第37話 罪人でも許されています
刑務所の側には、確かに大きな墓地があった。今日はよく晴れているのに、墓地の周辺は暗い。
墓地も適当感が漂う。この異世界では土葬が一般的らしいが、墓標などもなく「単に埋めただけ」といった雰囲気だ。死刑囚の墓も多そうだが、余計に適当になっているのかもしれない。宗教が根付いていない日本でも、死刑囚の骨はちゃんと埋葬されていると聞いた事があったが。
もっとも神様の概念もなく、司祭や聖女ベラのような宗教がある土地では、きちんと埋葬しようというのは無理がある。
私は墓地にも一応立ち入り、祈りを捧げておいた。死者の為ではない。家族やこの土地の周辺の人の為だ。キリスト教では死者の魂は全部神様が管理していると言われていた。もちろん、幽霊などもいない。墓地に立ち入っても特に怖くなかった。
「さて、祈ったし、あの男に会いにいくか」
そして刑務所の方へ足を進めた。墓地同様、刑務所も人気がない。塀が高く、建物はどうなっているのか見当もつかなかったが、門番に許可をとり、中に入って。中でも何回か手続きをし、ようやく面談室へ入った。
ガラスで仕切られて面談室で、相手とは直接会話はできない。他にも刑務官も数人室内にいた。全部記録もとっているようで、この点は日本の刑務所と変わりはなさそうだ。ベラはどうやって男と取り引きできたのだろうか。おそらく刑務官の中にも熱心なベラ信者がいて、あの男を外に出すことができたのだろう。
「おお、あんたか……」
あの男が面談室に入ってきた。聖女対決の時と違い、シマシマの囚人服。肌や髪はまだ二十代ぐらいに見えるが、すっかり老け込んでいた。見た目は普通の人間と変わりない。魔力を失った魔族だろうか。
「そうだよ。俺の爺さんもは殺人犯でな、捕まって魔力が全部無くなった。子孫までな」
「そうなんだ。そういうシステムなんだね」
男は子供時代の思い出は饒舌に語ってくれた。母や兄妹達との思い出話はほっこりしてきたが、父親からの暴力があったエピソードは聞いていられない。
「だから俺もグレてな。盗賊団のリーダーになってこのザマよ。最初は上手くいってたが、勇者に倒されてこうなった」
「そっか……」
「だから俺なんてだーれも愛してない。悪いヤツなのさ。あげくベラとの取り引きにも乗って、盲目のフリとか」
男の胸元には「34」という数字が刺繍されていた。おそらくここでは「34」と呼ばれているのだろう。それも男の傷を深くしている気がした。
「前にも言ったけど、そんな事ないから。神様はどんな罪人でも赦して愛してる」
「そうか……」
本当はキリスト教の「罪」という概念は、普通とちょっと違う。この男のような犯罪ではなく、神様を知らずに自分を信じて生きる事が罪だ。一般的な悪い事、犯罪もこも罪から始まってしまう。だから私も罪人だった。洗礼を受けてからも自分の心にある罪に抗うのが大変。イラっとしたり、同じクリスチャンと比較して落ち込んだりするのも、罪からくるものだったりする。
もっともこの男にそんなキリスト教用語を話しても仕方がない。とにかく神様がいて、男の事も愛し赦している事を根気よく伝えた。
確かに異世界人まで救いが対象かは不明だが、男の表情はだんだんと柔らかくなってきた。まさに憑き物が抜けたよう。
私も中校生の時のいじめっ子に同じく神様の事を伝えた事があった。最初は反発していたいじめっ子だったが、憑き物が落ちたような表情になり、最初的には泣きながら和解ができた。あの時のいじめっ子と男の表情が全く同じだった。
この異世界も元いた世界と似てる。瓜二つといっていいかもしれない。
という事は、この異世世界は誰が創造したのか?
悪魔が神様の真似して創った場所という仮説もたてていたが、それは無いような気がした。本当に悪魔だけの場所なら、太陽や海などの自然も毎日のように自然災害だらけだったと思う。
だとしたらパラレルワールドか? どこかのパラレルワールドになんらかの形で悪魔が入り込み、魔王のフリをしながら支配しているとか?
色々辻褄はあう。もう少しでバラバラになっていたパズルが完成しそう。それでもまだ何かピースが足りないような?
「そうか。だったら、俺は死刑台にもちゃんと登る事ができそうだ。もう自分の罪から逃げ無い。赦してくれる人がいると思えばな……」
「あなた、すごいよ。そんな勇気は誰にでもあるわけじゃないよ!」
「そうかな。うん、でも、もう赦されているって思うと、被害者にも謝りたい」
もう男の表情は暗くない。すごい変わり様だ。そう、神様はこんな風に人を一瞬で変えてしまう力がある。癒しや異言よりも、これが何より神様の奇跡かもしれない。
本当は男を励ますつもりだったが、変わっていく男に私の方も励まされてしまう。私も逃げたくない。この世界の謎もちゃんと解きたい。
「ありがとう。私も日本へ変える方法見つけないと。勇気が出てきたよ」
「いや、俺の方こそありがとうな。死ぬ前に救われたよ」
「いや、私は何もしていないけどね?」
「まあまあ、いいじゃないか。あ、そういえばあんたと似たような顔立ちの男を知ってる」
「え、どういう事?」
男が言うには、異世界から転移してきた人物を知っているらしい。マロという街で勇者をしている男らしいが……。
ラーラも手紙で似たような事を言っていた。確かマロという街に転移者がいるという噂。
「たぶん、マロの中央にある宿場にいるはずだ。名前は何だっけ? タカハシとかいう名前だったな?」
「高橋? だったら確実に日本人だね」
繋がった。この異世界には私と似た様な立場の男がいる。
「宿場に手紙を書けば届くと思う」
「ありがとう! さっそく手紙を出してみる」
ちょうど時刻になり、刑務官に外に出る様に言われた。
これで男と会う機会は最後になるだろう。死刑台に登ったら、この世で会うのは不可能だ。でも大丈夫。天国で再会できればいい。
それに手がかりも見つかった。最後のピースかもしれない。さっそく高橋という男に手紙を書くとしよう。




