第46話 異世界で宣教師になります!?
死ぬんだと思った。異世界が壊れ、自分も何もかも終わってしまうのだと思ったが……。
「え?」
意識を取り戻すと、日本にいた。しかも自宅の自室だった。急いでスマートフォンを確認すると、十二月二十四日。あの日の夕方に戻ってきたようだ。
安堵で立っていられない。頬をつねると、痛みもあった。
「帰ってこれたんだ……!」
素直に嬉しい。
確かにあの異世界は悪魔が作ったものだ。悪魔を倒せば必異世界も終わり、日本に帰って来れたという事か。
さっそく予定通り教会へ向かった。自宅から父が牧師をしている教会までは、徒歩で十分程度だ。
クリスマスの夕方ということもあり、カップルや親子連れが目立つ。コンビニやスーパーではケーキを売っているようで、いつもより賑やかな街。
帰ってこれた。街もクリスマスで楽しそう。それなのに、なぜか心はざわついていた。
今も身体にイアンの体温が残っていそう。あの真っ直ぐな笑顔や目を思い出すと、心が騒がしい。
「イアンはどうしているんだろう?」
なぜかラーラやナナさんの事よりもイアンの事ばかり考えてしまった。忠犬キャラで、最初は私を困らせたイアンだったが、ちゃんと言葉通り私を守ってくれたのは確かだった。
何だか無性にイアンに会いたいのだが。日本に帰れて嬉しいはずなのに、どうも素直に喜べなかった。
そんな事を考えているうちに教会についた。いつもは図書化館や公民館のような公共施設に見える教会だったが、クリスマスは特別だ。ツリーが飾られ、控えめにライトアップもされていた。
教会に入ると、案の定クリスマスの劇でマリア役がいないと大騒ぎになっていた。私が代わりにやる流れになり、衣装や台本、聖書も渡された。
あの異世界転移してしまう直前と全く同じだった。
もしかしたら、劇の最中に異世界転移できるんじゃないかとも考えたが、全くそんな事もなく、淡々とクリスマス礼拝も進み、キャンドルサービスや讃美歌演奏、最後は父の説教で終わった。
教会のクリスマスはこんなものだ。大騒ぎする事はない。それでも礼拝が終わったら、みんなでテーブルを囲み、シュトーレンやチキンを食べていた。
父も母も相変わらずだ。久々に見る両親に何だか涙が出そうになったが、ここで感激していたら疑われるだろう。教会員のみんなとシュトーレンを食べながら、何とか日本に無事に帰ってきた喜びを誤魔化していた。
「聖衣ちゃん、久しぶり!」
「愛子さん!」
教会員の中では、リアルでも久々に会う顔もあった。
国外宣教している美島愛子さん。大学卒業後から海外で十年以上宣教師をしているが、今年は休暇で帰ってきたらしい。私にとってもお姉さん的存在で、教会の中でも一番親しい人だった。
今はどの国で宣教しているかは秘密らしい。世界にはクリスチャンというだけで殺される国もあるので、隠密に活動中との事。愛子さんからはそんなスリリングな宣教師生活を聞かされ、私の異世界生活が温く感じてしまうほど……。
「愛子さん、実は信じてもらえないと思うんだけど……」
「えー? 何?」
愛子さんの話を聞いてたら、私の異世界生活も話したくなってしまった。あの異世界での出来事を全部話してしまった。
「まじ!? 異世界行ってきたの?」
「うん。なんかよく分からないけど、帰って来れたわけで」
「そっかー。まあ、私は何度も殺されそうになったから、異世界のがいいわ。宗教が未発達な国でチートに宣教したいわー」
愛子さんは酒なんて飲んでいはずだが、饒舌に語り、ケラケラ笑っていた。意外と異世界に行った事も信じてくれたらしい。これが父だったら無理だ。癒しの祈りを禁止している時点で、頭硬いし。
「聖衣ちゃんも異世界で宣教師やったらいいんじゃん?」
「いやいや、もう懲り懲りですよ。最後に悪魔まで倒すとは思ってもみなかったですから」
「がんばれ、最強聖女!」
「だから、私は聖女じゃないです!」
まさかこのセリフを日本でも言うとは、思わなかった。
しかし、異世界で宣教師?
隣でケラケラ笑っている愛子さんを見ながら、それも悪くないんじゃないかと思うから、困ったものだ。確かにあの異世界は終わってしまったが、他にもやりたい事がった。一番は建物としての教会も欲しかった。それにもっと神様について話したかったなぁ……。
「全世界に神様のことが伝われば、イエス様がこの地上に戻って来られるんだよね」
「愛子さん、それって異世界も入る?」
「さあ。でもこの世界のパラレルワールドだとしたら、異世界も入ったりして?」
イタズラ好きの子供みたいに笑う愛子さんを見ながら、心がワクワクしてきた。
もう異世界は終わってしまったが、もしまた行けるのなら?
いいや、もう二度と行きたくない。
そんな矛盾した思いを抱えつつ、教会での質素なパーティーを楽しんでいた時、チャイムが鳴った。
「あ、私出るよー」
父達も愛子さん達も盛り上がっていたので、私が教会の玄関まで向かった。
クリスマスは来客が多いのだ。普段、キリスト教なんて全く興味が無い人でも、この日だけは特別。礼拝堂やクリスマスツリーを見たいとか、写真を撮らせて欲しいというお客様が案外多かったりする。
てっきりそんな客が来たのかと思っていた。玄関の扉を開けたら、驚いた。
イアンがいた。
イアンの着ていた紫色のホストっぽいスーツはどうかと思うが、大きな花束を持っていた。
「イアン、帰って来れたの?」
それだけで、嬉しいのに、この花束を私にくれた。いつか異世界の宿場で花束を貰った時は、困惑したものだが、今は全く別の感情を持っていた。
「うん、聖衣! これからもよろしく!」
「ここ、よくわかったね?」
「すぐわかったよ。本名でSNSやってるじゃん」
「そっか。ねえ、今教会でクリスマスパーティやってるの。一緒にどう?」
「いいね!」
イアンは子供のように無邪気な笑顔を見せる。この笑顔は、日本でも見られる事が何よりも嬉しい。イアンへの気持ちは、どうしても自覚してしまう。
「メリークリスマス、イアン!」
私は笑顔でイアンを迎えた。花束の甘い香りが鼻をくすぐり、自然と笑顔になってしまう。今はとにかくイアンと再会できた事が嬉しい。
これもクリスマスプレゼントなのかもしれない。幸せな祝日はまだまだ続きそうだ。




