪の少年の表情は変わらなかった。
「な、なんだお前は」
彼らの視線は私を見上げ、私は彼らを見下ろす形になる。
私はこの国の成人男子の平均身長よりも高いから当然のことだ。
「関係ないやつは、すっこんでろ」
こちらを女とみて侮ったのか、知性や上品さのかけらも無い事を、一人が言う。
だがあいにくと、私の歩き方や距離のつめ方を見て警戒態勢をとらないような奴は、大したことはない。
それとも貴族である自分たちに、何もできはしないと思っているのだろうか。
その時、午後の授業開始十五分前を告げる鐘が鳴る。
「もう行った方がいいんじゃない?監督生には黙っててやるからさ」
私はタイミングを逃さず言葉を発した。
「今度から気をつけろよ」
私の迫力に押されたわけでもないだろうが、貴族の一団は何やらぶつぶつ言いながら、去っていった。
「余計なことしちゃったかな」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
私の言葉にその少年はにっこり笑ってこたえた。
「私はセシル。セシル・シャンタル。あなたは?」
「マルス。マルス・カスタニエです」
「そう。じゃ、またどこかでね」
「はい」
マルスは何か言いたげだったが、午後の授業に向かうため、私はその場をあとにした。
とりあえずは、大事にならなくて良かった。
私は別に貴族たちと揉めたいわけでもないし、トラブルを起こしたいわけじゃない。
それにしても、基金生徒とは何だろう?
その日の夜、食事の時に、向かいに座っているエマに聞いてみる。
「基金生徒ねぇ……」
エマは何か言いよどむようだった。
食堂には生徒がそれなりにいる。
だが私たちの周囲には、人は少ない。
ちなみに寮と学校の食堂は兼用であり、他にも何個かある。
さらに寮は大浴場も完備しており、至れり尽くせりである。
「なになに?ここじゃ言えないこと?」
「そんな事もないけど」
エマはひそひそ声で話し始めた。
基金生徒とは、入学試験で優秀な成績をおさめ、授業料や寮費が全額免除になる生徒の通称らしい。
そのような話は聞いていたが、残念ながら私の成績はそこまでではなかった。
本来なら、基金生徒は学業が優秀である証であり、尊敬と羨望の対象であるはずだが……
しかし実際には基金生徒は、貴族の子弟から軽蔑され、いじめの対象になっているという。
「へぇ。おかしな事もあるもんだね。なんでなんだろ」
「セシルもそう思うでしょ?多分だけど……」
貴族は基本的に奨学金などの制度は使わず、学校にも多額の寄付をしている。
俺たちの金を使って得をしやがってという思いがあるのかもしれない。
また基金生徒は、平民か貧しい名ばかり貴族がほぼ全てであるという。
校内での表立っての差別は禁じられているが、貴族たちにしてみれば、基金生徒であることを口実に平民いびりができるというわけだ。
「なんかいやな感じ」
「ね。それよりさ」
エマの話題は来週からの選択科目にうつる。
私は剣術等の武器術の授業の他に、エマと同じ薬草栽培実習等も受けることにした。
基礎魔術実習が必須科目になっているのが、少し憂鬱だった。
この世界の全員が魔法を使えるわけではないのだが、この学校の人間で全く使えないのは、もしかしたら私くらいかもしれない。
「基礎魔術実習って、必須科目だったよね、エマ?」
「うん。でも最近ちょっと変わったみたい。他の科目の単位で補う事もできるみたいよ」
では必須科目とは何なのだと思ったが、それだけ魔法というものが重視されてきたのだろう。
その名残がまだ残っているという事らしい。
母からは聖女でも色々な人がいると聞いていたし、魔法を使えるのが必須条件ではないとはいえ、魔族退治や魔物討伐も聖女の仕事とされている。
この世界に実際にそういった危険がある以上、魔法は使えなくても戦う力は必要だった。
ただ大人しく守られているだけでは意味がない。
というわけで、エマと寮に戻ってから、夜中に密かに窓から抜け出す。
そもそも見回りの警備員もいれば、夜は学校に障壁が張られ、侵入者とこっそり抜け出そうとする生徒の双方を防いでいる。
だが私は、誰にも察知される事無く学校の外に出た。
魔法がきかない私には、当然障壁など無いも同然だった。
こんなにあっさり抜け出せていいものかと思ったが、そもそもそういう事をしようと思う人間が私以外にはいないだろう。
私は人間には出せないスピードで街を走り抜け、城門を飛び越える。
郊外に出て、森の中に到着する。
私は大岩の前に立ち、拳を叩きつける。
見事岩は砕けた。
拳を見てみたが、傷ついてはいなかった。
幼い頃は力のコントロールがうまくいかず、普通に開けたつもりが扉を壊してしまった事もあった。
だが徐々に自分の力の制御を覚えていき、最近はそういう事もない。
これが鉄の体の力なのだろうか?
視力、聴覚、嗅覚も、常人より優れている気はする。
私は高く飛び、速く走り、自然石を投擲し、大木を振り回す。
ほとんど汗もかかなかったが、持ってきた濡れタオルで体をぬぐう。
こういった自主練も週に一回は行うようにしようと思った。
学校ではこんなに全力を出せない。
私は普通の人間にはありえないくらいの力もあれば、傷の治りも早かった。
だがこの世界は、竜や牛頭鬼といった魔物もいる。
この単なる馬鹿力が、いざという時に役に立つのかはわからない。
魔物地帯にいるという魔竜や大灰色猿は、あの闇猪や黒色熊よりもどう考えても強いだろう。
魔法が使えたらなと思わない日はなかった。
魔法では、炎や氷で攻撃したりするだけでなく、空を飛んだり、遠隔地の人と意志を通じ合ったり、あるいは精霊や神獣を使い魔にしたりする事もできるらしい。
羨ましい事だが、できない事を悔やんでも仕方ない。
私にできる事はしておこうと思っていた。
私の力が私の種族の単なる身体能力なのか、転生の時に私に与えられた力なのかはわからない。
私の頭の中に響いた声の主に向けて、今まで何回も念じてみたが、何も起こらなかった。
「ステータスオープン!」
異世界に来たら一度は言ってみたかった言葉を唱えてみたが、私の声は夜の闇に吸い込まれただけだった。
私はひょっとして人造人間なのか、あの頭の中に響いた声は、人工知能によるものだろうかと考えた事もある。
だが刃物で切れば血が出るし、お腹は空くし、眠くなる。
それを確かめるすべはなかった。
空を見上げると、月は元の世界と変わらない姿で輝いていた。
だがよくみると、表面の模様が違っている気もする。
月は女神セレーヌの銀の馬車であり、太陽はサウル神の操る戦車であると、この世界では一般的に信じられている。
学問的にはまた別なのだろうが、ただのおとぎ話とも言えないかもしれない。
この世界の人間には実際に魔法という力があるのだから。
私は学校生活に思いをはせる。
私は今のところ、エマ以外に親しくなった人間はいない。
同じ寮の学生とは、挨拶くらいはするが。
前世はどちらかといえば引っ込み思案で友達もほとんどいなかった。
どうやってみんなに溶け込んだらいいのか、どうやって話の輪の中に入ればいいのかというのが、私には未だによくわからない。
別に無理して友達を作ったりしなくてもいいじゃないかと、今は思う事にしている。
私はふと、マルスという少年の事を思い出した。
どこへ行っても妬みや反感によるいざこざはあるものだが、私にできることもなさそうだった。
だが私はまた、そのマルスと出会うことになる。
今度は剣術実習の授業であった。
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