012 【エマ視点】あたしの王子様
「気をつけてな、エマ」
「頑張ってねエマ」
「うん。絶対合格するから!」
父と母にそうこたえて、あたしは馬車に乗る。
今日は帝国高等学院の試験日という大事な日だ。
ここまで来た以上、あとは神様にお祈りするだけだった。
とりあえずは、エマ・ヘルトリングという名前を答案用紙に書くのだけは忘れないようにしないといけない。
(多分大丈夫……いや、絶対大丈夫!)
あたしは自分に言い聞かせる。
中等学校の先生や家庭教師にも、合格間違いなしとお墨付きを貰っているのだ。
そして受験前には、祖父にも報告していた。
『おじいちゃん。あたし、高等学院受けることにしたんだ』
『ほほう。さすがじゃな。お前は頭がよいからな、わしと違って』
『そんなことないよ!』
『もう先の事は決めたのか?商人だけはやめとけ。ありゃろくなもんじゃねぇ』
祖父は父の仕事をよく思っていない。
というより、商人というもの全般をよく思っていないのかもしれない。
土にまみれ、炉に向き合い、ただひたすら物づくりに精を出す。
それこそが仕事であり、矮人族の昔ながらの生き方だと、頑固に信じ込んでいるのだった。
あたしは昔から祖父の仕事場に入り浸っていた。
様々な道具作りも教えてもらった。
あたしは祖父が好きだった。
だけど祖父の言葉に完全には納得していない。
どのようなものだって、使う人の手に届かなければ、役には立たないのだ。
それに父の仕事の関係で良い事がある。
それはロマンス小説に触れられることだ。
帝都には、劇場もあれば、庶民のための芝居小屋もあるし、あちこちに吟遊詩人もいる。
物語に触れる機会はあるが、本は庶民の間ではそこまで流通していなかった。
ただ最近は、帝国も教育に力を入れている。
教科書程度のものなら、地方の村でも配られるようだ。
だが娯楽のための本となると、一般人にはなかなか手が出ない。
一部は公共の図書館にもあるが、皇族や貴族、あとは富裕な庶民……つまり我が家のような人間たちが、主な顧客だった。
幸運にも、あたしは小さい頃から本に触れることができた。
購入する場合もあれば、貸本屋で借りて読むこともある。
神話や伝説、冒険もの……その中で私が特に気に入ったジャンルがロマンス小説だった。
内容はといえば、義理の母に虐められていた貧しい農民の娘が公爵に見初められるとか、お姫様が魔物に嫁がされるが正体は隣国の王子だったとか。
まぁそんな感じの物語だ。
『結局同じ話ばっかりじゃん』
妹のドロテはそう言う。
でも別にいいじゃないかと、あたしは思う。
その同じ話が読みたいのだから。
ロマンス小説は、近年密かに貴族のご婦人方のサロンでも、人気を博しているそうだ。
ご婦人たちが好むものは、あたしが好きなお話とはまたちょっと違うらしい。
いつか読んでみたいものだ。
「ここでいいわ」
「お気をつけて、お嬢様」
あたしは高等学院の校門の前で馬車を降りる。
校内への乗り入れは禁止されてはいない。
だが、中をちょっと歩いてみたかったのだ。
周りには、あたしと同じ受験生が続々とやって来ていた。
皆きちんとした身なりの、貴族らしき人間が多い。
(ほんとうに、物語みたいな事があるのかなぁ)
学校への登校の時に男の子とぶつかったのがきっかけで仲良くなるとか。
図書館で同じ本を探していて手がふれあい、それが隣国から留学してきた公子様だとか。
『ずっと君の事を見てたんだ』と、王子様に告白されたりなんてすることが……
まだ合格していないのに気の早い話だが、試験会場に向かいながらそんな妄想をめぐらせていた。
そのせいで、後ろから来る馬車に気づくのが遅れてしまった。
「危ない!」
誰かの声で、あわてて通路脇によける。
だがショールの端が馬車に引っかかって、はずみで転んでしまう。
「きゃあああ」
思わず悲鳴が漏れた。
転倒した衝撃とショックですぐには立ち上がれない。
幸い転んだ先が通路脇の草むらだったので、骨は折れていないし大した傷もなかった。
「おい。どこ見て歩いている!」
御者の男が馬車から降りて、どなりつける。
私が声の方を向くと、馬車に刻まれた紋章が目に入る。
(クレルモン公爵!)
最悪に近い結果だった。
帝室とも縁戚関係にある、帝国三大公爵家の一つ。
その馬車の行く手を遮ったとなれば、ただではすまない。
「す、すいません」
顔から血の気が引いていたかもしれない。
あちらが大貴族でこちらが庶民となれば、馬車側の前方不注意という理屈は通じないだろう。
「どなたの馬車だと思ってる。この紋章が目に入らんのか?おそれ多くも帝国三大公爵たる、クレルモン公爵家のご令嬢であるリーリア様がお乗りになっておられる。卑しい矮人族ごとき手打ちにされても……」
その恐ろしい顔。
こちらを見下した残酷な目に体がすくむ。
あたしはわずかな希望を探して、周囲を見回す。
私のそばを通り過ぎる人たち。
着飾った令嬢も、金髪の貴公子たちも、皆あたしを無視するか、くすくす笑っていた。
(ああ……)
わかっているつもりだった。
そんな物語のような都合のいいことなんてない。
貴族と平民とは超えられない壁がある。
物語の中のロマンスなんて、ありえない。
内心わかっていたのだ。
助けてくれる白馬の王子様なんていないんだって事は……
その時だった。
「待ちなよ」
声のした方を振り向くと、一人の女の人がいた。
黒髪に長身で、すらりとしたスタイルの良い体つき。
目元がきついが、美人である。
矮人族が人間と比べて小柄な事を差し引いても、かなり背が高い。
教官だろうか?と一瞬思ったが、その顔は意外に幼さを残している。
「なんだお前は」
私をどなりつけていた男は、若干ひるんだような声だった。
その女の人は、いささかも動じていなかった。
「あんたが悪いだろ。前も見ずにあんなに速度出してちゃ」
「なんだと……お前はこの紋章が……」
「関係ないよ。高等学院の敷地内においては、リヤウス神の名において、貴族も平民もどの種族でも平等だ。門の横の石板に設立理念が刻まれてるだろ」
落ち着いた声と、堂々とした態度。
あたしはその女の人から目が離せなかった。
なぜか心臓の鼓動が速くなる。
「大丈夫?」
その女の人は、笑顔で手を差し伸べてくれた。
ちらりと鋭い犬歯が見える。
背が高いことを考えても、人間ではなく鬼族なのだろうか?
「ええ、ありがとう」
あたしはその人の手をとると立ち上がった。
結局その場は、馬車から降りてきた公爵家の令嬢側が謝罪するという形で決着がついた。
私を助けてくれた女の人、いや女の子は、セシルといって、あたしと同じ受験生らしかった。
「凄くない?さっきの女の子。夜会服でもないただの外出着なのに、あれ高そうじゃない?……」
興奮のあまりあたしは矢継ぎ早に言葉を発する。
本当はそんな話がしたいわけではなかった。
とりあえず危機を脱した解放感からかもしれなかった。
「……あの、そろそろさ」
セシルが遠慮がちに言う。
試験時間は迫っている。
余計な話をしている暇はなかった。
お礼がしたいからと、彼女の住所を聞き出す。
少しためらっていたが、彼女は教えてくれた。
あたしは何となくふわふわした気持ちのまま、試験会場に向かった。
試験の出来はまずまずだったと思う。
そして口頭試問の日は翌日だったが、その時偶然にもセシルと再会する。
「エマ、あなたも初日?」
「あれ?セシル?」
あたしたちは、並んで座ってお喋りする。
試験の事やお互いの事。
彼女は地方の村出身で、お母さんは聖女らしい。
彼女自身も聖女になりたいという。
そして昼食を一緒に食べる約束をしたのだが、驚くべきことがあった。
何とセシルが、魔力測定用の水晶球を破壊してしまったというのだ。
そんなのは聞いたことがない。
試験官も受験生たちも騒然としていた。
セシルは凄い魔力の持ち主なんだろう。
きっと合格間違いなしだ。
私たちは昼食を一緒にとり、数日後にあたしの家に招待し、ごちそうを振るまった。
あたしは、高等学院に自宅から通うか寮から通うか迷っていると言ったが、密かに心は決まっていた。
そして結局二人とも高等学院に合格し、同じ寮で生活することになった。
セシルと過ごす時間は楽しかった。
あたしは興味のある事について、ついしゃべりまくってしまうけれど、にこにこして聞いてくれた。
一緒に歩いている時も、日常でのちょっとした事でも、さりげなく小柄なあたしを気遣ってくれる。
あたし自身も、セシルみたいな大きな人と一緒にいると何だか安心する。
同じ歳のはずなのに奇妙な事だが、時々まるでずっと年上の人間と話しているような気分になることがあった。
やはり神様は見てくださっているし、物語のような出来事はあるのだろう。
多分あたしは運命の人に出会ったのかもしれない。
ロマンス小説にあるように。
美人で背が高くて、ちょっと牙が生えているけど。
セシル・シャンタル。
あたしの大切な友達。
あたしの王子様。
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