宮殿の宝石 城の宝刀 黒の鏡
人間は残酷である。生き物を殺し、そのまま食べるのではなく遺体を煮たり焼いたり弄ぶ。
アイもまた人間でありその残忍さが心の中に渦巻いている。衝動に駆られ、厚く切られた動物の舌を炭の上で焼いている。香ばしい匂いが部屋を満たす。焼き飽きたのか舌を皿に移し、酸味のある液体を垂らす。満足したのかそれをそのまま口の中に入れた。
口に広がる肉汁、独特な食感、なめらかな口当たり、酸味の液体がしつこさを調和してくれる。片方の口角が上がり、それは悪魔の笑みと言われても遜色ないものになっていた。
「デザートに豆餡餅一つ」アイは指を立てた。
豆の食感を残した緑色の甘い餡、ほんのり上品な餅の組み合わせが素晴らしい。
店を出ると音楽が流れ赤い灯籠が吊されておりまるで祭りでもやっているのではと勘違いする町並みがならぶ。
この町は二つの区画に分かれている。
一つは今いる木の建造物が並び、中央に城がある町。もう一つは石の建造物に中央に大理石で作った宮がある町。ウスルとマレス。
本日の依頼はウスルの城にいる姫君。アイは城に行き門番に挨拶をする。
「お初にお目にかかります。リュミエールと申します。本日は姫君より依頼があり参りました」スカートをつまみ頭を下げる。
「お待ちしておりました。姫君がお待ちです。こちらへどうぞ」
門番に案内され城の中へ入る。素人目でもわかる良い木を使用している。なぜか落ち着く匂いがする。奥の方が木造の城とはうって変わって洋風な扉がある。
「あちらに姫君がいます。」門番は一礼し戻っていった。
扉をノックすると「どうぞ」とかわいらしい声が聞こえた。
扉を開けるとそこにはシャツとズボンの民が着ていそうな服を着ている女性が立っていた。
「こんにちは。リュミエールさんね。私はラン、一応姫をやっているわ。お人形みたいに綺麗ね」
クリッとした目、短めの黒髪であるがサラサラしている。見た目は庶民の服をきているが、どことなく姫らしさが残っている佇まい。
「お初にお目にかかります。リュミエールと申します。」
目の前には魚をすり身とお茶が乗っているテーブルと椅子があり、ランは座ることを促した。
アイは席に座りすり身を口にした。しょっぱめの味に柔らかい触感。お茶とよく合う。
お菓子ではなくしょっぱい物を出されたのは久しぶりだった。
特に意味もない会話のやり取りを一通りし、数秒無音が続いたところでランが口を開いた。
「依頼についてご説明します。」
「私が求めている依頼は、ある兄の醜態を家族に見てもらい、兄には反省してもらうこと。」
「つまり私と一緒に兄を観察し、その醜態を記録していただいた後皆にそれを流してほしい」
今回もまた雲行きが怪しい。アイはため息が漏れた。
「調査は私の仕事ではございません。」断る意味も含めて頭を下げる
「もちろん承知しております。リュミエール様にはただ後をついてきていただき、その記録を残してほしいのです。」
ただの記録係になってほしい、そして自身の行動には口出ししてほしくないという意味も込められている様に思えた。
「とはいっても、経緯等も含めお話ししなければ困ると思いますので口外せずお聞きください。」
内容はこうである。
・ウルスとマレスの友好のために王子と王女が婚約をする
・王子の名前はフィー、王女はビレ
・政略結婚ではあるが二人の仲は良好
・幼い頃からラン含めて交流があり、共に遊んでいた
・フィーは女癖があり、侍女のレビアンに手を出している
・ビレはフィーの女癖は知らない
・レビアンは優秀な侍女であり、接待等でもよく駆り出されその度にフィーから手を出されていた。
「ビレお姉様には兄の事は知られたくありません」
ランは既にビレを姉と呼んでいるところから婚約には賛成であることがみえる。
「わかりました。いつから始めますか」アイは席を立ち道具を持った。
「明日からになります。本日は顔合わせも兼ねて挨拶をしておきましょう。今日はビレお姉様もいらっしゃって食事会をするの」
確かに一度顔合わせはしておきたい。しばらくはここに居ることになり、色々歩き回ることもあるだろう。
「ディナーは食堂で食べるから、それまでは部屋で休んでて。」ランが手元にあった鈴をならし侍女を呼んだ。
案内された部屋は町が一望できる窓、ベッドと小さいテーブルと椅子、服掛けが置いているシンプルな内装であり自分好みであった。窓をあけると心地よい風と音楽が流れており、夕方の景色と調和している。アイはベッドに座り食事まで一眠りすることにした。
コンコン
ノックの音に目が覚めた。
「リュミエールさん、いらっしゃいますか」ランの明るい声が聞こえた。
扉を開けると先ほどの服とは違う衣装のランがいた。
ドレスではないがおとなしめの服、黒髪ということもあり清楚さが際立っていた。
「ふふ、普段ビレお姉様と会うときはこれくらいの服をきているの。」
ビレとはかなり親しい関係のようだ。
食堂はそこまで大きくない大きさだった。
よくある長テーブルは片方7脚の椅子が並べられており城にしては少ないように見られる。
自身の寝室も含め煌びやかなものではないが、決して貧相な部屋ではない実にレベルの高い建物である。
既にテーブルには何人か座っており、おそらく家族、そして1人雪のように白い肌の女性が一人居る。おそらく彼女がビレであろうことはすぐにわかった。
「こんばんは。ようこそいらっしゃいました。」奥に座っている女性が口を開いた。
「初めまして。リュミエールと申します。」アイは全員に向けて挨拶をする。
ランに席を促され席に座る。
テーブルには6名座っている。
王のバーヴ、女王のチル、王子のフィー、姫のラン、マレスの王女ビレ、そしてアイ。
壁際には侍女が立っている。その中で一人衣装が違う女性が一人。
フィーが手を出しているレビアン。
アイはランの仕事を記録する人物ということになっている。故にランの周りにいても違和感がなく、ランが見せる明るい性格のおかげで家族からは仲の良い友人に見えるらしい。
食事は美味であり、レビアン含めた侍女たちにもおかしい動きはなく終えた。
ランに呼ばれ彼女の部屋に行き、レビアンについて情報を聞いたが特筆すべき事は特になく家柄が貧乏であったり、フィーに脅迫されるような材料はなかった。皆に優しく、誰とでも仲良くなれ信頼も厚い女性のようだ。
「なんとか救ってあげたい」ランからも彼女を救う気持ちが表れていた。
「明日からよろしくお願いします。」アイは挨拶して部屋に戻った。
一つ疑問があった。フィーの容姿についてだ。
フィーは、さすが王子であるだけあって気品のある容姿であるが、物語でよくある突出した容姿ではない。民衆に紛れれば正直王子なのかわからない程度である。体型も太すぎず、細すぎず、筋肉がしっかりしているわけでもない。
ビレという美人とは正直釣り合わない容姿であり、彼女がいれば他の女性には手を出す必要がないように思えた。いわゆる育ちなのだろう。
アイはベッドに入り疑問に思いながら目を閉じた。
翌朝
食事を終え、ランの部屋にいた。
「今の私は兄の公務の引き継ぎを行っているの。兄はビレお姉様と婚約したら正式に王の仕事を任されるのよ。」王族の衣装を着たランは話した。衣装を替えただけでこうも姫らしくなるとは思わなかった。
「リュミエール様は私の後に居ていただきその仕事、私自身も含め兄の動向を記録してください。兄と分かれた場合は兄にバレないようについていってください」
アイはうなずくと龍の瞳を取りだした。
「綺麗な玉ですね。まるで宇宙が入ってるみたい。」ランは物珍しく見ている。
「これで常に記録している状態になっています。早速行きましょう。」アイはランを促した。
フィーの仕事は多岐にわたるが、特に外交関連が多い。
他国との物流、研究支援等の交渉。会食や観光案内などの接客など見事にこなしていた。
交渉術に関して群を抜いているのは明かで、紳士的な対応も目をはる。研究にしても深すぎないほどの知識、取り入れようとする好奇心が研究者の承認欲求を刺激している。
ランもそれらに同席しているものの置いてきぼりになっており、置物のように固まることもしばしば見受けられ、普段の元気な姿がない。それほどまでにフィーは優秀だった。
そんなフィーが日中の僅かな時間や夜の時間にはこちらが望んでいる姿があった。
外交では、他国の外交官には男性だけではなく女性も多く招かれていた。それも若く、スタイルも良い女性、明らかにフィーのために用意された女性である。
フィーはその女性等と必ず関係をもち、レビアンとは外交がない日に関係をもっていた。
「もう少し証拠を集めてその後公表しましょう。」ランは話した。
ある夜、アイは引き続きフィーがレズアンを連れて部屋に入った状況を確認した。
よくも毎日とっかえひっかえ相手を変えてできるなと関心すると共に、気になる点があった。
これまでに一度もフィーとビレが一緒にいるところを見ていない。
いずれ夫婦となる関係であるため、頻繁に食事や公務にビレが同席することがあるが決して一緒に夜を過ごすことがなかった。
普段の態度は決して悪くない、むしろ仲が良くまるで親友と話している様な姿を見せる。
そう。まるで親友の様に。。。。
変わらない日の中に一つ小さな変化、大きな異変があった。
ある食事をしているなか、いつもはフィーの後に居るレビアンがいなかった。
ランに話を聞くとどうやら熱があり部屋で休んでいるとのことだった。
それを聞くとただの風邪なので安静にしていれば良いのだが、それに強く反応した人物がいた。マレスの王女ビレである。
「レビアンの様子は?」「看病がいるの?」「仕事をさせすぎたのでは?」
普段温厚で誰にでも優しく接するビレが激高している。その姿にランも驚いている。
食事後、ビレはレビアンの看病を願い出た。他国の王女が侍女の看病をすることがどれだけ異例であり、決して行ってはいけない行為であることも承知の上あるが、ビレは頑なに譲らなかった。現王に頭を下げるほどに。バーヴは内密に行うこと、時間を取らないこと、国とは関係ないことを約束させ仕方がなく了承した。
「本当に珍しいわ。ビレお姉様があんなに必死になるなんて。」自室でランは話した。
青ざめた顔、怒っているのか手が震えていた。
「レビアンはただ風邪引いているだけなのよ。なんで。。。」「私が風邪の時はあんなに怒ってくれなかった」「お風呂一緒に入ったときは一緒に背中を流したのに。」「一緒に寝たときもあったのに」「なんで侍女を必死に。」「なんでなんでなんで・・・・」手だけではなく体も震えはじめた。
アイにとってはどうでも良い状況であるが、現状ここにいるとどんな被害を被るかわからないため、部屋を出て行った。扉を閉めた後も扉越しにブツブツと独り言が聞こえた。
アイは少し城内を散歩した。先ほどのランの様子の整理となんとなく落ちつかないためだ。
空は晴天、星々が一層輝いている。夜風も実に心地良い。城内は落ち着いていた。侍女たちは簡単な清掃や雑談、王と女王がテラスで酒を飲んでおり軽く挨拶をした際も機嫌がよかった。堂々と飲めるのは治安が良い証拠だ。散歩を続けながらランの事を考えた。
普段からは想像つかない感情の表れ、まるで呪い殺すかのような目。ビレに対する執拗なほどの感情。なんとなくアイは今回の依頼について理解し、もしもの時は速やかに逃げる事を考えた。
散歩が終わり部屋に戻る際それはおこった。
偶々通り過ぎたレビアンの部屋から女性の声が聞こえた。嬌声だ。よりにもよって扉が少し開いている。瞬時に中で行われている行為を把握した。関わりたくないのだが今後の対応もあるため確認を行った。案の定ビレとレビアンが交わっていた。結果はわかっていたが僅かな勘違い、聞き間違いを期待したが願いが叶わなかった。アイはもしもの時が近々起こる事を確信した。本当であればすぐ立ち去りたいのだが、最も確認したい事があった。それは行為を行った後の会話である。しばらくして行為が終わり、ビレとレビアンが寄り添って話しをしている。内容はこうである。
・二人は前から関係を持っており相思相愛
・フィーとは一度も関係をもっていない
・レビアンは男性、女性どちらとも関係を持てる
・フィーとの婚約後もレビアンとずっと関係を持ち続ける
・ビレはランと少しだけ関係をもったが、妹の様な存在であり全くその気がない
アイはその場から去り部屋に戻った。その際足下が僅かに光っていたのだが気づかなかった。部屋に戻りアイは先ほど見た光景、情報はランに公開しない事にし眠りについた。
それから幾日かたった。
翌日にはレビアンも回復し業務を行っていたが、確実にランのあたりが辛辣になっていた。嫌がらせ等はないが機械的な応対をするだけになった。それと同時に今まで気づかなかったビレとレビアンの関係も若干露骨に見えるようになっていた。フィーの関係も継続しているが、隠れてはいるが、ビレとレビアンが抱きしめ合う姿、キスをしている姿も見えるようになった。あからさまに見えやすくしているようにも見えた。
夜にランの部屋に行くとランの独り言もひどくなった。だがレビアンというよりはビレが自分を構ってくれない事に対する不満であった。
そしてある日
「明日家族の前で兄の行為を見てもらい反省してもらいます」
ランは落ち着いた声で話した。
夜の食事が終わり、本来では部屋に戻る者やその場で酒を楽しむ者がいるが、今回は全員食堂にとどまった。壁際には侍女が立っておりレビアンもそこに立っている。
「本来であればお休みのところ時間を割いていただきありがとうございました。」
ランは一礼をした。
「今回とある映像を皆さんにご覧になっていただき、父と母からお言葉をいただきたいと思います」
アイは龍の瞳を使い映像を映した。もちろん内容はフィーの今までの女癖になる。
映像が流れている最中フィーの顔は青ざめており、ビレは声を上げ泣き、レビアンはうつむきながら涙を流した。王のバーヴ、女王のチルは怒りに震えた。ランだけは静かに直立しているが、つり上がりそうな口を押さえるので必死になっているかのような表情をしている。
まさに地獄の様な風景である。
「一度止めなさい。」バーヴは声を上げた。
「フィーよ。おまえはなんということをしてくれたんだ。ビレという次期伴侶がいるにも関わらず。。。」「マレスとの親交をより一層深める事はもちろん、おまえとビレの仲睦まじい姿、私はビレが義娘となることが何よりもうれしかった。それを全て裏切りおった」怒り狂う姿は周りの景色もゆがんで見えるほどである。
「これには訳があ・・」
「ふざげるな。」フィーが言い訳を話す前に殴るバーヴ。もはや収拾つかない状態だ。
「リュミエールさん続きを見せなさい。全て醜態をさらしてもらう」席に座らず手は握り拳を作ったまま映像を見る。もう一度殴るのが手に取るようにわかる。
当然映像は醜態の続きになる。もはや皆バーヴの行動が気になっており映像を見ていない。
映像が終わり沈黙が続いた。これから起こる事は誰が見ても明白だった。
先に口を開いたのがランだった。目は悲しみを帯びているがそれが本当の気持ちには見えない。
「ご覧の通り、見境なく兄は会う女性と体の関係を持っていました。」
「私はビレお姉様がいるにも関わらずこのような兄を許すことが出来なかった。」
「婚約も近い。。。私は兄に改心してほしいのです。ですが私だけでは説得力もありませんので、今回このような場を設けました。」沈黙がより演出効果がありよく響いた。
フィーはまるで折れた剣のように地面に座り込んでいた。
「私は大丈夫です。」ガラスのような声が響いた。ビレが発した声だ。既に泣き止んでいる。
「確かにフィーがこんなに色々な方々と関係をもっていたことは許しがたい行いです。ですが、男性があれだけの女性に言い寄られたら少なからずそういった事があることは理解しております。」ビレは席を立ち、バーヴの方を向き頭を下げた。
「わたしは婚約を破棄する事もありません。どうか寛大なお気持ちを持っていただきこれからも一緒に家族として過ごさせてください。」
「本当にありがとう。愚息後で相応の罰を与える。これからも義娘として一緒に入れたらうれしい」バーヴそして隣のチルも涙を流し頭を下げた。
「ラン。本当にありがとう。やり過ぎな感じはしたけど、私を気遣っての行動だったと思います。これからも一緒に過ごせたらうれしいです。」ビレはランを抱き寄せた。
ランの顔が赤らみている様に見える。
このままフィーが悪者でそのおかげで一層絆が深まる。無事解決かとアイは思った。
だがそれは叶わなかった。
龍の瞳から映像が映し出された。
アイが見たビレとレビアンが抱き合っている姿。
アイは目を見開いた。何が起こっているのか、なぜ記録されているのか、自分の意思と反するように映像が流れているのか、思考を巡らせたが時既に遅かった。
食堂内の全員がそれを注視した。中でもランの表情は先ほどの喜びの笑みから悲しみ、そして怒りに変わっていった。
全ての映像が終わった時、ランは口を開いた。
「リュミエールさん。対価と願いを変えます」
「兄の醜態、ビレお姉様の醜態を全国民に流してください。対価はもちろん私の命です」
アイは自身とは相反する龍の瞳について思考していたため話を聞いていなかった。
しかし龍の瞳が光り出しランの願いを聞き入れた。
ランは光となって龍の瞳に吸い込まれ、同時に上空にフィーとビレの醜態が映し出された。
そこからは一瞬で終わった。
アイはその日のうちに国を離れた。その後の結末が手に取るようにわかるためだ。
ウルスとマレスは国民による暴動、戦争により瞬く間に滅びた。
各国の王と王女、フィーもビレも国民に殺され、レビアン含めた侍女も何人かは逃れたが、ほとんどが陵辱を受けた後殺された。国交に優れたまるで宝刀のように気品あるフィー、宝石の様に美しいビレ、全てを映し出し割れた鏡のように消えたラン。誰も救われることがない結末となった。
アイは草原を歩いて、今回の人たちについて思いふけっていた。
「王子は女たらし、妹と王女はレズ、侍女は両方大丈夫。見事にすれ違い。碌でもなかったな。」
「もしかしたら王子と王女は互いに理解していたのかもしれない。だから許せた様な気がする。そうなると、ランさんの勘違いで国が滅んだのか。怖いね。」
「それにしてもなんで龍の瞳が勝手に動いたんだろ。少し気をつけなくちゃ。」
アイは次の依頼先に向けて歩いて行った。