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島には福を呼ぶ猫がいる

 アイは麺料理を食べていた。平べったい麺のおかげでスープがよく絡む。色々な種類があるが、王道の醤油を楽しむ。スープまで飲み干し外に出る。

 小雨が降っていた。傘を差さなくても良いほどの雨。店の入り口には猫の置物が置いてある。

 決して蒸し暑いわけでもなくジメジメした感じでもない。過ごしやすい天気。

 本日の依頼は島の高台にいらっしゃるという。

 今回は荷物が少し多いため馬車で高台へ向かった。

 この島は全体がいわゆるパワースポットと言われるものらしく、観光客が絶えずいる観光島である。そして猫が沢山居る。この島では猫は幸福をもたらすという。別名猫島。至る所に猫がいて眠っている。

 高台には一軒の家があった。屋根には耳、やはり入り口には猫の置物がある。

 アイは肉球の形をしたチャイムをならした。

「は~い。」幼い子供の声がした。少しして玄関が開いた。とてもかわいらしい少女だった。

「初めまして。リュミエールと申します。シャボナ様はいらっしゃいますか。」

 アイはしゃがみ込み少女に話した。

「私はミミ。シャボナは出かけいますよ。」

「それでシャボナからこれを預かってた。」ミミはポケットから手紙を取り出した。

 アイは受け取ると手紙をあけた。


 初めましてリュミエール様。約束の日なのに少々留守にしますことお許し下さい。ご依頼としましては、家の裏が崖になっております。そこにいる猫たちと遊び、その時の映像を残していただきたいのです。期間は1ヶ月とします。よろしくお願いいたします。私も用がおわり次第お会いできるかと存じます。 


 最後には花押のように肉球のはんこが押されていた。

「シャボナから話は聞いてるよ。それまでの間の衣食住はここで用意するから、ゆっくりして下さい。」ミミはそういうと家に上がるよう促した。

 アイは今回の依頼について考えた。

 誰か猫好きがいるのだろうか。もしくは猫の動きを研究するためなのか、色々な理由が思い浮かんだがどれもぱっとしなかった。なにより命をかけるものではない。

 とりあえず衣食住が保証されているのであれば、ゆっくりできる。ここ最近は長旅で疲労が重なり、可能であれば休みたかった。

 部屋はホテルの一室のようにシンプルな部屋で、ベッドとクローゼットがある。

「早速ねこにあいさつをしましょう。準備致しますのでちょっと待っててね」

 ミミはそういうとクローゼットを開けた。

 そこでアイに疑問が思い浮かんだ。

 衣食住、、、、衣とは?衣服は持っている、それなのに衣とは。

「猫と仲良くするのであれば見た目も猫に近づける必要があります。毛も付きますのでせっかくの衣服が台無しになります。なのでこれ着て下さい。」ミミが両手で持っているのは、猫のパジャマだった。

 アイは凍り付いた。この子は何を考えているのだろうか。

 黒い猫を模しているパジャマ。フードには猫耳、お尻には尻尾が付いておりご丁寧に手袋と靴下には肉球がついている。

「シャボナからこれを着て遊んでもらうようにと言われています。」

 ミミは笑いながら差し出した。


 渋々パジャマを着たアイは家の裏の崖についた。

 高台からは海が一望でき景色がいい、久々に気が休めそうだ。パジャマ以外は・・・

 猫は嫌いではない。というより動物が好きである。

 常に世界を旅するアイにとって動物を見る事はあってもふれあいが殆どない。

 動物とのふれあいは憧れに近いものになっていた。

 そこには小さい子猫もいれば大きい猫もいた。

 じゃれ合う猫もいれば寝ている猫もいる。

 岩の上でのんびり寝ている猫もいる。

 アイは高鳴る気持ちを抑えつつ静かに崖の近くで寝ている猫に近づいた。

 ピクッと猫の耳が反応しこちらを向いたがすぐに戻った。

 アイは恐る恐る手を猫の背中に置き、ひとなでした。

 ゾゾッ

 アイは体全体に寒気を感じた。

 猫を見るとこれでもかと言うほど目が開いており、後ろを見ると子猫を含めた猫たちが飛びかかってきた。

 一瞬で体全体に猫がくっついた。

 噛む猫、爪を引っかける猫、頭に乗っかる猫、パジャマの尻尾に体を巻き付ける猫

 3秒前の高鳴る気持ちは一瞬で恐怖へとかわった。

 10秒後

 アイは身ぐるみを剥がされ地面に伏していた。

 パジャマはほとんど切り裂かれ、お尻に合った尻尾は頭に乗っかりチョンマゲのようになっている。

 アイは恐怖と何が起こったのかわからない衝撃と屈辱で涙を流した。

 空は雲一つない晴天である。


 悲惨な状態を維持したまましばらくの時間が過ぎた。

「話は聞きました。いきなり背中を触ってしまったようですね」

 ミミが満遍の笑みでひょこっと顔を出してきた。

 少しイラっとした。

「条件反射的なものですが、背中は獲物から狙われたと勘違いして警戒してしまう場所です」

「あなたもいきなり背中を触ってきたら怒るでしょ。それでほかの猫たちも危ないと思って襲ってきたのだと思いますよ」

 指を立ててミミは説明をした。

 少しイラッとした。

「とりあえず着替えましょう。予備は何着もあります。」

 ミミは軽い足取りで歩いていく。

 なんとなくミミはこの状況を予想していた様に思えた。

 またちょっとイラッとした。半日でかわいらしいが生意気な子供に見える。

 アイはトボトボと後に続いた。


 家の中に居るときは部屋着を着ることにした。

 猫のパジャマは触感がいいが、あまりにモフモフしていて落ち着かない。

 いつもの服も猫のパジャマを着た後では暑くて着たいとは思わなかった。

 簡単なシャツと半ズボンが軽くて心地よい。

 今回はあまりに失礼だった。確かに初対面に背中を撫でられるのは良くなかった。

 もう初対面ではないが油断しないで丁重に扱おう。

 遅めの昼食を食べ終え、再度パジャマを着た。

 今度は濃い緑色の猫のパジャマ。

 裏の崖についた。先ほど撫でた猫が同じ場所にいる。

 変わらず気持ちよさそうに寝ていた。

 アイはリベンジを兼ねて猫に近づいた。

 警戒されると思ったが、その様な仕草はなくただ耳だけがこちらを向いていた。

 前回の反省を生かし背中は辞めて尻尾を撫でることにした。

 尻尾はよく動くので凝るのではないのだろうか。

 きっと気持ちよくなってすぐ懐いてくるのだろうと想像する。

 さっそく尻尾をその肉球で鷲摑みにした。

 ゾゾッ

 アイは体全体に身に覚えのある寒気を感じた。

 猫を見るとまたこれでもかと言うほど目が開いており毛も逆立っていた。

 後ろを見ると子猫を含めた猫たちがまた飛びかかってきた。

 一瞬で体全体に猫がくっついた。

 朝と同じ惨状が発生した。

 アイはすすり泣きながら家に帰った。


 このやり取りを2週間続けた。パジャマを既に20着は無駄にした。

 雨の日はなぜか家の中に猫が入ってきて、望んでいないタイミングで攻撃された。

 あらゆるコミュニケーションを取った。頭を撫でたり、おなかを撫でたり遊び道具を使ったりもしたが一向に仲良くなれなかった。

 そして依頼人のシャボナもまだ来ていない。

 さすがに心が折れかけており、猫が嫌いになってきた。

 アイはベッドの上で考えていた。シャボナはなぜ現れないのかを。猫がなぜ懐かないのかを。なぜパジャマがなくならないのかを。

 頭に靄がかかったようにすっきりしない。アイは眼を閉じ休むことにした。




 アイは夢を見た。

 見渡す限り白い雲に覆われており、丸みがかかったピンク色の大きいクッションに寝そべっていた。

 雲の奥からは優しい猫の鳴き声が聞こえる。

 クッションも鳴き声もあまりに心地よかったためアイは指一本動かすことできなかった。そして夢の中で眠りに落ちた。

 眼が覚めると再びクッションにいた。アイはこれが夢であることを理解した。

 一つ違う点は、目の前に巨大な白い猫の顔があることだ。

 クリクリっとした眼はかわいくもあり見透かされている様にも思える。

 アイは自分が寝ているクッションが肉球であることに気づいた。

「夢の中でもう一回寝るなんて、よっぽど疲れてたのかな」猫は話した。

 優しいおじいさんの様な声で包み込むようであった。

「猫は寝るのが大好きだから、一緒に寝ることも大切だよ・・・・」

 そういうと猫は大きな尻尾をアイの頭に巻き付けた。

「おはよう」


 アイは眼を覚ました。家のベッドの上にいる。

「はっきりと覚えている」

 夢で見た猫、夢で眠りについたことまで鮮明に覚えている。

 久々に感じた感覚、夢を見ること自体が久々だった。

 翌日、アイはパジャマを着て崖にいた。今回はオレンジ色である。

 相変わらずたくさんの猫が太陽の下気持ちよさそう寝ていた。

 いつも構う猫も同じ場所にいた。

 アイは猫の隣に座った。

「今日もいい天気だね」猫は耳を傾けた。

「ちょっと隣ごめんね」アイは寝そべった。

「最近疲れちゃってね。今まで全然感じなかったけど、なぜか今まで聞いてきた思いについて考えてしまう」

「あまり良いことではないのだけど。これからもいろいろな思いを聞くのだからいつか壊れてします」

「だからこれからもできるだけ考えないで無心で頑張って行こうと思う。」

 猫は耳を元の位置に戻し眼を閉じた。

 それに続いてアイも眼を閉じ、太陽の下で心を休めた。

 アイはお腹に感じる重さで目が覚めた。

 そして体全体に渡ることに気づいた。

 なんとか動く首を上げるとそこには体全体に猫が乗っていた。

 体の上だけではなく、脇下、又下、頭の周りも猫だらけ。

 猫に埋もれているという表現以外の言葉が見当たらないほどである。

 胸の上に寝そべっているのは今まで構っていた猫。

 鳴き声を上げながら鼻に肉球をつけた。

 香ばしい匂いと感触に口元が少しだけ緩んだ。



 最後の一日

 アイは荷物をまとめ次の場所へと向かう準備を行った。

 あれからの2週間で猫との距離が一気に縮まった。

 生活も猫に合わせ、一日の大半は共に寝て残りの時間は一緒に遊ぶ事にした。

 この2週間はとても充実したものになった。

 しみじみと部屋を出たが家の中はあまりに静かだった。

 各部屋を覗いたがミミがいない。できれば挨拶をしたかったがアイは荷物を持って家を出ることにした。天気は晴天、気温も温かい。海の音も実に心地よい。

 アイは依頼の対価を受け取るため龍の瞳を出した。

 結局シャボナとは一度も会えなかった。

 足下が光を帯びた。

「アイさん」頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。

 顔を上げても誰もいない。気のせいと思いもう一度龍の瞳を前に掲げた。

「アイさん」また頭上から声が聞こえた。

 今度は気のせいではない。声が聞こえた方向、家の屋根を見た。屋根の耳が動いている。アイは目を丸くした。

「初めましてシャボナです。」間違いなく家が話している。

 もしかしたら猫の中の1匹、家の置物がシャボナである可能性は考えていた。

 しかし、家がシャボナであるのは予想外であった。

「お話ししたのは夢ぶりですね。あれからみんなと仲良くなれてよかったです。」

 混乱はしているが、今までの経験から多少は驚きに耐性をもっている。

 やはり夢で聞いた優しいおじいさんの声だ。

「それでは今回の依頼についてですが、今までの映像はあなたが持っていてください。そして、自分の心が汚れたと感じたり、折れそうになったら足を止めて見直してください。対価は私の人生です。」

 シャボナにとって何にもメリットがない依頼。アイは動揺したがシャボナは続けて話した。

「この家は島全体の守り神の役目果たしています。家には精霊が宿り、精霊は猫の中から選ばれます。精霊は時が来たら代替わりがおこります。実はその時が今日です。」

 この島のことはわかったがなぜ今回依頼をしたのかがわからなかった。

「依頼をお願いしたのは気まぐれです。代替わりになったら私は今度こそ天国に行きます。あるときあなたの噂を聞いて、仕事内容を聞いたらなんだか大変そうなので、なんとなくここでリラックスしてほしいと思っただけです。本当に気まぐれです。」

 納得できなかったが無理矢理理解することにした。偶々選ばれただけであると。

 偶々は過去にも経験があった。今の仕事に就いたのも偶々選ばれたためであったからだ。

「それでは始めます。」アイの足下が光を帯びた。

「少しでもあなたが癒やされればうれしいね。ありがとうございました。」家が光り出し、そこから光の玉が浮かび上がった。そして龍の瞳の中へ吸い込まれていった。

 すると崖の方から同じように光の玉がこちらにゆっくりと飛んできて、家の中に入った。「シャボナさんお疲れ様でした。後は私の方でやりますので、ゆっくりお過ごしください。」

 今度は家から優しいおばあさんの様な声が聞こえた。

「アイさんありがとうございました。ゲティーです。いつも息子と遊んでくれてありがとう」精霊となった猫は話した。

「私は崖の岩の上で寝ていた猫です。そしていつも遊んでくれた猫の母です」

「これはどうも・・・大変お世話になりました。そしてごめんなさい」

 アイは深々と家に挨拶をした。とても気まずい。

 最後は良かったが初めの方は息子にとても失礼な事をしてしまった。

「いいのよ別に。あの子も本当は構ってくれてよろこんでたしね。」まるで近所のおばさんの様に話してきた。心からほっとした。

「それでシャボナから言付けだけど、島から出るときにミミも含めてみんなでお見送りするのだけど、そのときにミミから手土産あると思うから受け取ってね。」

 それで周りの気配がなかったのか。なんだか申し訳ない気持ちになった。

「疲れたり、何か悩みができたらいつでも来てね。待っています。」

 ゲティーは最後に優しくアイに語りかけた。

 船の停泊所には、一緒に遊んだ猫たちとミミがいた。

「短い間だったけどありがとう。これシャボナから。」

 小さい手には小さな鈴があった。綺麗で細く、水のように流れる音色が聞こえる。

「服か普段身につけているものに付けて。あまり必要ないかもだけど付けているだけでお守りの効果がある。綺麗な音だからリラックス効果もあるしね。」

 アイは竜の瞳を入れているバックに付けることにした。

「それとこれ。。。」ミミは大きめの袋を手渡してきた。

 中を見ると猫のパジャマが入っていた。捨てるわけにはいかないので持って帰ることにした。


 シャボナは白い雲の上を歩いていた。ふわふわとした道を弾むように進む。これから自由な時間が始まる。すると道横には黒いスーツを着た長身の男性が立っていた。

「ありがとうございました。」深々と頭を下げた。

「彼女が幸せになれることを心から祈っています」シャボナは右手を挙げて道を進んだ。


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