第39話 この世界の謎が解けました
「美味しい。何この聖女の白パンって。ふわふわなんだけどー?」
高橋はむしゃむしゃパンを食べていた。
あの後、高橋を店に入れた。イートインの席に座らせ、聖女の白パンやお茶をご馳走してやったが、パンを食べるのに夢中だった。
高橋が食べているパンは昨日の残り物。本当は焼き立てが一番美味しいが、高橋の舌は何でも良いタイプらしい。
ナナさんやカイリスさんはちょうど街の球技場へ建設に行っている時で良かった。二人がいたら、ちょっと面倒くさくなりそう。
「高橋さん、よく食べますね」
私は呆れながらお茶を注ぎ、高橋の側に置いた。
「で、高橋さんって日本人なんですか? どういう経緯でここへ?」
イアンは高橋から話を聞くのが待ちきれないという感じ。なぜか私よりも興味があるようだ。
こうして三人でテーブルを囲み、高橋から事情を聞く事になった。
「言っても良いのかなぁ。いや、どーしよ?」
高橋は勿体ぶっていたが、ついに話し始めた。
日本で高橋はゲームクリエイターをやっていたらしい。ゲーム会社の名前を出されたが、どこかで聞いた事がある。
「自分で言うのもなんだけど、業界では俺は有名なクリエイターだったのさ」
「自慢はいいから。話して」
「うん」
なぜかイアンは黙っていたので、私が高橋の話を促していた。ゲームといっても異世界人のイアンにはよく分からないだろう。一応説明したが、余計に顔が間抜けになっていた。どういう事か分からないが今は高橋の話に集中しよう。
「ある日、俺はリアルで異世界転移できるようなゲームの開発をしていたんだ。『ワールドエンドラブソング』というゲームだった」
「な、何それ?」
「本当に五感をもってゲーム世界にダイブできるような技術でな。フルダイブとかメタバースといったらわかるか?」
日本では仮想空間が充実し、引きこもりの人の支援になっていると聞いた事がある。頭にゴーグルをつけて楽しむらしいが、リアル感覚で遊べるって事か?
イアンは完全に話についていけないようだ。異世界人の彼には無理な事だろう。
「ある日、とうとうその技術が完成した」
「すごいじゃない。そのゲームはいつ発売するの?」
「しないよ。だってここが『ワールドエンドラブソング』の世界だもーん」
「は?」
高橋の口調から冗談かと思った。
「うん。この世界は『ワールドエンドラブソング』っていう剣と魔法のゲーム世界だ」
今度は真面目な口調に表情。嘘はついていないのか?
「ここからの話はとても宗教的な感じで、信じてくれるか不明だが」
「私はクリスチャン。目に見えない世界、死んだ人が生き返る事、処女から神様が生まれる事など耐性があるけど?」
「そうか。だったら話そう」
完成した「ワールドエンドラブソング」を試用運転していた高橋は欲が出てきたという。今度のゲームは最高傑作。ユーザーに発表したくない。独り占めしたい。何なら一生この世界にいたいと決めた。
その為にどうしたら良いのか考えた高橋は、ゲーム資料を読み漁り、魔法陣を書いた。悪魔を呼べばこの願いも聞いてくれるかもしれない。
「ちょ、どういう事? 聖書でいう悪魔だった?」
「バアルとか、何とか言ってたな」
「バアルって聖書の悪魔じゃん!」
さすがに悪魔の親分ルシファーは呼べなかったらしいが。
どういう事かだんだん見えてきた。この異世界はゲーム世界。人が創造したパラレルワールドみたいなものだろうが、そこに悪魔も入り込み、支配しているとか?
「うん。君の推理通りだよ。呼び出した悪魔ともにこのゲーム世界を詳細に設定し、魔王にもなって貰った」
「そんな……」
道理でこの世界で悪魔を可視化できたはずだ。逆にこんなパラレルワールドでも神様への祈りが届くってすごい。神様は全地を支配しているのはどうやら本当らしい。
「だったらこの異世界の人って何?」
「うん。僕が創ったキャラが多い。でもそれだけじゃ人口維持できないから、悪魔と一緒にキャラ作ろうと思ったけど、ダメだね」
「はあ?」
「悪魔はクリエイティブな力は何もない。俺のパクリばっか」
「まあ、そうね。人間のクリエイティブな気質は天の神様から賜物、いわばチートスキルなんだけど、悪魔にはそんなものないって父から聞いた事ある。うちの父、キリスト教の牧師なのよ」
「へえ……」
なぜか高橋はここで苦い顔。
聖書によると、人類全員に与えられている賜物とクリスチャン限定の賜物があるという。人類全員の賜物は生まれつきのものが多い。この高橋のゲームクリエイターの才能は、神様からのものだろう。一方、癒しや異言は聖霊(神の霊)から、伝道、牧師などの賜物はイエス・キリストから直接くる。
その目的も神様の為、隣人の為に与えられるもので、やっぱりこのチートスキルは「聖」過ぎる。自分が得する為には決して与えられないもの。まして悪魔の為には絶対に与えられない。人類全員に与えられている賜物だってそうだが、神様を知らない人は悪用するケースもあるらしい。こんな聖書知識は高橋には話していないが、何か感じ取ったのだろうか。
「ただ悪魔は魔法っぽいのも使えるし、このゲーム世界に元いた世界から召喚した人もいるね。まあ、記憶も魔法で消してるっぽいが。人型っぽい異世界人はそうじゃない?」
「エルフとかは?」
「俺のキャラかもね。だから日本食が好きだったりするでしょ?」
そういえばラーラはおにぎりが好きだった。イアンもそうかもしれない。二人は架空のゲームキャラだったと思うと、なんか微妙と言うか寂しいというか……。
「魔王=悪魔って事でいいのね? 一体どこにいるの?」
ゼレナ村で会った悪魔もこの世界の魔王なのだろう。悪魔は姿を変えるという。王宮にもいないと聞いた。一体どうやって探せばいいの?
「さあ。知らない。知ってても教えるわけないじゃん」
「えー?」
「ちなみ魔族は悪魔の手下の使い魔ってやつらしいよ。これだけヒントあげるね」
高橋は無邪気に笑っていた。まるで私をバカにしているみたい。
「魔王を倒せば、この世界は終わるよね? 私は日本に帰れる?」
高橋は答えない。答えないという事は、当たっているのだろうか。
「高橋さんも日本に帰りたくないの?」
「嫌だね」
即答。
「この異世界のが楽しいよ。勇者さまって崇めてくれるし、ちょっと日本食作っただけで人気者だし」
「日本の方がネットもあって便利だよ」
「でもみんなネットできるし。そういうのってつまんない。俺はみんなから崇められて人気者になれるなら、異世界のがいいな。君もそうでしょ? 最強聖女っていう噂聞いたけど?」
意外にも高橋は揺さぶりをかけてきた。
「こっちの世界のが良くない?」
「ここは教会がないのが嫌です」
「だったら君が教会でも作って宗教改革すればいい。チートで何でもうまくいくよ。ね、この異世界のが良いだろ」
確かに日本ではクリスチャンが少ない。カルトも問題視され誤解を受けることも多かった。父からも癒しの祈りを禁止され不自由だった。八百万の神のごり押しや学校やバイト先で無理矢理神棚を拝ませられるのもストレス。一方、異世界では聖女と呼ばれた。確かにここでは日本より良い面はある?
でも、私は聖女じゃないから!
聖なるお方は神様だけだ。そう、私は聖女じゃない。橘聖衣だ。クリスチャンではあるけれど、中身はフツーの女子大生だ。やはり日本に帰りたい。
「そう。でも俺は絶対日本に帰らないし、魔王の居場所も教えない。っていうか本当に今は連絡取れないし、居場所は知らん」
「そんな」
「帰りたかったら自分で調べれば。聖女のパワーでできるんじゃね?」
「私は聖女じゃありません!」
「まあまあ、いいじゃん。じゃあね、聖女ちゃん、頑張って!」
高橋は聖女の白パンを完食すると、帰って行ってしまった。
確かにこの世界の謎が解けたけど、魔王=悪魔を探さない限りは帰れない。
「イ、イアン? どうしたの?」
「ちょっと具合悪くなってきた」
イアンは頭やお腹が痛いらしい。うずくまり、ついに倒れてしまった。
「イアン! どうしよう!」
この世界の謎が解けても嬉しくない。いつも元気なイアンが倒れてしまうなんて、想像もしていなかった。




