第5話 異世界の村は案外楽しそうです
私がやってきた異世界・ナロッパ国。魔王が支配する魔王王国だったが、大陸の西方に位置し、周辺の国や地域の中継地点でもあるらしく、人や物の流れは速いらしい。
もちろん、インターネットも電話もない。なので連絡をとったり、情報をとるのは日本の何倍も難しそう。ラーラから聞いた情報も全て正しいとは言えないかもしれない。
「で、ここはゼレナ村ってところ。私の家の宿場も。夜にはお客さんがやってくるわ。旅人や勇者なんかもくるわ」
ラーラの説明を聞きながら、いよいよ本格的に異世界に来てしまったと感じた。日本で暮らしていた時は、勇者や旅人なんてファンタジーにしかない単語だった。
「この村は、どういう場所なの? 私、気づいたら、スラム街っぽいところにいたんだけど」
「まさか西の方の無法地帯に行った?」
「たぶん」
「やばいわよ。あそこは普通の村人は滅多に行かないから。娼館とかもあるし、魔法を持った魔族が奴隷をこき使ったり、やりたい放題な場所で」
「ひぇ……。まさに何でもアリなところなのね」
本当にとんでもない場所に来てしまったと実感してしまう。やっぱり食べているクッキーは甘く感じなくなってきた。苦いかも。
「いや、何でそんなスラム街ができてるの?」
政治や福祉は機能していないかと思ったが、魔法が普通に存在する異世界では難しい問題かもそれない。福祉はキリスト教や仏教などの宗教が関わって発展した歴史もある。宗教がない土地で福祉の発展も難しいだろう。
お金を取ったり、洗脳して戦争や犯罪ばかりやっているイメージの宗教だったが、福祉の発展に関しては良い面もあった。ちなみに神道は宗教的な教えがなく自由で文化的で、修行等もないので、洗脳や戦争と結びつきにくいが、福祉との縁はさほど濃くはない。一概に宗教といっても良い面と悪い面があるのだろう。
「ところで、この部屋の灯りは何? こても魔法?」
「ええ」
聞くと、電気やガス、水道、印刷技術などに変わるものは魔法であるらしい。移動も召喚技術で行う魔族が多いという。馬車などは完全に庶民向けのアイテム。近代的な技術と中世ヨーロッパ的な文化レベルが適度に混じり合っている事は理解できた。
「まあ、そんなに不安がらないでよ。セイはこの宿場で暮らせばいいじゃん」
「いいの?」
「だって私の病気も癒してくれたし、神様って方の事もよく知りたいし。うちのパパやママにも言っておくから」
「え、本当にいいの?」
「困った時は、 お互い様だよ。私がもし行き倒れていたら、今度は聖衣に世話して貰うからお互い様」
そんな優しい事を言われると、涙が出そう。思わず聖書を抱きしめたくまる。ラーラは神様を知らない。
宗教も何も知らないエルフだったが、聖書が伝えたい隣人愛は無意識に知っているようだ。むしろ日本で父のような宗教にこだわっている人の方が分かっていない場所もある。こんなラーラを見ていたら、聖書の中にある細かい教えを学ぶより「神様と隣人を自分の事のように愛しなさい」という教えだけで十分な気がした。
「ありがとう、ラーラ。あなたも神様に祝福されてるわ!」
「は!? 聖衣、涙目で感動しすぎだよ」
「いえいえ、嬉しいのよ。ハレルヤ!」
今度は私はラーラを抱きしめ、ウザがられてしまった。
「もう、聖衣。気持ち悪いって。あ、そうだ、この村見て見ない?」
「え?」
「何か帰れるヒントがあるかもしれないし、今は市場で美味しいものとか売ってる」
そんな事を聞いたら、お腹が減っている事にも気づいてしまう。
「行きたい!」
「じゃあ、ゼレナ村ツアーに行きましょ!」
という事でラーラと二人で村を見て回る事になった。
まずは宿場の周辺の農家や畑を見た。正確な名前はわからないが、レタスのような葉野菜や麦を畑で育てているようだった。
風は日本よりだいぶ乾燥していた。案の定、水がたくさん必要な稲作はほとんどしていないという。
宿場の近くの農民は、おおむねフレンドリーで、異世界人の私にも好意的だった。ただ、身なりは粗末で、いかにも貧乏そうではあった。ラーラの服装もさほど綺麗でもないし、この国は格差や身分の差が根深そう。
「おお、ラーラ。最近ずっと体調悪そうだったのに、元気そうじゃねぇか」
「この聖衣に癒してもらったんです! 聖女様ですよ、きっと! 最強聖女様です!」
ラーラが大袈裟に私を紹介するので、農民の中でも聖女扱いされてしまった。この聖母マリアのコスプレは誤解に拍車をかけているようだったが、擦り傷や腰が痛いという農民も放っておけず、癒してしまった。
「すげえ、聖女様! 最強聖女様だ!!!」
うっかり癒してしまった事だが、こんな風に持ち上げられると、恥ずかしくてたまらない。いの間にか農民に取り囲まれ、ハーレム状態。農家でとれた野菜もどっさり貢がれてしまったが、そんなつもりで癒したわけでもないのだが……。
「私がすごいんではなくて、神様がすごいんです! みなさん、聞いてください! 私は聖女じゃないですよ!」
必死に誤解を解こうとしたが、農民に囲まれてしまう。ラーラに手を引かれて、ようやく逃げられた感じだった。
「すごいじゃない、聖衣。擦り傷や腰痛もあっという間に癒せるの?」
「だから、私じゃなくて、その力を貸してくれた神様がすごいんだからね!」
「いいじゃないないの。すごいわ」
再びラーラに褒められ、本当に居た堪れない。これって私tueee的な展開?
アニメや漫画が好きな私はこんな展開を何度も見てきたが、いざ自分がその立場に立たされると、恥ずかしい。顔が真っ赤になってしまう。
そもそも聖書の中で神様であるイエス・キリストは、盲人の目を癒したり、死んだ人を生き返らせていた。神様に比べると、私はまだまだだ。
「まあ、次は市場行こう!」
「うん!」
ラーラに手を引かれて、村の中心部にある市場に向かった。
ここは祭でもやっているかのように賑やかだった。野菜はもちろん、肉、果物、惣菜や菓子を売っている屋台が連なっていた。客も多く、ラーラのようなエルフ、獣人など明らかに人外ばかりだったが、幸いにも聖母マリアのコスプレのおかげで、あまり目立たずに済んでいた。
「わあ、これが果実?」
果実の屋台を見てみたたが、日本で売られているものと違い、色鮮やかで形も大きめ。いかにもオーガニック栽培といった雰囲気だった。日本での果実はき工業製品のような綺麗さがあるが、ここでの果実は本物っぽい。
「そうだよ。ここの果実はみんなこんな感じ」
「へえ、面白いね」
「そう? まあ、別の世界に来たって、こういう市場で楽しんで。観光感覚でもいいじゃない?」
そんな事を言われると、思わず私の肩の力も抜け、笑ってしまう。そういえば、この世界に来て初めて笑った気がした。
「ここのクレープみたいなお菓子おいしそう!」
「このお菓子はマッツアっていうんだけどね。セイ、食べる?」
「そういえばお金持ってなかった!」
「大丈夫よ。この市場では野菜だったら物物交換できるから」
「ほ、本当?」
つまりさっき貢がれた野菜で菓子が買えるという事。癒した結果で貰った野菜。それで菓子を買うのは、ちょっとだけ罪悪感もあった。別にその為に農民を癒したわけでもない。
「いいんじゃない? だってその神様が怒る事? お菓子買ったからって怒る方なの?」
ラーラに言うと、こんな言葉が返ってきた。確かにそんな事で怒る気はしない。別にこれが目的や動機だったわけでもない。聖書では神様は動機や心を見るとあった。
「じゃあ、買う!」
「うん。このマッツアってクリームたっぷりで最高に美味しいんだよ」
こうして屋台で菓子を買い、ラーラと二人で食べ歩きをした。
こんな異世界に来て暗くなるかけたが、今はそうでもない。むしろ喜んでいた。