第6話 罪がない者だけが石を投げなさい
「美味しい!」
「そうだね、ラーラ。美味しいね!」
野菜と物物交換して手に入れた菓子・マッツアは想像以上に美味しかった。
見た目も作り方もクレープとそっくりだっが、生地は小麦粉だけではなく、蕎麦粉も入っているようで珍しい。そんな珍しいにたっぷりとクリーム包まれ、トッピングされている果実も美味しい。イチゴや林檎とよく似た果実だが、日本のものより糖度が高いようで、これだけでもお腹いっぱいになりそうだ。
「これ、蕎麦粉入っているのかな?」
「蕎麦粉? そんなものはこの地域にはないよ。たぶん雑穀粉の事?」
「そうか。味は似てるけど、別物なんだね。さすが異世界!」
私はテンション高い声を出しながら、マッツアを頬張った。初めて食べる菓子。初めて見る市場。それに人外な異世界の人々。目に映るものが全て新鮮で、心の余裕も出てきた。
「次はどこ行く? といっても広場か公園ぐらいしまないけど」
「ラーラ、広場って何?」
公園は予想がついたが、広場はわからない。現物を見た方が早いという事になり、二人で広場へ向かった。その途中、マッツアは全部食べてしまう。青空の下で食べ歩きとは、日本ではなかなか出来ないものだ。
今のところ日本へ帰る手段は、全く見つかっていないが、マッツアのおかげで心の余裕も出てきた。とりあえず食べ物は不味い異世界でなくてよかった。これが酷かったら、もっと絶望感があった事だろう。
そんな事も考えていると、あっという間に広場についた。
広場は人だかりができていて騒がしい。市場も騒がしかったが、ここは怒鳴り声やヤジも飛んでいる。市場では客引きや商品のセールストークで賑やかだったが、ここは逆。陽気な騒がしさに満ちていた。
人が連なっているおかげで、広場の中心部には何をやっているか、全く見えない。
「ラーラ、この広場では何をやってるの? 何かのスポーツ?」
「ふふ、たぶん、公開処刑だよ。面白い。見に行ってみよう!」
「こ、公開処刑?」
ラーラはゲスな目を見せていた。そういえばここに集まっている者達は、みんな今のラーラのような表情を見せていたが、一体何?
それに腐ってもクリスチャンの私は、公開処刑なんて言われると、どきっとする。ついついイエス・キリストの十字架の光景が頭のよぎり冷や汗も出てきた。十字架も公開処刑だ。今更ながら拷問器具が象徴になっている宗教はちょっと怖いが。
「ラーラ、何これ?」
「いいから、いいから」
小柄なラーラは人だかりを縫うように入り込んで行き、ついに私達は前方にたどり着いた。広場の中心部がよく見えるが。
中心部では男性が一人、石を投げられていた。群衆は悪魔のような顔をしながら、男に向かってバンバン石を投げつけていた!
ラーラも一緒になって石を投げている。ほんの少し前に神様について知り、優しく気遣ってくれたラーラとは別人のよう。
「ああ……。これが罪……」
私は再び手にしていた聖書を抱え直す。聖書は基本的に性悪説。人間はクソどうしようもない。
いくら良い人ぶっても偽善だったり、無関心だったり、逃げたり、裏切ったりする罪ある存在だと書かれていた。だからこそ神様であるイエス・キリストが必要というのが聖書がいうメッセージ。自ずとクリスチャンは、自分の中にある清くない罪ある思いと対面する事になる。
よく私も日本で誤解されたが、クリスチャン=良い人ではない。単に神様に救われただけ。一方的に神様に拾われて恵まれただけの人だ。罪との戦いは一生続く。別に良い人じゃない。清くない。神様に清いとされただけで、クリスチャンでも何でもない普通の人の方がよっぽど良い人だったりする。
「ラ、ラーラ。これは一体何なの?」
「だから公開処刑だって。あのイアンって男は村で身体売って生活している最低の男。別に叩いてもよくない?」
ラーラは何の悪気もなく、男へ石を投げていた。
よく見ると、石を投げつけられている男はイケメンだった。金色の髪の毛にブルーの目。身体つきもスマートで、日本でもモデルになれそうな雰囲気。
身体を売っていたという事は、ホストのような水商売の男だろう。見かけは全く人間だったが、ここは異世界だ。たぶん魔力のある人外かもしれないが。
「や、やめよう?」
一応ラーラに言った。群衆から石を投げつけられている男は痛そうで見てられない。川に落ちた犬をみんなでいじめているようで、心が痛い。
「あ、でも。やりすぎたかも……」
ラーラはすぐに石を引っ込めたが、他の群衆は全く辞める様子はない。それどころか、もっと男を叩き、石を投げて楽しんでいた。
聖書にも似たようなシーンがあった。今で言うキャバ嬢の女性が公開処刑にあったが、イエス・キリストは「罪がない者だけが石を投げなさい」と言って助けた。これは勝手な想像だが、このとき既に十字架の上で死ぬ事も知っていて、余計にこの女性に同情したのかもしれない。
一方、私はラーラを止めさせ、この広場から立ち去る事しかできなかった。一言で言えば逃げたのだ。
「やっぱり、石を投げるのはやりすぎたかなー」
ラーラも罪悪感が刺激され、ちょっと落ち込んでいたが、私も似たようなものだった。
あの男を助ける事ができなかった。神様だったら、きっと助けただろうに、自分は逃げた。
こんな自分は別に聖女ではない。うっかりラーラや農民を癒してしまったが、所詮罪のある人間。別に神様ではない。
「でも、あの男の人心配。大丈夫なの?」
「大丈夫でしょう。よくある事だし」
「よくある事って……」
「聖衣、ここはこういう村だよ。野蛮だし、田舎者の集まり。仕方ない」
食べ物が美味しいこの異世界は、ちょっとは楽しめそうだと思っていた。現実はそう簡単でも無いようだ。
気づくともう日が暮れかけ、空はオレンジ色に変わっていく。
「聖衣、宿場に帰ろう」
「いいの?」
「いいのよ。さっきも言ったじゃん。困った時はお互い様だって」
そう笑うラーラは、完全に悪人でも無い。根は本当に良い子なのだろう。
「うん、ありがとう、ラーラ」
今は宿場に帰るしかなさそうだった。村を見て回ったが、日本に帰れるヒントは結局見つからなかった。