第20話 待っていた魔物と折れる剣
予定よりも少し遅れてしまったが、蒼真と弘祈はどうにかリエンル神殿の近くまでやってきていた。
リエンル神殿に着けば、後はオリジンの卵を渡すだけである。そうすれば、帰還の魔法陣から地球に帰してもらえるだろう。
二人が今いるのは湖のほとりだ。
「この湖の真ん中にリエンル神殿があるみたいだよ」
地図と方位磁石を持った弘祈が言った通り、目の前には大きな湖がある。
そこには橋が架けられていた。大人が数人、横に並んで歩ける程度の幅があるものだ。
「なるほど、湖の真ん中にあるからここに橋が架かってるってことか。お、あれじゃね?」
瞼の上に手をかざしていた蒼真が声を上げると、弘祈も同じようにして遠くを見やる。
「うん、多分そうだね」
「ここまで長かったなぁ……。で、この橋を渡って向こうの神殿まで行けばいいのか」
蒼真がしみじみとそう言って、ほっとしたような表情を浮かべた。
そのまま一歩を踏み出した時だ。
何かに気づいたらしい弘祈が周囲を見回し、すぐに眉をひそめる。
「まだ安心するには早いみたいだよ」
声を低めながら、蒼真のTシャツの裾を掴んで引き留めた。
「え?」
これまで浮かれていた蒼真がすぐさま足を止めて、弘祈を振り返る。
「何かの気配がする」
弘祈の台詞に、蒼真は息を呑んでから辺りの気配を探り始めた。
「確かにいるみたいだな。魔物か?」
「そうだと思う」
顔をしかめた蒼真が問うと、弘祈も真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。
まだ少し離れているとは思うが、確実に何かがこちらに向かってきているようだ。
どちらからともなく背中合わせになった二人は、さらに集中して気配を探る。
気配は湖の方から感じた。
「弘祈、気をつけろよ」
「もちろんわかってるよ」
蒼真は右手に剣を出し、柄を強く握る。弘祈もオリジンの卵が入った鞄を大事そうに抱えた。
そのまま神経を研ぎ澄ましていると、小さく水の跳ねるような音が聞こえてくる。二人は反射的にそちらへと顔を向けた。
最初は本当にかすかな水音だったが、徐々に大きくなっていく。こちらへと近づいている証拠だ。
そろそろ姿を現すだろうと蒼真が身構えた時、湖面から何かが勢いよく飛び出した。
「来た!」
弘祈がその姿を認め、大声を上げる。
水しぶきを上げながら出てきたのは、巨大な魚の形をした魔物だった。先日の熊の魔物よりもずっと大きい。
蒼真と弘祈は魔物の上げた水しぶきを浴びながら、その姿をまっすぐに見据える。
「くそ、もうすぐ地球に帰れるのに!」
蒼真は憎らしげに吐き捨てると、すぐさま地面を蹴って魔物の方へと向かっていった。
※※※
「あと少しなんだから邪魔すんな!」
蒼真は湖から出てきた魔物へと駆けながら、叫ぶような声を上げる。
もう少しで地球に帰れると思っていたところに邪魔をされて、苛立つのは当然だ。
「ココハ絶対ニ通サン……」
魔物の地を這うような低い声が響き、湖面が波打つ。
「何で神殿の手前にいんだよ! めんどくせーな!」
魔物のすぐ近くまで迫った蒼真が剣を振り上げた。そのまま思い切り叩きつけるようにして、魔物の身体を斬ろうとする。
しかし、魔物の身体にびっしりついた硬い鱗が、その攻撃を簡単にはね返した。
「ココニイレバ、卵ガ勝手ニ運バレテクルカラナ」
攻撃された魔物は特に気に留める様子もなく、素直にそう答えると大きな目玉を細めた。
「くそ、人間のやってること全部バレバレじゃねーか! これも本能ってやつかよ!」
蒼真が一旦後ろに退きながら、悔しそうに舌打ちする。それから、さらに後方にいる弘祈にちらりと視線を向けた。
「弘祈、絶対に卵を手放すなよ!」
「わかってる!」
弘祈が大声で返すと、
「よし、任せたからな!」
蒼真はそう告げて、また魔物に向かっていく。
そんな蒼真の背中を見送りながら、弘祈はオリジンの卵が入った鞄をきつく抱え直した。
「遅カレ早カレ、私ガ手ニ入レルトイウノニ」
魔物は呆れたように弘祈を一瞥すると、今度は蒼真の方に視線を向けて迎え撃つ。その身体は半分近くが水の上に出ていた。
(ここは『アッチェレランド』。だんだん速く、攻撃の手は緩めない。そして確実に仕留める!)
改めて魔物に接近した蒼真が、顔の横を狙って剣を一息に薙ぐ。だが、やはり鱗で弾き返された。
(それなら次だ!)
すぐに気を取り直して、次の攻撃に移る。手を止めることは一切考えない。
(鱗の隙間を狙えば、攻撃が通るかもしれない)
そう考えて、剣をまっすぐ後ろに引いた。斬るのではなく、突くつもりである。
「はあぁぁぁぁあっ!」
両手で思い切り力を込めて、一気に剣を突き出す。
鱗の隙間を目がけた攻撃は、確かに通ったはずだった。
しかし魔物の様子は変わらない。ただ不気味に嗤っているだけだ。
それから、魔物はおもむろに口を開く。
「狙イ自体ハヨカッタカモシレナイ。デモマダマダ甘カッタナ」
そう言った直後である。
蒼真は魔物に刺したままの剣に違和感を覚えて、思わず手元に目を向けた。
「……何だって!?」
剣を見て瞠目した蒼真は、その柄を握ったまま慌てて後退する。
魔物から距離をとると、改めて剣に視線を落とした。
「マジかよ……」
口からは思わず唸るような声が漏れる。
手の中にある剣。その剣身が見るも無残に、途中から折れていた。
通ったはずの剣は思った以上に刺さっておらず、逆に折られてしまったのである。
「こんなところで!」
これからどうするか、蒼真にはそんなことを考える余裕もなかった。
魔物は大きな身体を横に回転させると、尾びれを高く振り上げる。
「くっ!」
蒼真は斜め上から迫る攻撃に対して、反射的に折れた剣で受け止めようと構える。
しかし受け止めるのが精一杯で、それ以上は何もできずにそのまま地面に叩きつけられたのだった。




