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第8話 敵を愛するのは難しいです

 夜、私は寝付けなかった。当たり前だ。異世界に来た初日にぐっすり寝られたら、おかしなものだ。


 ラーラ一家には優しくされ、こうして寝床まで用意してくれた。綺麗で着心地の良いパジャマに、ふかふかなベッド。ラーラやキースさん、ダナさんだって優しい。今の状況は異世界転移後にしてはかなり恵まれていると思われるが、ぐっすり眠れるかどうかは別問題だった。


 ベッドの上で目を閉じてもどうしても眠れず、起き上がる。ベッドの横にあるデスクの上には、一冊の聖書。こんな時は、どうしても読みたくなる書物だった。


 ラーラは夜は電気の供給が不安定になると言っていた。魔法で運営されている電気は、現代日本のようには行かないようで、ラーラから手燭とマッチをもらっていた。


 それに火をつけると、部屋は仄かな灯りに満たされ、聖書を読む事ができた。もっとも窓の外からは、大きな月が見え、ちょっと明るいぐらいだったが。日本よりは文面が発達していない異世界は、星も月もはっきりと見えようだい。綺麗な夜空だったが、今はそれを楽しむ余裕はない。


 パラパラと聖書をめくっていると、ちょうどマタイの福音書あたりに目が止まる。マタイの福音書は、ちょうど新約聖書の巻頭にあたる所だが、初っ端からカタカナの洪水があり、初見殺しとしてクリスチャンの中では有名なところ。


「敵を愛しなさい、か……」


 そして、ちょうど「敵を愛しなさい」と書いてある五章あたりの目が止まる。山上の説教と言われている所で、人々にイエス・キリストが教えをとく所だ。山上の説教はとても有名な箇所なので、クリスチャンじゃなくても知っている日本人も多いだろう。


 私も子供のころ、クリスチャンであると言うといじめっ子に揶揄われた。「敵を愛さなくていいんですかー?」と屁理屈を言われたものだが、今はこの聖書箇所から目が離せなくなってしまった。


 今は別に私には敵はいない。ラーラ一家のみんなは確実に自分の味方だ。村の農家の人や市場の人だってみんな優しかった。


 それでも、広場であの青年に石を投げていた光景は、記憶にのこて消えない。ラーラ達のゲスな目も。一方的にみんなから傷つけられていた男も。


 何より、あの場から逃げしまった自分が情け無い。敵は、特定の誰かではなく、そんな弱い自分も当てはまるのかも……。ついつい弱い自分を責めたくなったが、そんな事はきっと神様は望んではいないだろう。


 聖書を読みつつ、悔い改めの祈りをしていたら、居ても立っても居られなくなってしまった。広場で石を投げつけられていたあの青年は大丈夫だろうか。気になって仕方がない。敵を愛するなんて難しいが、愛がある行動は選択できるはずだ。


 私はパジャマからラーラに貰ったワンピースに着替え、あの広場まで走っていた。夜なので不安もあったが、片手に手燭もあったし、驚くほどで歩いている人もいない。二十四間営業のコンビニがある現代日本の生活に慣れきっていた。本来なら夜は活動せず、眠るのが当たり前なのかもしれない。


 この異世界に四季があるのは謎だが、ちょうど春ぐらいの気温で、風も心地よい。広場に行く途中、ふと夜空を眺めたが、やはり月も星も綺麗。


 こんな綺麗な月や星は、一体誰が創造したのだろう。聖書では自然にあるものも全部神様がつくったという。この異世界にも、同じような自然があるのは、やはり、元いた世界と親和性がある? 


 それともこの異世界にも何らかの創造神のような存在がいるのかと思ったが、宗教も神という概念はない。そこは謎が深まる。考えられるには、ここは元いた世界のパラレルワールドで、似た部分が多くあるとか。


 あるいは、誰か人間がつくった仮想世界。ゲームや漫画の世界に何かの拍子で入り込んでしまった可能性も考えられるが、今はどうやっても答えは出そうには無い。


 もう夜空を見るのは辞めた。まずは、広場に行かないと。


「あ、いた……!」


 広場につくと、予想通り、あの青年が倒れているのが見つかった。


 月明かりに照らされ、綺麗な金髪が透けていた。それを台無しにするかにように、頬や肩、腕、手、足首などが傷つけられ、酷い有様さった。もしかしたら石を投げられるだけではなく、殴られたり、蹴られたり暴力も受けていたのかもしれない。着ているシャツやズボンもボロ雑巾のようだ。


 元々はイケメンだ。こんなボロボロでも色気が爆発しているから困ったもの。ラーラの話だとホスト業の男らしいが、血で汚れた顔も色気ムンムンで困りもの。


「あ、あなたは誰……?」


 青年は意識もあまり無いようだったが、私に気づくと、うっすら目を開けていた。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃないね。見た事ない顔だけど、君は一体誰? また石でも投げに来たの? 俺がホストみたいな事をするのが、許せない? 罪人? 君みたいな優等生タイプは許せないだろう……」


 弱々しく言う青年に、ぎゅっと胸が締め付けられそう。


 聖書を思い出す。イエス・キリストは、今でいうキャバ嬢や不倫をしていた女性も許していた。一方、自分が偉いと傲慢だった宗教人には厳しかった。


 私はこの青年を許す?


 というか、そんなジャッジをする権威は私にはない。善悪を決めるのは、神様だ。善悪を勝手に決めるのが、罪というものだ。聖書にも裁いてはいけない所書いてある。


 それでも、聖書には善悪をより分け、判断しろという教えもある。一見矛盾した教えだが、牧師の父によると、よく聖書を読むと、全く矛盾していないというが。


「わからない。でも神様はあなたを許していると思うよ。二千年前からずっと」


 結局、私がこの青年を許すかどうかは判断できなかったが、彼の側にしゃがみ、癒しの祈りをした。


「か、神様って何?」


 青年が戸惑っている間、私はずっと癒しの祈りをし続けた。


「あ、あれ?」


 青年の戸惑いはもっと深まる。顔や身体中にできて傷がずっと引いていき、癒されてしまったからだ。ついには、立ち上がれるぐらい元気になってしまった。


「わからない。その神様って方は、俺でも許しているのか? え、って君は何なんだ? 聖女様か!?」


 青年はまじまじと私を見ていた。かなり混乱している様子だ。無理もないだろう。日本でこんな事をしたら、確実にカルトや異端扱いくを受けそうだが、異世界にいる今は、そんな心理的ハードルもなくなった。もう既にラーラ達も癒していたし、今はもう目の前で傷ついている人を癒したいだけだったが。


「聖女様。俺は一生、あなたについて行きます」

「は?」


 そう、全く欲もない行動だったはずだが、この青年は予想外の行動に出た。


 私の目の前に跪き、誓いの言葉を口にしているではないか!


 しかも私の手を取り、忠誠のポーズまでしているのだが。


「俺は聖女様の犬です。これからあなたを一生かけて守ります。煮るなり焼くなり、お好きに活用ください!」

「えー?」


 思わず変な声が出てしまった。単に目の前で傷ついている人を助けただけだ。しかも神様の力でやった事なのに、どういう事? 


 なぜか忠犬が爆誕してしまった。

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