010 新たな道へ
『不幸な私と優しい王子』
わりとそのままの題名だ。
私は最初の方をぱらぱらと見る。
だがエマがいるので、読みふけるわけにもいかない。
「どんな話?」
「ええとね」
内容はというと、義姉たちにいじめられていた主人公が、偶然王子に見初められ結婚し、姉たちは罰を受けるというものらしい。
要はシンデレラである。
この手の物語は、地球だろうと異世界だろうと存在するようだ。
前世で読んでいたweb小説でもあるやつだ。
「良ければ貸すよ」
一瞬心が動いたが、私は断った。
考えてみればこの世界の本は、かなり高価なものだろう。
何かあっても弁償しようがない。
「高等学院に合格したら読ませて」
「合格したらセシルはもちろん寮だよね?」
「うん」
「私は迷ってるんだ」
昔は全寮制だったらしいが、今は通いの生徒も少なくないらしい。
だが高位の貴族や皇族は、伝統的に寮生活を送るようになっていた。
今夜は神殿での夕食当番だったので、私はエマ宅を辞去することにする。
「また来てくださいね」
「またね、セシル」
「今日はお招きありがとうございました。またね、エマ」
私たちは余計な事を言わなかった。
きっとまた会えるに違いない。
今度は高等学院で。
そしてまたたく間に合格発表の日となった。
自信はあったし、心構えはしていたものの、その日はさすがに朝から落ち着かない。
顔を洗い、髪を整え、持ってきた服の中で一番マシな青のワンピースを選ぶ。
いてもたってもいられず、予定より早めに学院へと出発した。
合格発表は十時からたが、一時間前には着いてしまう。
そういえば、大学の合格発表ってどうだっただろうと前世を思い返す。
あまりわくわくした記憶はなかった。
合格した事を親に言っても、当然だという顔をされた気がする。
そうこうしているうちに、大きな掲示板に合格者の番号が張り出された。
「…………121。あった!」
思わず声を出してしまった。
あわてて周囲を見るが、みな自分の結果に精一杯で、私の事を気にする人もいない。
「セシル!」
声をかけてきたのはもちろんエマだった。
「エマ、受かったよ、私」
「おめでとうセシル。私も合格してた」
「おめでとう、よかったね」
エマは両親と発表を見に来ていたので、私は彼らにも祝福を述べる。
お祝いに食事をともにと誘われたが、一刻も早く知らせたい人がいるというと、何かを察したようだった。
「よければ、うちの早馬を使いませんか?」
今度はそう言われた。
帝国には主要な街道に宿駅を設け、早馬によって通常の何倍もの早さで連絡を届ける手段があった。
公的な用途が多いが、一部商業ギルドではそれを使えるらしい。
「ありがたいお話ですが、直接知らせたいので」
「わかりました」
私の言葉にエマの父は笑顔でそう返事をした。
私はエマと再会を約束してから別れたが、帰る前にやることがあった。
高等学院は制服があるのだが、私は十四歳の少女としてはかなりの長身である。
事務局へ相談して、特別に仕立ててもらう手続きをする。
その後神殿へと帰り、お世話になった神官や職員へと報告すると、皆笑顔で祝福してくれた。
翌日彼らに別れを告げ、私は故郷へと向かう。
十日ほどの旅がこれほどじれったく感じられたことはなかった。
「お母さん!受かったよ!私、聖女になれるんだよ!」
家に戻ると、私は母に抱き着いて報告する。
「おめでとう、セシル。頑張ったわね」
母はにっこり笑って、私を抱きしめてくれた。
その夜はちょっとしたごちそうだった。
オリーブオイルをかけたソラマメのサラダ、ベーコンと野菜のスープ、私の好きな子羊のシチューに、リンゴのパイ。
合格発表の後にすぐ帰るといっていたので、用意してくれていたらしい。
私たちはこれまでの事を、そしてこれからの事を話した。
「聖女といっても色々なの。魔法は一通りは使えるけれども、攻撃魔法が得意なもの、治癒魔法が得意なもの。中央の神殿に仕える人間、外国で布教する人間、技術指導者に近い人間もいるわ」
「そうだったんだ」
母はこれまでになく、様々な事を詳細に話してくれた。
「お母さんも高等学院に通ったんでしょ?」
「もちろんよ」
私は今更ながら母を見る。
今年の十月十日で三十五歳になるはずだが、前世の私の知識や感覚を動員しても、二十代前半くらいにしか見えない。
ひょっとして、これも魔法の力だろうか。
「入学してからが大変だから、聖女科に進めるよう頑張ろうっと」
「あなたならできるわ、セシル。それよりね、話しておきたい事があるの」
「なぁに?」
「ルディア帝国の成り立ちは知っているでしょ?」
今までも母から聞いたり、学校で習ったりして、もちろん知っている。
帝国の人間なら子供でも知っているだろう。
今から約三千年前。
古代の民による文明が滅び、世界は混沌の中にあった。
魔神ザイターンと魔族が支配し、人々は虐げられていた。
だが聖女アニエスの祈りが天に届き、神々は十二の神器を戦士たちに授けた。
そして聖女アニエスと仲間たちは苦難の末、魔神ザイターンを封印する事に成功する。
聖女アニエスはリヤウス教の祖となり、仲間の一人であったクローディウスが神聖ルディア帝国を建国した。
そのような経緯もあり、ルディア帝国の皇帝はリヤウス教団の大祭司長が任命するようになった。
神器の継承者のうちの何人かは、大陸に散らばって各王朝を開いた。
確かそんな話だ。
正直、どこにでもありそうな神話であり建国伝説だとしか思っていなかった。
「封印された魔神ザイターンは数千年後に復活するけど、今度こそリヤウス様が地上に顕現しザイターンを滅ぼす。確かそんな話だったかな」
「その通りよ」
「でもなんか現実感がなくて。おとぎ話みたいだなぁって」
「それがそうでもないの」
母はいつになく真面目な表情だった。
「本当に魔神ザイターンが復活するの?」
「それに関しては、反対意見もあるけれど」
母は説明してくれた。
魔物の暴走や野生の獣の狂暴化が増えていること。
帝国では禁教とされるデギル教の信者が増えていること。
ザイターンが封印されているという魔物地帯での魔力の流れが変化してきていること。
「今は神聖歴2994年。ルディア帝国建国から三千年後にザイターンが復活するという古文書もあるわ。そのために教団も帝国も調査と準備をすすめてるの」
実はずっと以前から対策はとられているらしい。
帝国も教団も、新たな魔法や武器、魔導具の開発や戦術の研究を行っていた。
教育環境も見直し、身分にとらわれず魔力に優れた人材を発掘し登用するための制度も整備しているという。
また帝国と教団のみならず、各国とも連携をとって情報交換をしているそうだ。
「そっか。でも何で私に話してくれたの?」
「あなたが聖女の道へと進むなら、無関係じゃない。それにいつかあなたの不思議な力が役に立つ時がくるかもしれない。そんな気がするの。もちろん何も起こらないかもしれない。それはそれで喜ばしい事よ」
「うん。話してくれてありがとう、お母さん」
とりあえず、今の私にできることはなさそうだ。
どの宗教にもある、単なる終末思想の一種ではないかという気持ちもある。
だが母が色々打ち明けてくれたのは嬉しかった。
そしてあっという間に、高等学院に出発する日になった。
「セシルさんの門出を祝して」
「おめでとう!」
「セシル、あなたは村の誇りよ」
馬のヴァレリーにはあらかじめ別れを告げていた。
多くの村の人が見送りに来てくれる。
パメラやコームといった昔一緒に遊んだ仲間たちもいた。
ほとんどの人は純粋に喜んでくれていると思う。
ただ私の勘繰りすぎかもしれないが、村長の笑顔には、どうも下心がある気がしてならない。
とはいえ私はこの村も村人たちも大好きだし、故郷のために恩返しをしてもいいという気持ちはある。
偉くなりたいとか出世したいなんて別に思わないけれど。
こうして私は帝国高等学院へと入学することになった。
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