011 入学式
「えー、皆さんはこれから、帝国高等学院に入学されるわけですが……」
なぜこういった挨拶は長いのだろうか、どこの世界でも。
私は思わずあくびをかみ殺した。
隣のエマとこっそり視線をかわす。
エマも私に意味ありげに目配せした。
学院長の話は設立の経緯にまで及ぶ。
高等学院は元々、聖女アニエスが作った女性のための塾が元になっている。
それが時を経て学校となり、さらには他の学校と合併したりして現在の形になった、などといった事だ。
あたりを見回すと、学生以外に、親たちらしき姿も見える。
みんな着飾って身なりが良い。
わざわざこんな所に来れるのは、貴族だろうから当たり前だが。
私の母は来ていない。
いかんせん村から遠すぎるし、母も忙しいだろうから、私が断ったのだ。
母も無理にとは言わなかった。
式が終わると、寮に入ることになる。
昔は全寮制だったが、今は通学者もそれなりにいるらしい。
「私、赤だよ。セシルと一緒だね!」
「よかった、エマと同じ寮で」
これは本心だった。
慣れない場所で、誰も知り合いがいないのも心細い。
たとえ精神年齢が三十代であっても。
寮は、赤、青、橙、紫、銀、黒、緑、金、藍、水色の十棟ある。
建物は同じ煉瓦作りだが、入り口の所に、その寮を示す色のプレートが貼られていた。
帝国高等学院には、クラスというものはない。
受ける科目ごとに、教室を移動するという、日本の大学に近いシステムだ。
かわりに学生は各寮に所属し、基本科目等は各学年の寮単位で受講することになる。
赤の寮に移動すると、入り口には荷物を積んだ馬車がとまっていた。
家具や机などの基本的なものは全て揃っている。
だがある程度は持ち込みが許されていた。
といって、私には大したものはない。
筆記用具と、いつも持ち歩いている魔術書、聖女アニエス言行録、リヤウスの聖典、着替えと訓練用の木剣、母が持たせてくれた薬くらいだ。
入寮にあたって、広間に新入生が集合する。
「はじめまして。この学校に入学された優秀な皆さんに今更言う事はありませんが、何かあったらいつでも相談してください」
古典を担当しているという、寮長のバート先生がにこやかに言った。
寮長とは、生徒と共に寮に住み、生徒の指導や監督を行う教師のことである。
また、寮には住んでいないが、相談員と呼ばれる教師もいるらしい。
隣に二人の学生が並んでいる。
監督生のグレゴリ・ド・スミール、副監督生のクローヴィスと自己紹介する。
名前でわかる通り、四年生のグレゴリは貴族出身だろう。
貴族は名前と姓の間に、ドまたはフォンの称号がつく。
爵位の順番は上位から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、他に一代限りの男爵称号もあった。
三年生のクローヴィスは名前に聞き覚えがある。
『この国の第一皇子様だよ』
と、エマがこっそり教えてくれる。
監督生というのは、生徒の監督や指導にあたる役目で、学校によって上級生の生徒から選ばれるそうだ。
他の生徒たちと少し服装が違い、黒のガウンを羽織り、紺色ではなく水色のベストを身に着けている。
よくわからないが、生徒会長か学級委員長のようなものだろうと、私は納得する事にした。
入寮にあたっての寮長先生の簡単な挨拶が終わった後は、部屋に荷物を運びこむことになった。
私の分は、あっという間に終わったが、エマの持ち込むものはかなりの量がある。
「お嬢様、これはどちらに」
「うん、こっちの部屋に」
エマは使用人たちに指示を下す。
荷物は大きな木箱が何箱もある。
「何が入っているのこれ?」
「うーん。本とか色々」
エマは言葉を濁す。
だが荷物を運び入れる生徒は他にもいる。
もたもたしていると邪魔になるだろう。
「手伝うよ、エマ」
エマの使用人が動かすのに手間取っている大きな木箱を、私は二つ抱えて両肩に乗せて歩き出す。
周囲のぎょっとしたような視線が刺さる。
「いや、意外と軽いんですよこれ」
私はあわてて誰も聞いていないのに言い訳した。
怪力を見せつけて、目立ちたいわけでもなかった。
「ありがと。セシルは力持ちだね」
エマは特に疑問を持っていないようだった。
「あとは私たちがやるから、お疲れ様」
「はい。では失礼致します、お嬢様」
エマがそういうと従者たちは帰っていった。
「それにしても、何これ?」
私は言わずにいられなかった。
「衣装とか、本とか、あと色々なノートかな、あ、それはそっちにお願い」
結局私はエマの片づけを手伝うことになった。
「それにしても、荷物多いねぇ」
「あはは。ちょっと頑張りすぎちゃったかな。どうしても持ってきたくて」
そしてエマは色々見せてくれた。
様々な本やエマ自身が記録したノート。
色々な道具の製法らしきものが書いてあった。
「このノートの図面って、エマが書いたの?」
「そうよ。魔導具や機械なんかの思いついたアイデアを書き溜めてるの」
本も魔術書や魔導具などに関するものが多いようだ。
「へぇ凄いなぁ。いろんなものがあるんだねぇ」
「うちの商会は食料品から魔導具から何でも扱ってるしね。それにおじいちゃんがね」
エマの祖父は元々武器職人であるらしい。
それだけでなく、農具や日用品等、様々なものを作っているそうだ。
「じゃあエマは将来、おじいちゃんみたいに職人さんになるの?それとも実家のお仕事を継ぐの?」
「うーん。今迷ってるんだよね。いろんなものを開発したいなぁとは思ってるけど。とりあえずの志望は魔導具科かな」
エマはぽつりぽつりと話してくれた。
この世界は、大貴族とそれにもまして、リヤウス教団の力が強い。
魔導具や本、その他様々なものを彼らが独占している。
薄々わかってきたことだが、何かを発明したとしても、実際に流通させるのは容易ではない。
一応は平民であるエマが、これだけの本を持っているのも異例なことなのだ。
「でも、えらいと思うよ。その年で将来の事を考えて、努力してるんだから」
私はつい、お姉さん目線になってしまう。
前世の年齢と合わせると、母親目線かもしれない。
「そんなことないよ!それよりセシルは、聖女になるんだっけ?」
「うん。私は……聖女科志望なんだ」
どことなく、頬が熱くなっているのを感じる。
エマには前にもちらっと話したが、あらためて宣言するのが、何だか気恥ずかしい。
「いいじゃん!セシルにあってると思うよ」
エマはにっこり笑ってそれだけ言った。
私はエマの持ってきた、魔導具のポットでお湯を沸かし、東方のお茶やお菓子を楽しんだ。
話には聞いてはいたが、魔導具のポットは初めて見た。
魔石を原料にして湯をわかすもので、前世であった電気ポットに似ている。
「凄いね、これ。私も欲しいなぁ」
「多分この学校にもあると思うよ」
カンブレーの家では、小さな湯沸かし器があったが燃料は木炭だった。
母なら職業柄、魔導具を手に入れる事はできたろうが、なるべく私に村の人間と近い生活をさせたかったのかもしれない。
こんなものが一杯あったら便利だろう。
ただエマによると、構造をまねて魔石を使っても作動しないのだという。
魔石を活性化させるのには魔法が必要で、魔術師の出番というわけだ。
魔導具には今まで興味はなかったのでよく知らなかった。
私たちはその日、夕食後も消灯時間まで様々な事を語り合った。
これまでの事、これからの事。
主にエマが話して、私は聞き役だった。
エマは彼女が考えた発明品のノートや、持ってきた本も見せてもらった。
タイトルを見る限り、ロマンス小説らしきものもいくつかある。
「こんなのもあるんだ。ねぇ読ませてくれない?」
「もちろん!」
エマは笑顔で返答する。
その時、消灯時間前の鐘が鳴ったので、私はエマと別れて自室に戻る。
来週からは歴史や、帝国公用語、基礎魔術理論などの必須科目の授業だ。
その間に自分で習いたい選択科目の授業を選び、登録する。
選択科目の授業開始は、四月の終わり頃だ。
年間スケジュールは前期後期の二期制で、七月終わりに前期試験、二月に後期試験があり、各学科の振り分け試験は二年生の時だ。
各授業の出席率や試験結果によって単位というものが与えられ、規定単位をとれば見事卒業というわけだ。
翌日は通学生も含めて、寮で新入生の歓迎会的なものも行われた。
クラスというものが無いので、通学生も寮に所属し、そこを拠点に動くことになる。
一学年五百人で全学年で二千人。
私のいる赤の寮に所属する学生は全部で二百人で、そのうち通学生が五十人くらいだそうだ。
こうして私の高等学院での生活が始まった。
ただこの時の私は、聖女科を卒業して聖女になって、人の役に立つ仕事ができたらいいなという、漠然とした思いしかなかったのだった。
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