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第4話 異言は神様からのチートスキルです?

 元気になったエルフの娘は、ラーラといった。この宿場の娘らしい。両親は宿場の経営者で、今は食材を買いに出掛けているという。


 ラーラを癒し、気にられてしまった私は、宿場の中に案内された。見た目は古めかしい木造だったが、中は普通にキレイだ。ロビーのような場所に通され、しばらく待っていて欲しいと頼まれた。


 こうして私は、ラーラに案内されるがまま、この場所の椅子に座った。椅子やテーブルも木製だった。古めかしい。壁も床も全部そう。文化レベルは、異世界らしく中世ヨーロッパぐらいなのだろうか。


 それでも電気は通っているようで、天井に灯りはある。どうやって電気を供給しているのかは、謎だ。スイッチやリモコンらしきものは、無く、異世界らしく魔法で供給している可能性も高そう。


「聖女様。お茶とお菓子を持ってきました」

「いや、私は本当に聖女じゃないからね? 日本人で、聖衣っていうの。タチバナセイだよ」

「え!? 聖女様ってそんな名前だったんですか!?」


 しばらくラーラとお茶していた。最初は聖女様、聖女様と尊敬の眼差しで見ていたラーラだったが、私が案外フランクに話しているので、だんだん緊張を解いてきた。かくいう私も異世界に来ていた緊張が抜けてきた。ラーラという味方がいると思えば、何とかなりそう。


 ラーラが持ってきたお茶やお菓子は、見た事ないものだ。お茶は墨汁のように真っ黒で、味は紅茶。意味がわからないが、異世界独特のお茶なのだろう。一方、菓子は素朴なクッキーだった。小麦粉や砂糖の味もして、こういったクッキーは万国共通なのだろう。


 しばらくこのお茶やクッキーの話で盛り上がったが、違う、そうじゃない。私は、日本という別世界から来た事を告げ、ここは何処かと聞いてみた。


 言語は相変わらずこの国のものを使えた。普通に流暢。ペラペラ。


 私は特に語学が出来たわけでも無い。英語の成績もいつも中ぐらい。そもそもこの国の言語は一回も習っていないが、今は頭の中で完璧に文法や単語がわかる。


 思わず手にしている聖書をチラッと見る。


 思い当たるのは、聖書の中に書かれた異言というもの。これは、外国で宣教・布教する為につく奇跡的スキルで、習ってもいない言語が使えるものらしい。もっとも異言の解釈は宗派によってかなり違うが、牧師の父からはそう教わっていた。


 まさか異世界で異言が言えるようになってしまったという事? 神様からのチートスキルすぎません?


 別に宣教や布教などするつもりは毛頭無いのだが、空恐ろしい……。


 そういえば、ご先祖様が隠れキリシタンで、その手記が代々伝わっていた事を思い出す。手記には当時、スペインからやってきた宣教師も習っていない日本語をペラペラ話しだし、その上病気を癒し、キリシタンを増やしていた記録があった。歴史の教科書では宣教は失敗だった情報も多かったが、そこまでやられたら、ご先祖様も信じてしまった模様。カステラや金平糖にも胃袋掴まれてしまったみたいだったが、ザビエルも宣教する時は癒しも同時にすれば良かったと思う。


 現代では医学も発達しているので、こう言った癒しの宣教や布教はなかなか難しいとは思う。ご利益宗教になってしまう可能性もある。父が癒しを禁止しているのも、頭では理解はできる。


「聖衣って違う世界の人だったの?」

「そうよ。ここの事は全く分からないから、教えてください」


 私はラーラに頭をさげた。この国ではラーラが先輩。聖書でも目上の人には従えという教えがあった。


「そんな堅苦しくならないで。ここは魔法王国・ナロッパ国」


 予想通り、ここは魔法の異世界だったようだ。聖書では魔法は忌み嫌われていたが、こうして異世界転移したのだから仕方ない。


 ラーラの話では、ナロッパ国は魔王を主とする身分制度の国。魔法を使える魔族はピラミッドの上にいるが、ラーラのような人外は奴隷か庶民になるしかないという。


「人間、ヒューマンはいないの?」

「この村にはいないね。もっとも魔族の見た目はヒューマンに似てる。頭にツノがある魔族が一般的だけど、魔法で容姿はコントロール出来るんだ。見た目はヒューマン型になってるのが多い」

「そうか……」


 とんでもない異世界に来てしまった。冷や汗が出そうだが、ラーラは魔族でもなく何の魔法も使えないという。魔法が使えない人外は差別され、奴隷か庶民になるらしかった。


「ごめん、聖衣。私は帰る方法はわからない」

「いいから、ラーラは謝らないで」


 甘いクッキーを食べていたが、急に不味くなってきた。お茶を口に含むが、何の慰めにならない。帰れない事が確定してしまった。味方なのは、ラーラとこの聖書と神様だけ?


 いや、神様が味方だったら大丈夫!


 いくら魔法国家にいたとしても、私は守られるはずだ。事実、祈りは届いたし、異言スキルも得てしまった。この事実は、どう見ても守られている。


「ところで聖衣。この本は何?」

「聖書だよ」

「聖書? どういう事?」


 私は聖書やキリスト教について説明したが、ラーラはポカンとしていた。見かけは可愛いエルフだが、心底驚いている様子だった。


「もしかして、このナロッパ国って宗教はないの?」

「シューキョー? 何それ?」


 ショックだ。


 頭を殴られた感じ。衝撃的だ。まさか宗教自体がない異世界だった?


 元いた世界でも、自然と多神教になったり、文化と融合した宗教がある。無宗教に見える日本だって自然を畏怖(いふ)する神道があった。他の国や地域の歴史でも何らかの信仰や宗教があるのが一般的だった。


「仏教やヒンドゥー教は? 神道もないの? 自然の中に神様がいるっていう発想もないの?」

「何それ? 初耳、聞いた事ない」

「神様、あるいは仏様、女神など、目に見えないけどスッゴイ存在っていないの? いえ、存在しているか云々より、そういう概念自体もないって事?」

「無いよ。この国は魔王が一番偉い。または、自分を信じるのが一番良いって事になっているから」


 本当にショックだ。まさか、そんな世界があったとは。


「結婚式とか、死んだ時はどうしてるの?」

「何もしないよ。普通に書類提出して終わり。死体は土に埋めるだけ」


 さらにショックだ。ラーラに聞くと、スピリチュアルや占い的なものも無いらしい。魔王か自分を信じる。信仰はそのどちらかしかなく、宗教も神もない世界。


 生まれた時からずっとクリスチャンだった私は、ショックで言葉もでない。信仰冷めていたのに、これには驚く。神を信じる自分は弱いという自覚はあるが、この人達は一体どうやって生きているのか検討もつかない。何か困った時、誰に祈ったりしているのだろうか。理不尽過ぎる「死」に直面した時も自分達で全部解決できるものか? 異世界人達はすごいと思ってしまった。


「困った時は自分を信じるか、魔族に魔法で何とかして貰う感じ。でも私たちのようなエルフは、お金ないと魔法利用できないし。って、聖衣が使った癒しは何なの? 魔法?」

「違うよ! 実は……」


 ショックを受けながらも、私は神様がどんな存在であるか話したが、ラーラはイマイチよく分かっていないようだった。


 それでも根気よく神様の愛を語っていたら、ラーラは泣き始めていた。


「そうか、そんな十字架の上で殺されるまで愛してくれる存在がいたなんて……」

「そうよ。あなたの病気も神様が代わりに引き受けてくれた。だから癒やされた。私がすごいんじゃないんだよ」

「でも、でも。聖女様ー!」


 またラーラは私をそう呼び、抱きしめてきた。


「いや、私は聖女じゃないから!」

「わーん、神様も聖女様も大好き!」


 私に抱きつき、泣きじゃくるラーラ。これは宣教・布教が成功したという事で良いのだろうか……。とりあえず、この異世界でも味方は得られた。


 さて、これからどうしよう?


 こんな世界で私は聖書と神様に祈るだけで生きられる?


 想像以上に酷い異世界だったが、こうして癒しや神様を受け入れてくれたラーラもいた。逆に日本でこういう事をすると、父に怒られるし、カルト疑惑も持たれるし、同じクリスチャンからも叩かれてやりにくい。


 逆にこの状況って良くないか? 宗教やキリスト教が無い世界だからこそ、逆に戦える部分もある?


 希望が出てきた。今食べたクッキーは、そんなに不味くはなかった。

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